短編夢

□ハロウィン
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「こんにちはー、ウタさんいます…ウワァア!」
木製の扉をくぐった、金木は店の奥に店主の姿を確認し、普段とは違う様相に思い切りしりもちをついた。
「やあ、金木くん。相変わらず良いリアクションだね」
ただでさえ普段から恐怖心を煽る風貌をしている彼は、いつも以上に異様な出で立ちで平然と対応する。
「ど、どうしたんですかソレ!」
「おい、なんか悲鳴聞こえたんだけど…」
「ね、猫!?」
「なんだ金木か」
異様な人物が増えて更に混乱する金木を尻目に、やはりこちらも平然と返した。マスク屋の唇は耳の辺りまで裂け、頬の下にある歯や筋肉が露出していて痛々しい。一方の刺青屋は頭の上に、脱色した髪色と同じアッシュカラーの猫を思わせる獣耳を生やしている。
大ケガをしてしまったのか、とか、体に何か喰種特有の異変が起きたのか、とか一瞬のうちに様々な考えが頭を駆け巡る中、へたり込む金木にウタが手を差し伸べた。
「ごめんね。そんなに驚くとは思わなかったよ」
「だ、大丈夫なんですか!?」
「すごいね、君のメイク。これだけ近づいてもまだ気付かないよ」
「おぅ、時間かけた甲斐があるな」
背後に立つ彼女を振り返り、妙な感心をするウタの言葉に、金木はキョトンと目を丸くする。
「め…メイク…?」
「そうだよ、ほら」
リップピアスの隣、本来の口角がある位置に指を引っ掛けて引いて見せると、裂けているように見えた皮膚が歪んで本物の歯が覗いた。
「ハロウィンだから、お互いイタズラしようって話になってね」
「い、イタズラ?」
「そ、お互いが嫌がるような仮装させるんだよ。ほら、ボクのも付け耳」
ポイ、と投げられた片方の耳は、彼女の言う通り付け根にヘアピンの付いたフェイクだが、よくあるコスプレ用のチープな猫耳とはわけが違う。丁寧に毛並みが植毛された樹脂製のそれは、感触まで本物そっくりで触るのが気持ち悪いくらい精巧に作られていた。
「…もう、本来の趣旨とズレ過ぎててどこからつっこんで良いのか…」
お菓子を与えるサイドのはずのいい大人がプレゼント交換の如く互いに嫌がらせをするという謎のアレンジ。
ハロウィンだと言われなければ分からないような地味、かつ手の込んだ仮装。
イタズラと仮装が混同しているところからして、一体何がしたいのかわからない。
「本来の趣旨で言うと収穫祭なんでしょ?喰種が人間の食べ物を祭るなんてそもそも筋違いなんだから、いっそのこと好きに楽しもうと思って」
「菓子とかもらっても困るしな。お祭り気分だけ味わえれば良いんだよ」
「はぁ、そう言われてみれば…」
彼らに限らず、日本人の多くはそうやって独自に楽しんでいるように思う。金木自身、本で呼んだ程度の知識しかない。
「まあ、ゆっくりしてけよ。ウタ、そろそろ客くるから奥の部屋使うな」
「あ、すみません、忙しいのにお騒がせして…」
先ほど投げ渡した付け耳を金木から受け取り、気にするな、と手を上げて背を向ける。
「そういえば、金木くんは何か用事?」
「あ、はい、店長のおつかいで…」
どうやら二人ともこのまま仕事を続けるつもりらしい。
扉の向こうへ引っ込んでいく寸前、彼女の尾嚇に耳とおそろいらしい、ファーのリボンが付いているのが見え、あのまま刺青の施術をする様を想像して吹き出しそうになった。



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