短編夢

□邂逅
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無法地帯の一つとして名高い4区、その中心部と思われる場所で、金木研は途方に暮れていた。
「…迷った…」
ポツリと小さくつぶやく声は、人の手から離れて久しいビル群の間に消えていく。
先のCCG捜査官との戦闘を経て初めて着用した、素顔を隠匿するためのマスク。長く使うものだから一度メンテナンスに出したほうが良い、という店長からの助言のもと、かのマスク屋の元を尋ねた結果がこれだ。特別方角に弱いわけではないが以前来たときと風景がまるで違うのだ。
他の区との境にあたる場所はまだ人間の行き来が認められたものの、奥に進むにつれて人気は薄れ、そこかしこに血飛沫や破壊痕が目立つようになる。
やはり誰かに付き添ってもらうべきだった、と情けない後悔に見舞われながら歩いていると、不穏な話し声が耳に届いた。
「こ…っのガキ…ぶっ殺……ガッ…」
「まだヤル気?さっさと降参しなよ」
顔に大きな刺青を刻んだ少年が、地面に倒れ伏した巨漢を踏みつけている。暴言を吐く巨漢の首を、少年のコートの裾から伸びた尾のような触手が閉めあげた。
「ボクだって暇じゃないんだからさぁ」
細身の少年がどうやってこんな大男を打ち負かしたのか。トーンの高い涼やかな声は、腹を蹴りあげる鈍い打撃音とあまりにそぐわない。
「そっちのお兄さんからもなんとか言ってやってよ」
振り返った先にはもう一人、巨躯をみっともなく縮こめた男がへたりこんでいる。
皆一様に紅い瞳孔と異形の触手、一目で喰種とわかる容貌を持っていた。
「ヒっ…ゆ、許してくれ…」
「許しを乞うなら最初から餌の横取りなんか…あれ、逃げちゃった。薄情だなぁ。今度から友達と喧嘩相手はちゃんと選びな」
同情めいた視線を投げ掛け、振り上げた足を男の腹にめり込ませる。
白目をむいて動かなくなった男が気絶したのか絶命したのかは判別がつかない。
「さてと…」
なんとなく顛末を見守ってしまった金木はギクリと身を硬くした。
大きな革張りのトランクを手に取って立ち去りかけた少年がスンスンと宙に鼻を向けて匂いを嗅いでいる。
嫌な予感がして、ビルの影にすぐ身を隠したが遅かった。
「わぁ、珍しい。生きた人間だ」
ザッと堅いブーツがアスファルトを蹴る音と共に、先ほどの少年が金木の目の前に回り込んでくる。
喰種の身体能力からすれば当然なのかもしれないが、金木は瞬間移動してきたような錯覚を覚えた。
「ち、違うんです!ぼくは人間じゃなくて…!」
自分で言って悲しくなったが、今はそれどころではない。
人間に目撃されることが喰種にとって死活問題であることは理解している。
「人間じゃない?面白い命乞いだね」
だからこそ、彼がやろうとしていることも安易に予想できた。
「残念だな。続きが聞きたいけど、顔見られちゃったし、」
人間に目撃された時の最善策。
「口封じなきゃなんないんだ」
鋭い手刀が金木の喉元目がけて突き出された。
「っっ!」
咄嗟に身を屈め、董香に叩き込まれた体術を思い出しながら相手との間合いを取る。
「ハハッ、スゲー!ヒョロイのに意外と良い動き!」
パラパラとコンクリートが砕け落ち、さっきまで頭のあった位置の壁が大きく抉れているのが見えた。
「ま、待ってください!本当にぼくは…」
言いかけたところでガクンと視界が反転する。
彼の尾嚇が金木の足を絡め取って引きずり込んできたのだ。
「『ぼくは』…なに?」
続きを求められるも、背中を打ち付けた衝撃で息が詰まって声が出ない。声が出せたところで、小動物をいたぶる猫のように高揚した彼は、説得が通用する相手には見えないのだが。
「ま、なんでも良いけ…ど…!?」
興味が失せてとどめを刺しに金木の喉元へ手をかけたとき、散らばったカバンの中身に何故か驚き、目を見開いた。
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