短編夢

□勝負の行方
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イトリはカウンターの反対側に回り込み、ひとまず血酒のグラスとガラスビンを名前の前に置く。
奥の冷蔵庫から出した肉を切り分けている隙に名前は空にしてしまったウタのグラスと新しく出されたグラスに血酒を注いだ。
「カネキは?飲む?」
「いえ、未成年なんで」
そうでなくとも、血液で作られているであろうその液体を口にする気にはなれない。
「蓮示は…」
「いらん」
即答する四方に名前もウタもニヤニヤと口元を緩める。
「カネキには見られたくないか、酔ってるとこ」
「かなり愉快なことになるからね。仕方ないよ」
眉間の皺を深める厳格そうな男がどんな愉快なことになるのか。
「なになに?蓮ちゃんも飲む?」
奥から戻ってきたイトリは二人に便乗してニヤつきながら皿をカウンターテーブルに置く。三人がかりでイジられる四方を気の毒に思うが、切り身と一緒に盛られた輪切りの眼球の断面をじっくり見てしまい、それどころではなくなった。
「飲まないと言って…」
「そういや、カネキチ、ウーさんのことゲイだと思ってたんだって?」
「へ?いや、それは、その…」
いきなり切り替わる会話。しかも、できれば内密にしてほしかった自分の失敗談が湧いて出て、返す言葉が見つからない。
「違うよ、ボクを男だと勘違いしたの。んでウタが勝手に恋人とか言うからさ」
何一つ違わない。その流れで同性愛者だと勘違いして、なおかつ納得してしまったのだから。
「名前がちゃんと言わないからだよ?」
「もういいじゃん、ゲイでもなんでも」
「ゲイでも良いけど、恋人ってとこは重要でしょ。そこはちゃんと言ってくれないと困るよ」
(ゲイでも良いんだ…)
その誤解は真っ先に解決すべき重要な問題だと思うのだがウタにとってはどうでもいい事らしい。
「まぁ、会ったその日に気付いたなら良い方じゃない」
「蓮示くんなんか半年くらい気付かなかったもんね」
「半年!?」
確かに四方は、他人に無関心というか、あまり細かい事柄を気にしない気質なように思えるが、半年も交流のあった相手の性別に気付かないとは。
「なんでそんな誤解半年もほったらかしてたんですか」
「「「なんか面白かったから」」」
三者三様に考える素振りを見せるが、出てきた言葉は同じものだった。
「…こいつが男だろうが女だろうが俺には関係ない」
悪びれもせず言う三人に顔をしかめ負け惜しみのように吐き捨てる。
「嘘つけ、女だってわかった途端手抜いたくせに」
「………」
図星だったのか黙ってしまった。手を抜いた、というのは喧嘩のことだろうか。
「苗字さんも…その、昔は仲が悪かったんですか?」
「いや、ボクはウタとも蓮示とも仲良かったよ。単に喧嘩大好きだっただけ」
本当に見た目も中身も男のような女性だ。
「そーそ。この子ってば仲裁と称してウーさんと蓮ちゃんの喧嘩引っ掻き回すもんだから、ただの喧嘩で終わるところが戦争状態よ」
ホント迷惑なんだから、と話すものの、どこか良い思い出を語るような口振りだった。
「ボクは仲裁と称したことなんて一度もないね。純粋な気持ちで引っ掻き回してた」
「なお悪いわ!」
名前にとってもそれは懐かしい思い出のようで、イトリに小突かれながらイタズラっぽく笑う。
「こう見えて僕や蓮示くんに負けないくらい強いからね。名前まで参戦したらもう止めれる人なんかいないよ」
「え!?」
少なくとも、四方のずば抜けた戦闘能力は片鱗ながら体験している。
喰種の強さが見た目や性別で判断できないことは、リゼやトーカの例があるので理解しているつもりだが、この華奢な体躯で対等に戦っていたとはにわかに信じがたい。
「なんだよ、そのリアクション。持久戦ならボクが一番強いくらいなんだからな」
「短期戦じゃ勝てたためしがないだろう」
「勝率は僕が一番高いけど」
「……」
「……」
「……」
三人の視線が交錯する。苛烈な眼光に気圧され、背筋に冷たいものが伝った。
「二人ともさ、久々に一勝負したくない?」
「………」
「よし、お前ら表出ろ」
「やめんかい!」
本気なのか冗談なのかはわからないが、即座に止めてくれたイトリを内心で称賛する。こんなところで喰種三人が暴れた日には目もあてられない。
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