短編夢

□邂逅
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「あれ、閉まってる」
CLOSEの看板が下がった木製の扉を苗字がガタガタと揺するがしっかりと施錠してある。
「留守ですか?出直しましょうか」
「いや、作業場の方は電気点いてるからいるはずなんだけどな」
格子の付いた窓から店内を覗けば、奥に小さく灯りがもれているのが見えた。
コートのポケットを探って鍵を取り出すと、独特な装飾の施された鍵穴に差し込んで解錠する。
「ウター?客連れてきたぞー」
照明の落ちた店内は一層不気味で、初めて来店した時のようにいきなりウタが飛び出してくるのでは、と気が気でない。
余計なことはせず、ただ苗字の後ろに付いて歩くと、それが杞憂であることに気付く。
「ったく、またかこの野郎」
暗い店内で一ヶ所だけ明るく照明の照らす作業スペース。
店の主は丸椅子に腰掛け、作業台に突っ伏して寝息を立てていた。傍らの顔型にはマスクが引っ掛けてあり、作業中にうたた寝してしまったのだろうか、と推測する。
「おーい」
「……んー……」
耳元で呼び掛けるが、返事とも言えないうなり声が返ってきただけで一向に起きる気配はない。
「起きろ」
「あぁっ、無理に起こさなくても…」
人間ならば生死に関わる程の力加減でトランクの角を容赦なくウタの頭に落とす苗字を見兼ねて、慌てて止めに入った。
「うぅ……あれ、おかえり。いつ帰ったの?」
低く呻き声を上げて頭を抱えたウタは、殴った張本人の顔を見上げて表情を和らげる。
「たった今。また徹夜?」
「うん、夜中にご飯の解体してたら急に降りてきて、そのまま勢いで完成させて…あとはよく覚えてないな」
まだ意識が安定していないようだ。ふよふよと舟を漕ぐ頭はそのまま机に逆戻りしようとしている。
「熱中するのは良いけど、客は待たせんなよ」
「?あぁ、金木くん、いらっしゃい」
そこでようやく、後ろから遠巻きに見ていた金木に向き直った。
「お、おはようございます…」
ご飯の解体、というくだりを想像して顔色を悪くしながら頭を下げる。
「一緒に来たの?」
「ん、帰り道にたまたま会って、人間と間違って喰いそうになった」
「あぁ、金木くん美味しそうだもんね。今日はメンテナンスだっけ?」
店長から連絡は届いていたようで、寝起きのまだぼやけた表情ながらもすぐに対応してくれた。
命の危機を、美味しそうだもんね、で済まされてしまったのはウタが寝ぼけているせいだと信じたい。



「名前、ちゃんと自己紹介した?」
金木が手渡したマスクを顔型にかぶせながら、目線は向けずに話しを振る。
名前というのは下の名前だろうか。
「保護者か、てめえは」
作業机の端に行儀悪く腰掛け"オヤツ"をかじっていた彼は、質問には答えずぶっきらぼうに返す。
自己紹介は一応された。
そういえば、苗字は最初から金木のことをある程度知っていたので、自分からはきちんと挨拶していなかったな、と反省する。
その傍らでウタが苗字を指差し、
「金木くん、コレ僕の恋人の苗字名前」
「あぁ、こいび…恋人ぉ!?」
あまりにサラリと言うので、一瞬聞き流しそうになった。
「ほら、やっぱり言ってない」
「…っ…別に言う必要ねぇだろ」
呆れて何か言い返そうとしているウタの口にオヤツを一本突っ込んで黙らせる。
「あ、あの…恋人って…」
表情の乏しいウタはともかく、苗字の方はほのかに顔を赤らめて否定もしない。聞き間違えや冗談の類いではないということか。
あらゆる意味で金木の持つ常識の外にいる男だ。同性愛者だと言われれば納得してしまうし、恋愛の在り方は個人の自由だという考えは持っているものの、実際目の前にするとなかなかに衝撃的だ。
「そういえば、ただいまのキスは?」
「いつもしてるみたいに言うな」
眠気が覚めて饒舌になってきたのか、咀嚼していたオヤツを飲み込んだウタは作業のかたわら余計なことまで口走るので、居心地悪いことこの上ない。
つられて恥ずかしくなってきた金木は赤面したままうつむいた。
「…す、すみません…お邪魔してしまって…」
「ち、違うからな!別にいつもしてるわけじゃないからなっ!」
「うん、機嫌が良い時たまにしてくれるだけだよね」
「黙れ。いらんこと言うな。さっさと仕事しろ」
居心地が悪いのは苗字も同じようで、耳まで赤く染めて背を向ける。
「どこ行くの?」
「風呂」
「あ、解体中のご飯まだバスタブに入ってる」
「あぁ゛?早く言えよ。またネズミに齧られるだろ」
また、ということは度々発生するのか。色々恥ずかしい思いをした上に面倒事を押しつけられた彼に同情しつつ、憤慨して奥の部屋に向かう後ろ姿を見送った。
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