短編夢

□邂逅
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「眼帯マスク?なんで人間が持って…」
文庫本と筆記用具に混じって地面に投げ出された特注のマスクと金木の顔を交互に見比べる。そして何を思ったのか突然手を掴み親指に噛み付いた。
「なっ!?痛い痛い痛い!!」
ブツリと犬歯が突き刺さり、皮膚が破れるとすぐに口を離す。血がじわじわと滲んで人間ではあり得ない速さで瞬く間に傷がふさがっていった。
「………」
「………」
「…喰種?」
「はい……」
「ウタの客?」
「……はい」
「カネキってあんた?」
「!…そうです」
「あー…、ごめんな、人間っぽい匂いだったから、つい…」
スゥ、と紅く光っていた瞳が人間と変わらないそれに変異していく様に、戦意が喪失するのが見て取れる。
気まずそうに差し出された手をおそるおそる握り返した。
「…よく言われます」
気遣わしげに差し出された手に感謝しつつも、その手指にびっしりと彫られた繊細な刺青に恐怖を禁じ得ない。
「ひょっとしてウタん所行く?」
「は、はい!ちょっと道に迷ってしまって…」
「だろうな。ココ、店と真反対だし」
「えぇ!?そうなんですか」
どこで間違ったのかもわからない。引き返せばなんとかなるだろうか、と悩んでいると、トランクを持ち直した彼にポンと肩を叩かれた。
「心配すんな。ちゃんと連れてってやるから」
「は?いや、でも……」
「あぁ、言ってなかったな。ウタの同居人の苗字だ。ボクも今帰るところなんだ」


半歩前を進む苗字と名乗る少年をちらりと盗み見て、その攻撃的な風貌に改めて不安を募らせる。
先ほどの男たちとは餌の取り合いで揉めていたので、手に持ったトランクの中身は死体なのかもしれない。
確かウルフカットというんだったか、襟足を伸ばしたゆるく波打つ銀髪に、左右の耳を飾るピアス。首から右頬に走る刺青は牙を剥く獣のシルエットを象っていて、コートの裾から覗く尾嚇も相まって、野生動物のような雰囲気を感じる。
ウタがあの見た目で意外にも温厚な性質なので彼もそうなのかもしれないが、董香のような一見可愛らしい暴力主義者もいるので慎重にならざるを得ない。
(高校生くらいかな…)
男にしては高い、変声期前の声。中性的な顔立ちはまだ幼さを残す。
背丈は金木とそう変わらないのに、姿勢良く大股に歩く姿は凛としてとても見栄えが良い。
(良いな、これからもっと伸びるんだろうな…)
成長期真っ盛りであろう彼と、一向に伸びない自分の背丈を比較して勝手に悲観していると、隣でカチリと金属音がした。
「えっ」
思わず驚嘆を声に出してしまう。
唇に挟んだタバコに慣れた手付きで火を点ける苗字は、金木の声にキョトンとして振り返った。
「あぁ、悪ぃ。タバコ駄目な人?」
何か勘違いしたようで、クシャリと火の点いたタバコを躊躇なく素手で握り潰す。
「い、いや…だって未成年なんじゃ…じゃなくて手!火傷!」
狼狽えて指摘する金木にプッと吹き出すと、粉々になった吸殻を地面に落として無傷の手のひらを見せた。
「ククッ…しねーよ、火傷なんか。つーか、こんな殺し合いばっかの無法地帯で未成年の喫煙を咎めるかね」
「あ…いや…えっと」
言われてみればそうかもしれないが、そういう屁理屈ではぐらかされているような気もして、なんと返して良いものか言い淀む。
「あと、ボク未成年じゃないよ。タバコは十代から吸ってるけど」
「へ?」
「こう見えてウタと同い年なんだ」
「す、すみません!てっきり年下かと思って」
「ん、よく間違われる」
「…えっと、ぼくも童顔だから、ひどいときには中学生と間違われたりするんです」
「え、中学生じゃねーの?」
「……大学一年です…」
ニヤリと悪戯っぽい笑み。からかわれているのはなんとなくわかったが、上手い返し方も思いつかず、ただ訂正した。
「冗談だよ、ウタから聞いて年くらいは知ってるから」
「ウタさんから…?」
「アイツ君のことえらく気に入っててさ、そのマスク完成した時もテンション上がってボクに見せびらかして来た」
寝てるとこ起こされて迷惑だったけど、と続けて苦笑を浮かべた。
テンションの上がったウタ、というのがまず想像できないので反応に困る。
「それは…ぼくじゃなくてマスクを気に入ってるのでは…」
「君を気に入ってるから良いマスクが作れるんだよ。災難だな、変なヤツに好かれて」
その時気付いた。彼がウタの事を話す時、少しだけ表情が柔和になることに。
自分にとってのヒデのような存在なのだろうな、と思い巡らせると、怖いと思っていた苗字にも親近感のようなものを感じる。
「仲良いんですね。手の刺青もおそろいだし」
「おそろい言うな、キモい」
「キモいって……」
「あれ彫ったのボクなんだよ。どんな柄が良いか聞いたら任せるって言うから、ボクの好みで彫ったらああなったの。似せようと思ったわけじゃない。」
少し照れくさそうに持っていたトランクを肩に担いで顔を隠した。
「刺青、彫れるんですか?」
「独学だけどな。今は彫り師で生計立ててる」
これは仕事道具、と担いだトランクを揺らして見せる。死体が入っていると思って恐々としていたのでわずかに安堵した。
「あ、オヤツ食べる?」
その矢先にタバコの箱からラップに包まれた数本の指が取り出され、思わず顔を引きつらせる。
「ッ…け、結構です…」
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