短編夢

□勝負の行方
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四方に連れられて訪れた喰種の経営する、BarHelterSkelter。
金木の欲する情報の対価として美食倶楽部の調査を依頼してきたイトリに、唆されている気分で飲めもしない血液の満たされたグラスを見つめていると、カラランと来客を告げるドアベルが鳴った。
喰種しかいないからと気を抜いていた金木が眼帯を着けようと慌てている背後で、聞き覚えのある声が響く。
「うーっす…あれ、カネキじゃん。珍しい顔ぶれだな」
「いらっしゃい、名前」
「あ…苗字さん」
以前ウタの恋人だと紹介された刺青彫り師の喰種。トランク片手に颯爽と歩く姿は相変わらず凛々しく、やはり女には見えない。
「よ、久しぶり…うぉう、ビックリした。なんで蓮示突っ立ってんの」
カウンターに座る面々に声をかけていた名前は壁に寄りかかっていた物静かな男に気付き、思わず仰け反る。
「………」
「座ったら飲まされるからね」
無言を返す四方に代わって答えるウタに、それでずっと立ってたのか、と金木も一緒に納得した。
「あぁ、酒弱いもんな」
「今日は研の付き添いだ。飲む必要はない」
「あっそ。よぉ、イトリ。今日も可愛いな」
「んもぅ、名前ってば本当イイ子ー。このボンクラ共もこのくらいのこと言えんのかね」
チュ、と頬にキスをすると、上機嫌でカウンターの向こうに体を乗り出してつまみの皿を取る。
「コイツの褒め言葉は大概餌目当てだろう」
「イトリさん、勝手に餌付けしないで」
男性陣の不躾な発言は完全に無視して、あーん、とピックに刺さった生肉を名前の口に運ぶ。
コートを脱ぎながら少し頭を下げて肉に食い付く彼女は、こうして一般的な身長の女性と並ぶと相当に背が高い。
「もう仕事終わり?」
背を向ける名前の腰に腕を巻き付けたウタは、そのまま引き寄せて自分の膝の上に座らせた。
「まだまだ、少なくともあと3日は帰れない。そしてひっつくな」
「つれないなぁ、二週間ぶりに会うのに」
名前は、離せ、と腕を叩いていたが、ウタがすかさず飲みかけのグラスを唇に押しあてると途端におとなしく膝の上におさまって彼の手から血酒を飲みだす。
「顔色悪いけど、ご飯食べてないの?」
ウタの言葉に渋い顔をして名前は血酒を飲み下した。
「喰ったけど吐いた」
「何喰べたの」
「昨日逆ナンしてきた女。なんか豊胸手術してたっぽくてさ、気付かずにシリコン一緒に飲み込んじゃって」
「ブハッ、なんじゃそりゃ。ウケるー」
シリコンなど、人間の体にとっても異物だ。食性が限定されている喰種の体では、余計に受け付けないだろう。
可哀想に、と頭を撫でるウタに対し、イトリは友人の災難に遠慮もせずキャラキャラと笑い声を上げる。
「笑うなよ。一晩中吐き戻す羽目になったんだからな…あ、そうだ、ピアッサー持ってねぇ?」
「今?持ってないよ。新しく開けるの?」
「塞がったの開け直す。吐いてる時ベロピアス取れちゃってさ、着け直そうとした時にはもう穴塞がってた」
首をひねって、べ、とウタに向かって舌を出す。
「あぁ、本当だ。相変わらず再生力高いね」
名前の顎を持ち上げて突き出された舌をじっくり観察する様がどこか卑猥で、金木は顔が熱くなるのを感じた。
「コラ、そこイチャつくな!別料金取るぞ!」
「いひゃふいへへーひ(イチャついてねーし)」
もののついでとばかりに顎を掴んだままのウタが彼女の口につまみの生肉を放り込んでいくので何を言っているのかわからない。
餌やりのような食事介助に名前は特に抵抗することもなく、どころか一口飲み込むとまた口を開けて待っている。
これでは、イチャついている、と揶揄されても仕方ない。
(ウタさんは苗字さんのこと照れ屋だって言ってたけど、これは恥ずかしくないのかな…)
そんな余計な感想を抱ける程度には、喰種の食事風景に慣れつつある自分に気付く。
「金木くん、顔赤いけど大丈夫?」
知らず知らずのうちに見入っていた金木は、ウタの指摘に慌てて手元のグラスに目を移した。
「へ?あ、だ、大丈夫、です」
「お?ヤラシイことでも想像したかい?思春期男子」
ニヤニヤとからかってくるイトリは見た目にはわからないが、酔いが回ってきているのかもしれない。
「ち、違います!」
「イトリ、カネキいじめんな」
「なによぅ、あんたらが思春期くんの前でヤラシイことしてるからでしょー」
「これのどこがヤラシ…」
「そーよねー、こんなもんじゃないわよねー。家じゃ口移しだもんねー」
「するか!適当なこと言うな!」
言い返す最中にも、ウタの餌やりは中断しないようだ。モゴモゴと咀嚼しながら言うのであまり迫力がない。
「あの…えっと、苗字さんはお仕事忙しいんですか?」
せっかく庇ってくれた名前が逆にからかわれる羽目になってしまったのが申し訳なくて、助け船のつもりで無難な方向に話題を変えた。
「んー、まぁまぁかな。今は五人掛け持ちしてるから。普段はHySyのスペース借りてやるんだけど、人間のヤクザ相手だから家バラしたくないし、ホテル借りて泊まり込みでやってるんだ」
「ヤク…そうですよね。刺青っていうとやっぱりそういう業界なんですよね」
「いや、ボク専門はファッションタトゥーだし、客層も喰種がほとんどだから、ヤクザ相手は珍しいよ」
ヤクザも喰種も金木からしたら恐ろしいことに変わりはないが、人間の客というのはやはりリスクになるのだろう。
「しかも全身彫りだからすげー時間かかんの。人間の客って、喰種と違ってすぐに再生しねぇし痛みに弱いし、一気に彫ると最悪死ぬし」
一気に彫って失敗した経験があるのか。自分から話を振っておいてなんだが、どんどんハードにな方向に進む話題に気が滅入ってくる。
「最近はずっとこの調子であんまり帰ってこないから寂しいんだ」
「イトリ、つまみ無くなった。あとボクも血酒ちょうだい」
ギュッと抱きしめて寂しいアピールをするウタは無視して、いつの間にか空になった皿を突き出した。
「ハイハイ、ちょっと待ってな」
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