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□希望アンプリファー
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―――コイツもとい苗木クンと、仲良くしてあげてねッ!


それだけ言い捨てると、モノクマは嫌がるモノミを引っ張り、そのままどこかへ引きさがっていった。


……わけがわからない。
ナエギマコトなんて、聞いたことがない。そして当の本人も、混乱を隠せない様子だった。

「あ、の…」

見た目は、俺達より幼いように見える。絞り出した声も同様、高校生にしては少し高めな、ハスキーボイスというやつで。
栗色の髪は無造作に跳ねていて、中世的な顔立ちと、制服の下に着ているパーカも、幼さをより一層引き出している印象だ。

だが、その中で1点、彼の緑色の瞳の中に、強い意志の表れを感じた。
うっかり引き込まてしまうなほどの、紳士な眼差し。その瞳には、幼さと相まるほどの、はっきりとした希望が映し出されていた。

―――普通の高校生が、こんな強い目をしているか…?

しばらくの沈着の後、俺がじっと凝視しているからか、ナエギは気遣わしげに視線を泳がせ、たどたどしい口調で言葉を紡いだ。

「あの…あなた達は…?」

ひどくおびえきっているようで、なんとなく責任を感じてしまう。俺はこれ以上怖がらせないように、数歩引きさがった。
すると、それを見兼ねたように、狛枝がナエギの前に歩き出てきた。そのままなだめるような口調で、

「ボクらは、希望ヶ峰学園の77期生。訳あって、この島に連れてこられたんだよね…。あ、ボクの名前は狛枝凪斗。超高校級の幸運だよ。そんなキミは?」

狛枝の紳士な対応の甲斐あって、ナエギの緊張が少しだけ解けたようだ。安心したように表情を緩ませ、微笑をたたえた苗木は、狛枝の質問に答え始めた。

「ボクは、苗木誠。希望ヶ峰学園の78期生だから…その、後輩、って感じ…かな」

「堅苦しくなくていいよ。…と思うよ?」

遠慮がちな苗木の口調に、七海が眠たげな眼を潤ませながらそう言った。…七海なりの優しさなんだろうけど、そこは断言してほしかったな…。
他の皆も、七海の意見に賛成し、おもむろに頷いていた。

「そうだよ。どうせ1年の差だし…。苗木も混乱してるだろうしな」

不器用に微笑んでみせると、苗木は花が咲いたように笑った。その笑顔を見ていると、こっちまで口元を緩ませてしまう。


「そ、それにしてもぉ…、苗木さんはどうして連れてこられたんですかね…?」

「お前は勝手に口開くなッ!このゲロブタゴミカスビッチ!!」

「ひィッ!す、すみませぇぇんッ!」

「お、おい…お前ら、喧嘩するなよ」

泣きわめく罪木を七海に任せ、西園寺を宥める。それでも、気になって横目で苗木を伺うと、…やっぱり。

「あ、あはは…」

――完璧に、引いていた。
容姿は可愛らしい西園寺のギャップ…つまり暴言が出るところを、初めて見たのだから、それは当然な反応なわけで。
いまだ収拾のつかない西園寺と罪木の代わりに、狛枝が頭を下げる。

「あはは…、ごめんね、吃驚させて。いつものことだし、気にしなくていいよ」

「い、いつものことなんだ…」

尚更顔を引きつらせる苗木に、狛枝はお構いなく微笑みかけた。

「そうだ。それで、キミの才能は…なんなのかな?」


…何が「そうだ」、だ。狛枝は、結局それが聞きたいだけだろ…。頬を紅潮させ、荒い息を繰り返す狛枝の背中を一瞥した。
一方苗木は、無垢なのか、騙されやすいだけなのか。すっかり狛枝のペースに巻き込まれてしまっていた。

「あ、ボクは超高校級の幸運だよっ、」

同じだね!と狛枝に微笑みかける苗木。すると、突如寒々しい冷気と不穏な空気が流れ込んできた。…それは、間違いなく狛枝から出ているもので。

「…こ、狛枝?お前、どうしー…」

「ふぅん…。じゃあ、苗木クンはボクと同じ、屑で劣悪で醜悪でどうしようもないゴミな才能の持ち主なんだね?」

「…!お前ッ…」


………ヤバい。
おそらく、この場にいる全員がそう感じたはずだ。どんなときでもヘラヘラしてるような狛枝の、――――明確な怒りがこもった表情を見れば。

「え、っと…あの…狛枝、クン…?」

「…最悪だね。キミって」

すっかり縮みこんだ苗木を、狛枝の好きにさせてはいけない。俺は楯のように、苗木の前にはばかった。

「あはっ!そんなゴミ屑を助けなくてもいいんだよ、日向クン?」

「…あ、あの…なんかボク…。ご、ごめんね…」

「苗木は謝らなくていい。悪いのは狛枝だ」

そんな威勢のいいことを言ったものの、俺自身も動揺を隠せなかった。
…本当に狛枝、なんだよな…?

「へえ…日向クン、どいてくれないんだ?」

「…ッ…それが、なんだよ…」

背中が汗ばむのを感じた。じっとりとした冷や汗だ。

「…ねえねえ、それより苗木君のこと、説明してもらったほうがいいんじゃないかな?」

決死の攻防に終止符を打ったのは、他でもない七海だった。

「苗木君は、どうしてここに連れてこられたか知ってる?」

先ほどの狛枝が、軽くトラウマになっているのだろう。苗木は、七海を怖々見上げていた。

「…苗木、俺からも。聞かせてくれないか?」

年下にどう接したらいいのかわからず、おもむろに苗木の頭を撫でると、苗木は一瞬身を固くしたが、すぐにくだけた笑みを浮かべた。

「…うん、ありがとう」

「七海さんまで…。…仕方ないな」

溜息を吐き出し、狛枝が引き下がった。これ以上苗木につっかかってきたら物理で黙らせるつもりでいたため、とりあえず事が落ち着いてよかったと思う。

「…じゃあ苗木君、続けてくれる?」

七海が首を傾げて先を促すと、苗木は小さく頷いた。

「ボクも…よくわかってないんだ。なんでここに連れてこられたのか…」

「希望の役にも立たないなんてやっぱりキミはぐふっ――」

―――言葉より先に拳を出した。

「えっと…続けてくれる?」

七海に再度促され、苗木は苦笑を浮かばせた。

「突然立ちくらみがして、そのまま倒れちゃったんだ…。それで、気づいたらここにいて…」

そこまで言うと、苗木は重苦しい口調になった。

「やっと…、やっと終わったと思ったんだ…」

「終わった…とは、一体何のことですか?」

ソニアが怪訝な面持ちで聞き返した。俺も…他の皆も、同じように首を傾げ、苗木に視線を向けた。
苦痛に耐えるように両手を組み俯く苗木は、重い沈黙の後絞り出すように言葉を紡いだ。


「ようやく…解放されたっていうのに…―――コロシアイ学園生活から…」
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