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□希望アンプリファー
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「あ、日向クン」

ジャバウォック公園に行く途中、いつもの白々しい笑みを張り付けた狛枝が駆け寄ってきた。
…コイツ、本当に変わってないな。もしかして、少しも動揺してないんじゃないか?

「…ね、転入生のこと、どう思う?」

俺の心を読んだようなタイミングに戸惑い、少し考える素振りを見せる。自分でも、まだ考えがまとまってないのだ。

「それは…、やっぱりモノクマの仕掛けた罠じゃないのか?いきなり転入生だなんて…」

「うん。やっぱり、日向クンもそう思うよね」

「も、ってことは…お前もそう思ってるのか?」

そう言って視線を向けてみると、狛枝は心底楽しそうに微笑んでいた。…この笑い方、少し気味悪いんだよな。

「日向クン…ボクはとっても楽しみなんだよ」

…それは見ればわかる。

目を猫のように細め、口を歪に歪ませる狛枝は、クスクスと笑みをこぼしながら自分を抱くような姿勢を取った。

「あのね…、ボクにとっては、転入生が敵か味方かはどっちでもいいんだ」

「…はぁ?お前、本当にそう思ってるのか?…もし敵だったとしたら、」

「ボクらはまた、互いを疑い、自身の心を閉ざしちゃう…よね?」

悟ったような口ぶりで狛枝はそう言った。
わかってるなら、どうして楽しみなんだよっ…!

「――だって、また希望の架け橋になる逸材が増えるじゃないか、」

もし味方だったとしたら、新しい希望が増えるってことだしね。…あぁ、今度はどんな才能の持ち主なんだろう!

…コイツは本当に読めないヤツだな。
不気味に笑う狛枝に、半ば呆れ、半ば恐れをなしながら、歩を進めているうちに、ジャバウォック公園へと到着した。
そして、そこにはもう、俺達2人以外の全員が揃っていた。

「あ、2人とも来たみたいだよ」

「おそーいよー!もう、日向おにぃも狛枝おにぃも、ダンゴ虫なの?トロすぎ〜」

「おせえぞ日向ァ!ソニアさんを待たせるたぁイイ度胸だ!」

七海に西園寺に左右田…。3人とも普段と同じ様子で、正直驚いてしまった。
…もしかして、あんなに焦ってたのは俺だけなのか…?

「本当だよね…。遅刻するなんて、あぁ…ボクはなんてゴミ虫なんだろう」

狛枝の自虐に呆れ返りながら、周りの皆に謝っていると、…その時は、突然やってきた。



「――うぷぷぷぷぷぷぷぅッ」



一斉に響き渡った小気味いい笑い声に、皆一様に身を固くした。
モノミが傍で撃退しようとしているが、そんなものが効かないのは、今までで痛感している。


「…今度はなんだよ…」

最初にそう呟いたのは誰だったか。それさえも把握できないほどに、俺は動揺していた。焦っていた。混乱していた。絶望、していた。
これから、どんな凄惨な光景が生まれてしまうのだろう、ただそれだけを考え、怯えながら、モノクマの言葉を待った。

「あのさぁ、説明はもうしたクマ!もう忘れちゃったのクマ?」

ぷんぷんっ、とモノクマは憤慨したように目を吊り上げた。しかし、その表情も一瞬のことで、次の瞬間には愉快な笑みを浮かべていた。

「オマエラは薄っぺらい友情ごっこを繰り広げるのが好きそうだからさ、ボクの優しさで、また1人仲間を増やしてあげよう、って言ってるの!」

――――ボクって、世界中のクマの中で1番愛心に長けてるからねッ。


…それは…違う…ッ

モノクマの言葉に、俺は言い表しようがないほど、憤慨していた。
抑えようと拳を握りしめるが、血が上ってしまった頭は、指令も何もを放置してしまった。

俺たちは…!


「―――それは違うぞ!!」


人差し指を向けると、モノクマはとぼけたように小首を傾げた。

「ほややや?日向クンは、ボク以上に愛心に長けたクマを、知ってるっていうの?」

「とぼけるなよ…!俺達の友情はごっこでも安っぽくもない…!お前がどんな敵を送ってきても、もうコロシアイなんて起こさないんだからな!」

勢いのまま、息を荒げて言いあげると、モノクマはガックリと肩を落とし、かぶりを振った。

「はいはい…そういう強がりはいいからさァ…。あと、日向クンはめちゃくちゃ勘違いしてるみたいだよ…アイタタだよ…」

「勘違い…ですか?」

俺が口を開くより先に、ソニアが聞き返した。
モノクマは、「はあ…」とわざとらしい溜息をつき、

「ボクは敵なんて送らないよ!むしろ、オマエラが優勢になるようなヤツを送ってあげるんだよ!」

「優勢…だと…ッ?」

やはり、皆考えていることは同じだったようで。公園全体が混乱し、ざわめきだした。
やがて、それを静止するように、モノクマが大げさにのけぞってみせた。

「皆気になってるみたいだし、ご期待に添わないとね!じゃあお呼びしましょう!転入生をッ!!」


そのまま事態は、暗転する。


「「「――――ッッッ!?」」」


大きな煙幕が、俺達を包み込んだ。凄まじい煙たさに咳き込みながらも、おとなしく目を細めて止むのを待った。
そして、視界はいつのまにか良好し、むせこみながらも清潔な空気を胸いっぱい吸い込んだ。

「…ッ…」

呼吸を落ち着かせ、俺は言いようのない違和感を感じ取った。
モノクマのことだから、もっと派手で飛びぬけた登場をさせると思ったのに…。
だが、俺の予想はかすりもしなかった。もう、モノクマの筋書き通りに進んでいたというのに。


「――――ケホ、ケホッ…」


誰かが咳き込む声が聞こえる。でも……誰だ?

聞き覚えがあるような、ないような。曖昧な記憶を巡らせるが、答えは霧の中に包まれているように霞んでいた。
辺りを見回し、声の主を探そうとする。他の皆も、同じように視線を交差し合っていた。


そして、俺はようやくその人物をとらえることができた。
困惑している俺をよそに、その瞬間を待っていたと言わんばかりのモノクマが、大きく声を張り上げた。


「――じゃじゃーん!転校生の、苗木誠クンでーーーっす!!」
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