Book

□The Best.
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―――始まりは、こんなことからだったと思う。


新学期から早2か月を過ぎようとしていたころ。ボクは後ろの席の山田クンに話しかけた。

「ねえ、山田クンって何が好きなの?」

「外道天使☆プリンセスもちもちぶー子」という奇天烈なタイトルの漫画を読みふけっていた山田クンは、ボクの問いかけに小首を傾げた。

「拙者の好きなもの…でありますか?それはなにゆえ?」

訝しむような視線に、ボクは慌ててかぶりを振った。

「あ、えっとさ、変な意味じゃなくって……ただ、山田クンともっと仲良くなりたくて」

口にしてみると案外恥ずかしくなって頬を掻く。すると、山田クンのメガネがキラリと光った。

「成程…拙者も苗木誠殿と交流を深めたいと思っておりましたぞぉ」

ぐふふ、と笑みを零す。

「では教えて差し上げよう!ボクの好きなものとは…ずばり!」
「うわっ」

ずいと差し出された漫画本を手に取り、ペラペラと捲る。…うん。
度なるチラリズムやデコデコしいトーンに目が眩む。

「え、えっと…過激な本、だね…」

苦笑して漫画本を机の上に返すと、山田クンは無理をしているのを察したのか、

「うーむ…、苗木誠殿にはまだ早すぎましたかね…」
「ごめんね…」
「むふふ、まあキッカケがあればすぐにこちらの世界にドボンできますよ。コレはその時に読んでみたらいいとしてぇー、」

できればドボンはしたくないかもしれない。ボクは机に追いやった漫画本をちらりと見返した。
ううーん、と唸りを上げる山田クンは、突如妙案が思いついたように人差し指を掲げた。

「じゃあ、『VOCALOID』はどうですかな?」
「ぼーか、ろいど?」

「そのとーり!聞いたことないですか?初音ミクとかー、鏡音リンとかー」

ボクは小首を傾げて、「ある…かも」と答えた。ニュースなんかで取り上げられていたのを見たことがある。

「でもどんなのかは知らないよ」

と肩を竦めると、山田クンは鼻息を荒くして、

「まあ簡単にいえば、「ユーザーが育てるバーチャル世界のアイドル」って感じですぞ」
「ユーザーが育てる…」
「最初は一枚の絵と曲から始まって、そこからいろんなユーザーによって有名になっていったんです」

ミクさんマジ天使!とどこかに敬礼をする山田クンの言葉に、ボクは「ふうん…」と相槌を打った。

ユーザーが育てるバーチャル世界のアイドル…かあ。
少なくとも、さっきの本よりかはいくばくか興味をそそられた。

ボクは携帯のメモ帳にさっとメモを取り、その夜さっそく調べてみることにした。



「うわあ…、なにこれ…!」

その夜、早速大手動画投稿サイトにアクセスして、「初音ミク」と検索をかける。そしてボクは目を見張った。
とにかく数がある。あまり数の多さに目が回りそうになるくらいだ。

「うーん…まあ、これでいいか」

とりあえず何か聴いてみよう、そう思って適当な曲をクリックする。
読み込みが終わると、アップテンポな前奏とPVが始まった。

「……」

一通り曲を聴いてみて、ボクは首をもたげた。
嫌いなわけではないが、やっぱりどことなく機械っぽい感じとか、PVのキャラクターに抵抗がある。

「うーん…」

カチカチとサイトを見流していると、はたとカーソルが止まった。
たどり着いたのは、「らんキング!」という、いわゆるランキング形式で曲が紹介されているサイトだった。
一週間のうちの再生回数が多い順に上位10位までの動画が張り付けられている。

「へえ…」

ボクは1位から順にそれらを見ていき、やがて1つの曲をクリックした。

流れ始めたのは、優しげなイントロから始まる、やわらかい曲だった。
ランキング7位の曲で、曲名は『真白の春』。サムネイルには水彩画で描いたのだろうか、白い桜が描かれていて、なんとなくそれに惹かれてしまったのだ。
やがて前奏が終わり、歌が始まる。

『……キミのいない世界に、春は来なくて。桃色の雪が降る、真白の春……』


思わず、ほう、と息が零れた。
すっと伸びる歌声に、綺麗な高音。先ほどの不快感が嘘のように、それはボクを虜にした。
飾り気のないPVには、明朝体で歌詞が綴られていくだけなのに。それなのにボクは、画面から目を離すことができなかった。

「…すごい…」

曲が終わり、ボクは茫然と画面を見つめた。
はた、と我に返ると、ボクはそのままカーソルを上に上げた。

曲紹介欄を開き、文に目を通す。

「……Dio」

ぽつり、呟く。
No image と書かれたアイコンの横に書かれた名前。Dio。『真白の春』を作った人だ。
タグにはDio Pと書かれている。

「Dio Pさんかあ…」

ボクはそのままDio Pさんが作った曲一覧に飛び、1つ1つ聴いていった。
Dioさんが作る曲は、どれも優しげな曲ばかりだった。
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