小話

□とある同級生の葛藤(明姫)
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あの白髪には見覚えがあった。
名前は確か、久能冬悟。
学校一と言っていいだろう。彼は入学当初から、それはそれは手の付けられない問題児だった。
学校内外問わず喧嘩を吹っかけてきたヤンキーを病院送りにする等、加減てもんを知らない彼はその容姿と相俟って学校では浮いていた。
本人も他人に興味なんてなかったんだろう。
その瞳は私達なんか映してなんかいなくて、窓際の席からいつも空ばかり見上げていた。

そんな彼は途中から雰囲気が変わっていった。
少しずつではあったけど、むやみやたらに喧嘩をしなくなったようだったし(その割には生傷が絶えなかったけど)、空ばかり見ていた彼は、いつしか黒板を見るようになった。
これには先生達も驚いていたが、だからといって彼が穏和な生徒になった訳ではなく、相変わらずのヤンキーっぷりでこれは卒業式を迎えても変わらなかった。
まあ、卒業式にちゃんと出れただけでも、とみんな口々にしていたが。



その彼が、色んな意味で有名な私立高校の制服を着た女子高生と一緒に、私がお勤めをさせてもらっている店にいる。客として。

「ひめのん、いいの?下校途中に買い食いして」
「…明神さんて、たまに考えが古いときがあるよね」
「なにを!俺ん時なんかな、財布すら持ち込み禁止な学校で…」
「どこの小学生ですか。ほら、明神さん。もうすぐ順番来ますよ。何にします?」
「……ひめのんと同じのでいいよ」
「え、私、コレにしようと思ってたんですけど…。明神さん、甘いのは平気でしたっけ?」
「知ってるでしょ?」
「うぐ…。」
「冗談。オレ、こっちな」
「〜〜!!」

え、誰これ。
いや、顔はちょっと端正になったし背も伸びたし声だってちょっと変わったけど、これはあの久能君に違いないんだけどさ。

(こいつ、こんなキャラだった!?)

なにその雰囲気。甘ったるくって、その女子高生が大事で大事で堪らないっていうそのほやっとした顔。

「…混んできたな。ひめのん、席、とっといてもらえる?」
「え、でもここは私がって…」
「いいからいいから。ほい、よろしくな?」
「……後で私の分、払いますからね」
「はいはい」
「…お待たせ致しましたー。お持ち帰りですか?」

もう、これはあれだ。見ていられない雰囲気だし、彼には悪いけどサクッと終わらせてサクッと席の方に行ってもらおう。

「いえ、こっちで…。あ、ひめのん、ちょい待ち」
「うん?」

早くして、久能君。私はあんたのそのキャラの変わりっぷりに付いていけてないんだから…!

「お母さんにもなんか買ってくか?」
「あ、そうだねー」

お 母 さ ん 。
え、お母さん?どっちのお母さんの事を言ってるの?もしかしてあんた、その女子高生のお母さんの事、まさかの『お母さん』呼びなの!?
落ち着け私。石になるのよ。
そうだよ、もしかしたらその女子高生と親戚かもしれないじゃん。
私の親戚にも『おばさん』って呼ばないで『お姉さん』って呼んでる人がいるしさ!うん、多分そう、これだね。

「お母さんにはいつもお世話になってっし。これくらいしか出来ねぇけど」
「お母さんだったら気にしてないと思うけど…。明神さんの事、息子が出来たみたいって喜んでたし」
「え、息子っ、て、」
「あ!いや別に!あの!」
「…」
「…あ〜っ。席、取ってきますっ!」

違 っ た 。
はい親戚説アウトー!もうやだこの雰囲気いたたまれない。
あれ、そういえば、あの女子高生、さっきから久能君の事を『明神さん』って呼んでるよね。
…ああ、訳わかんなくなってきた。
………うん、取りあえず、さ。

「お客様、ご注文をどうぞ」

お客様は神様だ。
けど、今だけは正反対の気分になることを許してください。



とある同級生の葛藤
(もう帰れ!)





end

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