小話

□夏目(ネタ)
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ネタ。





今日、名前を返した妖怪の記憶の中に、どっからどう見ても見覚えのある人がいた。

杏色の髪を腰ぐらいまで伸ばしていて、それを緩い三編みにして肩から垂らし、薄紫の、素人の俺から見たって上等な物だと分かる着物を着て、立派な窓に指を這わし青過ぎる空を悲しげに見上げる女性がいた。心なしか瞳もくすんで見える。

次の場面では、その女性はその姿に似つかわしくない、森の中の開けた場所に一人で佇んでいた。
太く立派な木の根に腰を降ろすと天に向かって両手を伸ばした。
するとその掌の中に桃が一つ、落ちてきた。この樹は桃の樹でもないのに。
それに満面の笑みを浮かべ腕を降ろすと、その向こう側には面を付けた長身の男。今回、名前を返した妖怪が立っていた。
彼の手にはもう一つ、桃があって、なんの葉かは分からないが大きな葉を何処からともなく取り出して、女性の膝に乗せた。細身の女性の足は、すっかり隠れてしまった。
女性は妖怪の方を見遣るとますます笑みを深くして、上機嫌になったのだろう、その姿を確認した状態のまま桃の皮を剥き出した。
…器用な人だが、その笑みが自分の記憶の中の人物とかぶってしまい、なんだか落ち着かない。

次の場面では女性が目隠しをしていた。
その目隠しを取る事無く、女性はすいすいと森の中を歩いていく。
女性の前方にはあの妖怪が、わざと枯れ枝を折りながら歩いていた。
二人とも穏やかな雰囲気で、それは特に女性から伝わって来た。

そして、次の場面では女性は白無垢の姿だった。
目隠しは無いが瞳は閉じられたまま、母親と思われる中年女性に手を引かれ、一歩一歩、籠の方へと歩いて行った。
あの妖怪は、面をしていたせいもあって、表情は分からなかったが、木の陰から籠に乗る女性を見守る姿に泣いているのではないか、と、漠然と思った。



今生では貴方のお顔を拝見する事は叶いませんが、何かの縁でまたお会いできる事があれば、その時は。



いびつにな形に剥かれ、所々皮が残る桃にかじり付きながら、女性はぽつりと漏らした。
妖怪は面を後頭部にずらし、綺麗に剥いた桃にかじり付きながらひどく穏やかに、必ず、と答えた。
女性は妖怪の返答に目を細めると、桃の香りにも負けないくらいに甘く、柔らかな笑みをたたえて、はい、とだけ言った。



その顔がどうしてもタキにしか見えなくて、胸がざわついた。




end
多軌にそっくりな盲目の女性と、妖怪の話。

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