小話

□ある空港にて(BJ)
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その男がかの有名な外科医であり大学の同期生であり、今でもそこそこ連絡を取り合っている(つまり僕は彼を友人だと思っている)人物だという事は一目でわかった。
黒のスーツと外套を身に纏い、揺れる髪色は左右非対象の白と黒。
僕の前を歩くから顔は伺えないが、見覚えがありすぎる風貌に知らずあの男の顔が思い浮かんだ。

ちらりと案内掲示板を見た男は、迷いなく公衆電話へと向かっており、僕もその隣にある売店で買い物をする予定だったので自然と男の後を付いていく事になる。
悪いことをしている訳ではないのだが、少しの罪悪感を胸に歩みを進めると、先に公衆電話に着いた男は財布から小銭かカードを取り出す仕種をし、片手に荷物を持ったまま電話をかけているようだった(外套のせいで手元は確認出来なかった)
数歩遅れて売店に着いた僕は男に気をかけつつ、新聞と何故かチョコレートを自分でも驚くぐらいにゆっくりと物色していた。
その間にも電話先と繋がったようである男は、話も中盤に差し掛かったのだろうか、電話先の相手を宥めるような声色で話しを続けている。
あの男はやはり友人だ。
いや、最初からあの風貌でピンと来ていたが時々聞こえてくる話し声にその予想は色濃いものとなった。
なったのだが、声を掛けづらく、(何故だろう)悩んでいる内に元々購入予定のなかったはずのチョコレートの箱は二箱になった。
ああ、プライバシーの侵害と冷や汗をかきつつも象のように大きくした気持ちで耳をそばだてると、先程のような宥めるような声色は変わらずも柔らかさを織り交ぜたような、僕としては衝撃的な声色で話を続けていた。


付き合いは大学からになるが、僕が知る限りあの友人はこんな声と雰囲気で他人と接する男ではなかった。
だからといって、あの友人が冷徹で感情が欠落している人間だなと言われれば答えは「否」だ。
一緒に酒も飲むし馬鹿な話をして笑いもするし怒りに声を上げる事だってある。
なんだかんだといって人を思う義理堅い男だというのが僕の認識する友人だった。
だが、そんな友人でもふとした瞬間に一線を引く事が多々あった。
在学中からつい最近までそれは見られ、誰も踏み込めない領域にいってしまうその時の友人は本当に孤独だった。
なまじ整った顔をしているだけあって、眉を寄せているだけなのにその迫力といったらない。
しかし、ある時期を境にそれはぱったりと見られなくなった。
鋭い眼光は未だ健在だが、纏う空気が今まで感じた事がないくらいに柔らかいものに変わりつつあったのだ。
何があの友人を変えたのか興味をそそられたが聞いた所で答えないことは明白であったし、時が来れば向こうから言ってくるだろう。
と、その時は唯唯、友人の変化にこっそりと喜んでいた。



(そうか、)
どれ程、過去に意識をやっていたのか。紹介された幼子を思い出しながら今度はきちんと友人の方へと振り返った。
話はまだ続いているようで、相変わらずあの声色で喋っている。
僕はなにか満足した気持ちになって抱えていた新聞といつの間にか三箱に増えたチョコレートの会計を済ませて、出口へと向かった。
(僕は)
声を掛けづらいのではない。
あの雰囲気を壊すのを躊躇っていた。
おそらく、友人を変えたのは一番近くで一番直球な物言いをするあの幼子だ。
喜怒哀楽を隠す事なく全面に押し出すあの子が友人を変え、そして幼子がいないこの瞬間にも、あの友人は変わりつつある。
(その瞬間を目の当たりにしたのかな)
外に出るとすっかり春めいていて心が踊ったが、この高揚はそれだけではないだろう。
(よかったな、ブラック・ジャック)

友人のあの柔らか声色を思い出しながらタクシーを止めた。



ある空港にて





end

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