自信家な彼のセリフ
七瀬遙の場合
隣の席の七瀬君から唐突に言われた一言がキッカケだった。
七瀬君はぶっきらぼうであんまり女子と喋らない、というかクラスで橘君以外の人と喋っているのをほとんど見たことがない。そんな彼の事をちょっと気になっていたのは、事実。あのミステリアスな雰囲気に惹かれちゃうのは自然な事だと思う。
そんな時、私は運良く隣の席のくじを引いた。七瀬君は不思議と後ろの窓際の席になることが多く、今回も例外ではなかった。一番後ろの席は何だか教室から少し切り取られた空間にあるように感じる。今日も七瀬君は気だるそうに窓の外を眺めていた。
「よろしくね、七瀬君!」
私がそう言うと、七瀬君はチラリと窓から目を離して私を一瞥すると短い返事を返してくれた。しばらくはおはようとバイバイを繰り返す毎日だった。
それから、橘君を交えて少しずつ会話するようになって。そんな、ある日の事だった。
「七瀬君と橘君は水泳、強いんだよね。この前、全校朝会で表彰されてたもんね」
「4月に立ち上げてから、大分みんなで頑張ったよ」
「水泳かぁ、凄いなぁ」
「ハルの泳ぎは綺麗だよ、タイムも早いし」
「へぇ、七瀬君のスポーツしてる姿って新鮮だね」
「水に触れられるから」
「ふふ、七瀬君、本当に水が好きなんだね。何だかちょっと見たみたいかも、七瀬君の水泳」
七瀬君の事に興味が湧いていた私は気付けばそんな事を口走っていた。もし、橘君が勘のいい部類の人ならもうとっくに気づいているのかもしれない。
七瀬君と話す度ににとっても傾いているこの気持ちに。
「なら、見に来ればいい」
そんな言葉が聞こえて上擦った声が出てしまった。橘君も驚いた顔をしていた。
「で、でも、部外者が行ったら邪魔じゃないかな?」
私の言葉に七瀬君は何も言わなかった。その代わりに橘君が口を開く。
「ま、まあ、見学だけならいいんじゃないかな」
七瀬君が席を外した時に、橘君はちょっとだけびっくりしたように教えてくれた。
「ハルがあんな事言うなんてびっくりだな。相当、気に入られてるんだね」
そうなんだ、七瀬君はいつも表情一つ変えないから分からない。何か嬉しいな。
そんな彼の一言がきっかけで私は今、水泳部にお邪魔している。橘君が言ったことが分かった。七瀬君の泳いでる姿はとても綺麗で、水の中の方がいつもよりずっと輝いて見えた。本当に水が好きなんだな。七瀬君の泳ぎに見惚れていると、一年生の男の子が隣に来た。
「先輩はハルちゃんの彼女さん?」
「え?ううん!全然そんなんじゃないよ!」
「あれ?そうなの?」
「ただのクラスメートだよ。たまたま話してて水泳の話になって、七瀬君の泳ぎを見てみたいって言ったら、誘ってくれたの」
「へぇー、珍しい…」
それからその男の子、渚君との他愛のない話が続いて気付けば七瀬君はプールから上がっていた。
「おい、渚、サボるな」
「ええ!ハルちゃんからサボるなって怒られる日が来るなんて!」
「どういう意味だ」
「えへへ!でも、せっかく可愛い女の子が来てるのに」
「渚!」
「うう…どうしてそんなに怒るの?ハルちゃんの彼女じゃあるまいし」
「どうせもうすぐそうなる」
「え?」
これには渚君と私の驚いた声が被る。聞き間違い?
「な、七瀬君、どういう」
「違うのか?」
「違うって…七瀬君、私」
私が戸惑って次の言葉を口籠っていると、七瀬君は追い立てるように私に詰め寄った。
『彼氏、いないんだろ』
「なっ、うぅ」
「だから、俺がなってやる」
「え、えぇ!?」
「何だかよく分からないけど、良かったね先輩!」
「な、な、七瀬君!?」
「断らないんだろ」
「そりゃ、もちろん…って何で…!」
「それくらい分かる。後はキッカケだけだった」
「部室で待ってろ。もうすぐ終わる」
「あ、は、はい!」
「それと…遙だ」
「え?」
「俺の名前」
そう言うとまた泳ぎに行ってしまった七瀬君。あれは下の名前で呼べっていうことなんだよね。七瀬君の綺麗な泳ぎを見ながら、ぼうっと思った。
「遙、君」
小さく呟いてみた名前に、壁に手を付いた遙君がこちらをチラリと見て笑った気がした。
title:確かに恋だった
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