『不釣合いな世界』

□呪縛編 禄
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時は遡り、天籟が漆を八龍の元に運んだ時のことである。

















天籟は駅で倒れた漆を抱え、車でそのまま八龍の所まで運んだ。連絡もなしにやってきたが、それはいつものことで八龍はそれについては驚かなかった。天籟の性格をよく理解していた。だからこそ、人間を連れてくるとは思わなかった。彼の性格、ましてや種族からして。
「そこに寝かせて」
指定された寝台の上に降ろす。目が閉じられた漆の顔は全く血の気が無く、体温も異常に低い。生気もなく、死んでいるようにも見える。
「これは……」
八龍は見ただけでわかった。
呪いにかかり、死にかけている。
漆の上体を静かに起こし、腕に寄りかからせ、項を晒す。そして、何かしら唱え、とんとんと指で触れる。すると、徐々に何かの形に鬱血したように青赤く変色していった。
それを天籟が覗きこむ。
「何これ?手?」
「あぁ。呪術にかかっている者に出る、《呪痕》だよ。死に近づくにつれて、大きくはっきりしていく。普通は見えないから、気づかないのも無理はない」
この呪痕の様子では、死の一歩手前というところか。どちらにせよ、まだぎりぎり間に合う範囲だ。すぐに清めの酒、術札、香をたく。
「天籟、すまないがその娘を脱がせてくれないか?」
「え?えっちぃ展開?」
「どこをどう見たらそうなるんだ。肌を出した方が、呪解が効きやすいんだ」
ああそういうことねぇーと呟きながら。漆の方に向く。まずは上着を脱がせる。そして、そのままTシャツに手をかけ、脱がそうとした。










「………!?天籟!離れろ!」








「え?」






八龍の言葉に天籟は振り返る。慌てた様子で、天籟の腕をつかみ、引き寄せた。漆の身体は支えをなくし、床に倒れる。いつもならその固い甲殻が食い込んで痛くないように気を使う彼が、この時ばかりは出来ずに、天籟の肌には掴んだ痕がくっきり残った。
何故八龍がそこまでして天籟を離したのか。
それは床に倒れた漆を見ればわかった。
うぞうぞと這い動く、黒い《何かしら》がその漆の身体にまとわりついていた。
「なん、だこれは……」
八龍にも予想外の出来事らしい。
その黒い何かは蛇のように頭と思われる場所を二人の方に向けてきた。突如、その黒い何かが二人向かって飛んできた。
「うぉっ!」
「!?」
なんとか避けると二人の背後方向の壁にべしゃっと潰れるように引っ付いた。形を自由自在に変えられるのか、潰れたようになったそこから、また頭のような部分が出てくる。そして、また飛んでくる。また避ければそこには八龍が室内で育成している中国茶用の花が並んでいた。そこにべしゃっとぶつかった。
「何あれ?」
八龍の言葉を表すように、黒い何かが触れた花は高速再生されたかのように、枯れ、朽ちた。
「おぉ」
天籟の顔にはまったく慌てた様な顔ではないが、黒い何かがやばいものだということはわかった。
「ーーー……ーーー……」
呪印を結び、唱える八龍。同時に黒い何かは再び、二人に向かってきた。
「破!!」
ばしゅっと強い光と衝撃が黒い何かを襲い、ぱらぱらと消えていった。
「八龍かっくいー」
ぱちぱちと拍手する天籟。八龍はすぐに漆に近寄った。
「?どういうことだ?」
今の黒いものの正体は、八龍にもわからない。だが、てっきり呪いによるものかと思い、消滅させれば、漆は回復するものだと考えていた。だが、まだ彼女は呪いに冒されていた。
「あれは呪いではないのか……?」
ならば何なのだろうか。
不思議に思いながらも、とにかく呪解をしなければ、と漆の服を脱がそうとした。
「!!」
うぞっといつの間にか、黒い何かに腕を巻き取られていた。実態がないような見目をして、ぎちぎちと締め上げてくる。
「破!!」
また術をかければ、それはまた消えていった。
「何これ?」
消えていく黒いものを目を細めて見て、天籟が言った。
奇妙なのは見た目だけではない。匂いもなかった。
本性が狗のような見目と見合い、嗅覚も鋭い天狗の天籟には何も嗅ぎ取れなかった。まるでそこに存在しないかのようだ。
この娘を脱がそうとすると出てくるのか?つまりは彼女にとっての危険があると察知されると、今のような《黒い何か》が出てくるのか?そんな人間の話を聞いたことがない。
「八龍どーすんのぉー?」
天籟の質問に暫く黙り、
「このままでやろう」
術が効き、消え去ること、そして、それ自体に触れると生気を吸いとられるのがわかった。八龍には皮膚の上にある甲殻のお陰か、吸いとられることはなかったが、天籟は違う。下手にこれ以上出現させるのは良くなかった。
そのまま行った呪解は成功し、漆の身体からは呪いは無くなった。
「天籟、彼女はもしかしたら、自分から《アレ》が出たことも存在自体知らないのかもしれない」
「え?」
そんなこと何故わかる?いくら人が良くても、会ったばかりの少女に、しかも正体不明の何かに憑かれている人間を信用するのは無用心ではないのか?と天籟は思ったが、そうではなかったらしい。
「さっき彼女に上げた茶だが、あれに清めの呪いを混ぜておいたんだ。茶碗の底に残った模様で、その者の正体を暴くものをね」
「で?」
「ただの人間だ。しかも、《一切不浄らしきものもない》人間」
ということは彼女の身体から出てきたアレが益々わからなくなってきた。
「本人も、それをわかっていないだろう。わざと分かりやすくその呪いをかけたが、躊躇いなく飲んだし。もしだ、それが効かないモノだとして、不浄のものではないものがあのような能力があるとは考えにくい」
だが、呪いの結果では不浄のものはないと出てきた。効かないにしても、あのようなもの、様々な文献を読んできた八龍には覚えがない。矛盾だらけの疑問。八龍も初めての経験である。
「天籟、彼女をよく見ていた方がいいかもしれない」
「俺がぁー?」
「助けるために僕のところに連れてきたんだろ?なら……」
「助ける為っちゃ為だけどーそれは九垓に恩売る為だよ。《今後》の為にもねぇ」
つまりは彼女自身のことはどうでもよかったのだ。ただ、九垓の《何か》である彼女を助けておけば、この恩を何かに使えるかもしれないと、天籟は考えたのだ。
「またそんなことを言って……君らにとって人間が卑しい、もしくはどうでもいい種族かもしれないが、個人は尊重してもいいんじゃないか?」
「んー考えとくよ」
八龍のくどい説教じみた話を切り上げる為の言葉にその言葉通りの意味は、ない。天籟にとったら、いようがいまいが、どうでもいいくらいの存在だ。ただそこにいたから絡んだからであって、何かしら思いがある訳じゃない。
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