『不釣合いな世界』

□呪縛編 肆
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「ねぇねぇ」







最近、見覚えのない女の子に話しかけられる。理由はわかっている。




「前にさぁ、金髪の王子様みたいな人といたよね?あの人もう来ないの?連絡先教えてもらえない?」



天籟だ。
アレだけ目立つ見た目だ。そのせいで、それなりに経った今でも、このように話しかけられる。漆としては迷惑極まりない。
毎回、このように話しかけられ、同じ台詞を言う。



あの人とは知り合い繋がりでちょっとした用事に来ただけで、その本人とはあれ以外の関わりは無いので連絡先も知らない。




だが、これで納得してくれる者は少ない。漆が天籟を独り占めするために嘘をついているなどと、漆が断ったその場で機嫌の悪くなる女の子も少なくはなかった。だが、連絡先がないのは本当であり、あったとしても、本人の許可なしに他人に連絡先を教えるのはマナー違反である。その意識の方が強い漆は納得してくれないとわかっていても、断るしかなかった。
そして、こういう時に、漆は切に思う。
「女なんて面倒だ」
自分の性別や友人などの特定の存在はさておいてだ。
ねちねちと他人に嫉妬し、妬み、自意識過剰で、他人の評価ばかり気にする。それに同性ゆえに深く関わったこともある漆には女なんて生き物は面倒以外の何者でもない。
「んーまぁ確かに面倒だよなー」
と、隣でオレンジジュースを飲みながら、剛が同情したように答える。
「でも、女の子は好きだけど」
「男に生まれたかった」
「えー女の方が優先されることのが多くない?」
「女の喧嘩は精神損傷への言葉なじりが多いけど、男は殴り合いで解決する。まさに、殴り愛」
「どこの青春少年漫画?」
よほど苛ついて参ってるのか、かなりずれた意見を言い出す漆に剛が冷静な顔で返した。剛にもわからないでもないので、励まし程度にお菓子を分け与えた。
そう言えば今日は金曜日だ。
「あれ?あれ、ティアじゃない?」
剛の言葉に顔をあげる。
大教室は後ろ側の席につれて、高くなっている。剛と漆は後ろ側に座っているので、前の方の教壇方向が低く、よく見渡せる。その教壇の横方面にある入り口から、明らかに挙動不審な小柄な人物がいた。深く帽子をかぶり顔はよく見えない。そして、剛と漆を見つけると小走りでやって来た。
「お、おはよ……」
どもった小さな声で挨拶する。未だに帽子の端をグッと掴んで顔を俯かせている。
「あれだっけ?里帰りだっけ?《アッチ》に」
アッチとは人外種の世界のことだ。学者や本には様々な名称があるが、正式な名前がない。何故正式な名前がないのかと言うと、こちらである固定の名前を決めても、何かしらの理由で人外種達の反感を買ってしまう場合がある。ふたつの世界では常識や理論が根本的に違う。それをすべて理解するのはかなり困難だ。それも種族の違いでまた違ったりと複雑だ。ならば、いっそのこと、正式な名前がない方がいいのではという諦めにも近いのが答えとなった。だから皆、好きに呼んでいる。アッチ、向こう、別世界、外界、遠瀬、などなど。
「う、うん……こ、これお土産……」
「やった!てか、もう帽子取れば?」
歓喜しながら土産を受け取りながら、剛に指摘されたティアは何故かびくっと肩をすくませる。
「……」
そして、おずおずと帽子をとる。




中から《蛇がにゅるりと出てきた》。




髪ではない。否、蛇の髪が出てきた。
生え際や前髪は普通の髪だが、それ以外は生え際から離れるにつれてまとまり、蛇の形なっている。
そう、よく神話に出てくる蛇の髪に、その目を見た者を石へと変えてしまう、《メデューサ》だ。



ギリシア神話に登場する女の怪物であり蛇の髪の毛と、覗き込むと石になるという瞳を持ち、肌は青銅のウロコで覆われ、背中には大きな金の翼が生え、口からは鋭い牙が髪が蛇である。
それ以外は美しい少女の姿であるとする説もある。
その知名度はきわめて高く、神話や怪物に少しでも興味がある者ならば、大抵が聞いたことがある。
元は、長姉ステンノー、次姉エウリュアレーとともに「ゴルゴン三姉妹」の名前で呼ばれている。ポルキュスとその妹ケトの間に生まれた娘、かつては姉とともに大変美しい姿をしていた。知恵の女神アテナ(もしくはポセイドンの妻アンフィトリテ)の怒りを受けて醜い姿に変えられてしまった。
アテナ(もしくはアンフィトリテ)が怒った理由は、海洋神ポセイドンの求愛を受けたからとも、あるいはアテナの神殿で男性と淫蕩にふけったからとも言われている。多くでは、その美しい髪を自慢してアテナを冒とくしたため、恐ろしい怪物に変えられたのだと説明している。



上記の子孫であるティアにも正確な理由はわからないが、大体はこんなところだ。
現在のメデューサ達は伝説のような恐ろしい姿ではなく、ティアのように髪以外は普通の人間の少女のような見目をしている。目の能力も、今ではコントロール出来るようになっており、大抵は身体の動きを止める程度の《硬直》をさせるにとどめることが多い。
と、渡されたのは、なんとも怪しいデザインの何故の液体の入ったスプレーを渡された。
「……これは?」
「ま、魔女の谷のパーティー用商品で……誰かに吹き掛けると暫く自分の言うこと聞いてくるって……に、人間にも安全に《効くから》大丈夫だよ!」
人間にも安全というのを強調したかったのか、その部分を言うときに拳を握って、いつもよりも力強く声音を強くする。漆としては用途に若干困る物だが、貰えるものは貰っとこうとお礼を言った。ティアはお礼が嬉しいのかにこにこして、えへへーっと何とも大袈裟に喜ぶ。
「ねぇねぇ!俺には?」
二人のやり取りが一通り終わると、剛が自分を指しながら入ってきた。それにあっとティアはまた荷物を探り、出してきたのは……
「つ、剛君にはこれ……」
と、渡したのはカップ麺でお馴染み、『赤いきつねと緑のたーぬき』の赤いきつねだった。
「なんでだ!!?」
「ぶはっ!」
剛は叫ぶ一方であまりにも《お似合い》な為、漆は肩を震わせて笑いだした。ツボに入ったらしい。
「ちょっ……普段の俺の冗談冷たく返す癖に何でここで笑うの!?」
「い、いやだって……」
「え?え?お、お店の人に、剛君のこと言ったらこれが絶対いいって……」
「絶対いいの意味が違うからね!?」
そう言うと剛がいた場所でぽんっとまるで空気を抜いたような音ともにちょっとした煙が出た。その煙はすぐに晴れ、そこにあったのは黄金色の毛の

《九尾》の狐だった。


「俺はきゅうび!の狐だから!」
と、手で、もとい前足で自分を指す。
中国神話の生物。九本の尻尾をもつ妖狐。狐を魔物、憑き物として語った伝承は日本だけでなく、古くから世界各地に残っている。九尾の狐もそうした狐にまつわる昔話のひとつであり、物語では悪しき霊的存在として登場する多い。
そんな九尾狐の子孫が華地剛であり、普段は人間とそう変わり無い見目に変化している。いつも同じ姿なのは、単純に楽なのと、大学での人型の登録がその姿だから。もし、いちいち姿を変えられては漆には見分けがつかない。
普通の狐と一緒にされるのは嫌、というわけではないが心外ではあるらしく、同じようなボケの時も今のように変化を解いて、こう言ったような気がする。
だが、これをする相手が間違った。
「……ごめんなさぁいぃぃぃぃ」
と、泣きながらティアは膝を床につき、土下座した。
「うぁぁぁぁ何で!?」
少女(メデューサだが)泣きながら正座をさせる男(九尾狐)という絵面は奇抜である。いつの間にか距離をとっていた漆はそれを眺めていた。
「いやいやいや、冗談だよ!冗談!嫌だなぁ!冗談を冗談を返すなんて定番じゃない!あははは」
ぽんっとまたいつもの姿に変化し、顔をひきつらせながら笑う。今さら後悔する。ティアのようなメンタルが硝子細工よりも繊細な相手にやることではなかった。後々面倒になることは目に見えていたはずなのだから。
この後は何とかティアを宥めて、事なきを得た。
そして、昼食をとりながらティアのいなかった間にあったお互いことを報告をしている流れで天籟のことになった。
「う、漆ちゃん大変だったね……」
天籟のことから女子達の話になり、ティアもまた同情したような表情をする。
「でもさぁ、本当にもう来ないの?」
剛の言葉に心の底から嫌な顔をした。
「来てたまるか」
また来ようものなら女子達に更なる誤解を生むだけだ。しかも、漆に悪い意味での誤解を。
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