短編

□白澤の不摂生−華の種子−
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「うぁぁぁぁ!狡!狡!」












極楽満月に響き渡る叫び声。鬱陶しそうにしながら狡は呼ばれた方向に向かった。
「何ですかそんな大声出して…」
「血が!血がぁぁぁぁぁ!」
叫んでいる白澤本人からは一切、血は流れていない。目線を動かして、白澤の足元を見ると、小さな人影が見えた。







二人の子供の長女の山茶花が鼻血を出していたのだ。









「だだだ台所の下の棚開けたら山茶花がいて…がんって!がんって!」
パニックを起こす白澤とは逆に冷めた目で見つめ、はぁっとため息をついた。
「わかりましたから。落ち着いてください」
「だって血だよ!女の子なのに鼻血だよ!」
「はいはい。うちがやりますから、ちょっとこの子抱いててください」
腕の中で眠る、まだ乳飲み子の次男の蓮華を差し出すと白澤はあわあわとしながらも優しく抱き上げた。慎重に移したので、白澤の腕の中でもすよすよと眠っている。手拭いを出すと膝をつき、
「山茶花、こっちに来て」
「はーい、媽媽(お母さん)」
泣くこともなく、てててっと小さな足で狡の側に寄った。つり目や目元の模様等、見た目は二人とも父親の白澤譲りなのだが、この山茶花の性格は狡のように強かだった。歳に関係なく。現に鼻血を出している山茶花はぽやんっとしているのに鼻血を出していない本人でない白澤は騒いでいた。
「全く。あなた医者なんですから鼻血程度の血で騒がないでください」
「だって鼻血だよ!女の子が鼻血だなんて一大事じゃない!?」
凝り固まった『女の子観』を娘にまで当て嵌めてしまっているらしい。確かに我が子が血を出しているならば慌てるのはわかるが、白澤は騒ぎすぎだ。
「山茶花、痛かった?」
「ううん、爸(お父さん)が大きいこえだしたー」
鼻血はすぐに止まり、へらっと笑いながら山茶花は狡に抱きついた。
「娘がこれなのにお父さんはなんなんですかねぇ…」
「僕がへたれだとでも言うの!?」






「おぎゃああああああっ!」






白澤が大きな声を出したからか、蓮華が驚いて起きてしまい、つんざくような声で泣き出した。
「うわっわ!」
「何事ですか!?」
出勤してきた桃太郎が慌ててダイニングにやってきた。親子四人が揃っているところを見て、蓮華が泣いているのだとわかった。山茶花は桃太郎を見るとたたたっとよって、その手をつかんで
「桃タロー!だっこー!」
乳飲み子の頃から側にいたからか、桃太郎に異様になついている山茶花。桃太郎もなつかれるのは嬉しいらしく、すぐに山茶花を抱き上げた。
「おぎゃああっ!おぎゃああっ!」
「よーしよしよし!」
必死にあやす白澤を放っておき、山茶花に菓子を与える。
「ちょっと狡!君じゃないと泣き止まないよ!」
「頑張れお父さん」
「がんばれ、爸(お父さん)」
妻と娘の見事なシンクロガッツポーズに間に立たされた桃太郎は微妙な顔でいた。
「なにそのシンクロ!僕も入りたい!」
「おぎゃああっ!」
「よーしよしよし!蓮華ごめんってばー!」
朝から騒がしい家族だな、と桃太郎はもう開き直った。三日に一回はこのような感じなのだ。いい加減慣れてしまう。頭巾を掴んで遊ぶ山茶花を然り気無く止める。
「桃タロー」
「山茶花、桃太郎さんは年上だから『桃太郎さん』と呼びなさい」
「嗚呼、気にしなくていいっすよ」
「駄目です」
桃太郎の申し出をぴしゃりと突き返した。礼儀はきちんとしたいらしく、特に年上に対する対応などの狡は教育に力を入れる。理由は…
「あんな父親ですからね。子供も同じと思われるのは心外です」
「あんなって何だよ!」
「おぎゃああっ!」
もういいかと狡は白澤に近寄り、蓮華を受け取った。すると、先程の泣きが嘘のように収まり、再びすよすよと眠る。母親という存在のすごさをこういうのを見ると実感する。
「ごめんください」
店の方で聞き覚えのあるバリトンボイスが聞こえると、白澤はうぇっ!と反応した。ぞろぞろと店の方に出ると、鬼灯が入り口にいた。
「いらっしゃいませ」
「いらしゃしゃー」
狡の真似をしてるつもりなのだろうが、まだ上手く喋れずにこのようになってしまう山茶花。桃太郎から降りると、これまた何故かなついてしまった鬼灯にだっこをせがんだ。表情は変わらないが、内心、可愛いものは嫌いでない鬼灯はすぐに肩に山茶花を乗せた。
「たかーい!」
きゃっきゃっと笑う山茶花に満足げな鬼灯。だが、それが気に入らないらしく、白澤はぎりぎりと奥歯を噛み締める。
「僕の娘だぞ!怪我したら危ないから下ろせよ!」
「黙りなさい」
と、白澤をいなしたのは狡だった。
「あなたが神獣の姿で背中に乗せるよりはずっと安全です」
前にそれをやっていた時、大層狡は白澤を怒鳴り付けた。固定具をつけているわけでもなく、空高く上がった時に子供の山茶花が滑ったりでもして落ちたらどうするんだと、軽く三時間は叱っていた。
「ざまぁ」
と、鬼灯がわざとらしく吹き出すとわなわなと手を震わせる。
「くそ鬼神がぁぁぁ…」
「山茶花さん、あんな風になっては駄目ですよ」
まるで父親のように山茶花に白澤を指差しながら諭すと山茶花は
「わかりましたーほうずきさまー」
「性格は母親に似てよかったです」
「どういう意味だこらぁ!」
子供よりもくだらない喧嘩をする大人二人から然り気無く子供を回収し、桃太郎とダイニングに向かった。
「はいはい、おやつにしましょう」
「わーい」
「ちょっと!何で僕じゃなくて桃タロー君連れてくの!?」
ダイニングの扉を閉めようとする狡に向かって手を伸ばすが狡はとてつもなく冷めた目で睨み、
「喧嘩ばっかしてないでたまには真面目に仕事してください。お二人は子供の教育上、あまり良くない喧嘩をするので」
それでは、と無慈悲にもぱたんと扉は閉められた。お前せいだと睨む白澤に鬼灯は自業自得だと睨み返す。
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