『白澤の不摂生』

□白澤の不摂生−出会った頃は−
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バンッ!と勢いよく極楽満月の引き戸が開いた。驚いてそちらを桃太郎が振り返れば不機嫌そうな顔のずぶ濡れの狡がいた。
「な、何事ですか……?」
確かに彼女は白澤と一緒に採集をしに、つい数十分前に出掛けたはずだった。
「ひどい目に遭った……」
濡れた髪をかきあげながら呟く。とりあえず、と桃太郎が手拭いを渡す。
「大丈夫ですか…?」
「そう見えるなら万々歳」
「いや……」
「まさか出先であれの不始末の火の粉を浴びるとは思わなかった」
狡の話によると採集場所について採集をしていると、白澤と夜を共にした女がやって来て怒鳴り散らして来たらしい。さらに、狡を白澤と付き合っている女と思い込み、狡に向かって、近くにあった池に落としたらしい。さすがに切れた狡が女をボコした後に白澤もボコして帰ってきたらしい。
「くっそ堕獣が……」
怒気を含んだ声で恨みを溢しながら、何の躊躇いもなく上の服をぐいっと脱いだ。
「ちょっ!女子がこんなとこで脱…」
「何言ってんの…下にも着てるよ」
確かに厚手の大きなサイズのチャイナ服の下に薄手の袖無しの着物を来ていた。その腕には刺青のような模様がある。
「濡れて気持ち悪い」
乱暴に三角斤も外し、髪もほどいた。
「お、俺、外に行きます……」
「ん?何で?」
何でと言われても困る。いくら自分よりもかなり年上といっても人型の見た目は年頃の女性なのだ。見ていられない。
「あーごめんなさい、こんなみすぼらしい姿お見せして」
「いきなり何で卑屈なんですか!」
そう怒鳴りに近いような叫びとともに桃太郎は外に出ていった。狡には何故だかわからないらしく首を傾げる。
狡を中に残し、桃太郎は精神統一でもするかのように遠くの空を眺める。すると、何かがこちらに近づいてきた。
「あれは……」
白い大きな四つ足の獣がこちらに飛んでくる。本来の姿の白澤が飛んでやってきたのだ。人型に戻った姿をよく見ればボロボロだ。
「白澤様……」
「イテテ…全くひどい目に遭ったよ」
それは白澤の台詞ではなく狡だけの台詞ではないのかと桃太郎は心中思った。
「いやーまさかこんなアクシデントがあるなんて。狡、怒ってた?」
「そりゃあもう」
反省の色もない軽い調子の白澤に呆れ全開の顔で苦笑いをした。
「あちゃー、こりゃご機嫌とり大変だ」
頭をかきながら笑う白澤。この人には『反省』や『後悔』というものがないのかもしれない。
「あの…狡さんって白澤さんとどういう関係になるんですか?」
申し訳なさそうに桃太郎は言った。
何とも見ただけではわからない関係には見える狡と白澤。前々から気になっていた桃太郎はこれを機にと聞いたのだ。
「ん?関係?んー…師弟?いや、兄妹?んー…」
「あの…お二人の出会いは…」
「んーとね、狡と出会ったのは…」









―今から数千年前にね、玉山の西王母に宴に誘われてさ。西王母のお付きは美人だし、その山に住んでいた狡達の多くは人型にはなれなかったけどメス達にもモテて気分はかなりよかったよ。
『おんや?黒曜はどこかぇ?』
西王母はふと、誰かを探しだしたんだよ。
『黒曜?宝石の名前だよね?』
『ここにおる狡の中でも妖力が強くてのぅ、ちょっとコツを教えたら女子になれるようになってなぁ。白澤殿にはお誂え向きかとおもぅてたのだが…』
『黒曜ならば用事があるとのことです』
と、他の狡が答えたんだよ。あまり大勢でいるのは好きではないらしくてね。人型になれる狡はその時までも数は少ないけどいたよ。その宴にも何人かそういう女の子いたし。しかし、何で黒曜なんて名前なんだって問いかけたら。
『女子の姿のあやつは黒い髪に黒い瞳でまるで黒曜石のようでな、本人は謙遜しとったが、妾はそう呼んでおる』
ころころと笑いながら西王母は答えたよ。その狡は他の狡とちょっと変わっているらしくてね、他の狡はたいして興味もないのに人間や人間の作ったものに興味があったらしい。
ちょっと飲みすぎちゃって、夜風にでも当たろうと外に出て中庭を一人で散歩してたんだよ。そしたらさ、月明かりを使って本を読んでる女の子がいたんだよ。人の子にすると八歳くらいだったかな。その髪と瞳が真っ黒でさ、すぐに『黒曜』だってわかったよ。
『今晩は』
『……今晩は』
警戒心むき出しで可愛らしかったなぁ。え?いやいや、僕は幼女趣味じゃぁないよ。ただ単にかわいいなって…ちょっとその目何?まぁこれが狡との出会いだよ。
『何の本読んでるの?』
『薬草の本です』
中身を覗いてみると草とか色々な難しい効能とか書いてあってさ、よく読めるなぁって思ったよ。
『黒曜って君のことだよね?』
『西王母様に聞いたんですか?貴方誰ですか?』
『僕?僕は白澤?』
『白澤…』
名前言った瞬間にさ、青い顔しちゃってすぐに土下座しようとしたから慌てて止めたよ。小さいながらに妖怪の長になんて口を利いたんだって思ったらしくてさ。
『も、申し訳ありません』
『いやーいいよいいよ。それよりも中で飲まないの?』
『お酒が苦手で…』
いやいや、真面目だなぁってそれでさちょっと強引に誘ったんだよ。西王母も喜んで参加させてさ。で、ちょっと彼女の飲み物に酒混ぜたんだよ。結構強めの。
んで、それを飲んだときが来た。
暫く固まっててさ、さすがに心配になって、
『ちょ、ちょっと大丈夫?』
って言った瞬間、何て言うの?狩人の目って言うの?めっちゃ怖い目になってさ、人型のまま頭に噛みついてきたんだよ。いや、めっちゃ痛かったよ。
『痛い痛い痛い痛い痛い!!』
『おぉ黒曜よ!どうしたのだ!』
どうやら酔うと噛み癖があるらしくて。問題はそれからだよ、噛みついたことによって僕の血とか妖力を体内に取り込んじゃったんだよ。神獣の妖力なんて取り込んだらだいたい死んじゃいそうなのに、奇跡的にも相性ぴったし。そのまま馴染んだらしくて。舌に僕の目の模様があるのはそのせいなんだよ。
今まで人型になるのは半刻程度だったのに酔いの覚めた朝まで人型になれるようになってて。
『これはこれはどぅしたものかのぅ…一度神獣の妖力を受け入れてしまっては妖力の使い方が違ってくる…』
困った西王母も綺麗だったなぁ。あ、じゃなくて。普通の妖怪の妖力と神獣の妖力はかなり質が違うんだよ。庶民の人が高級料理食べて、他のが不味く感じるみたいな感覚に似てるんだよ。え?わかりにくい?わかってよこれで。
まぁこれはこれは面倒なことになったと思ったよ。僕の妖力摂取が原因で死んじゃう娘がいるなんてことになったら信用がた落ちだよ。
まぁちょうど薬草の研究してて助手も欲しいし、まだ小さいとはいえ女の子だったから連れていくとになったんだよ。
『白澤様。うちは何をすればいいですか?』
『んーそうだね、一つ、僕が女の子と遊ぶときは邪魔しないで。一つ、僕が酔いつぶれたら介抱して。一つ、僕と一緒に薬草の勉強をしよう。まぁここら辺守ってよ』
『…つまり、自分で言うのもなんですが白澤様のお付き役ということですか?』
『うん、あ、でも他の補佐官とかみたいに畏まらなくていいからね。黒よ…』
『狡でいいです』















「宝石に例えられるのが自分には見合ってないと卑下してさ、だから狡って呼んでるんだよ」
「成る程…そんな出会いが…」
幼女趣味が疑われた白澤だったがしっかりと責任をもってして狡を預かったと知って桃太郎は白澤を少し見直した。
「はぁ、もっとしおらしい女の子になってくれると思ったのになぁ…何であんなに僕に強く当たるようになってるんだろ」
何となく桃太郎は白澤が狡を預かってすぐから女性問題がいくつも発生したのが彼女も巻き込まれて、ああいう性格にならざるを得なかったのではないかと容易に想像した。
「さてさて、そろそろ入ってもいいかな?」
「はぁ…多分。俺はついでに配達行ってきますね」
じゃあねぇと桃太郎を送り出し、店の中に入った。物音がしないので広間に入ると誰もいない。風呂にでも入ってるのかと思い、自室に入ると寝台の上には狡が眠っていた。
「髪濡れたまんまだし…」
感情が一気に上がったことで鎮めるのに疲れたのだろう。風呂にも入らずに近くにあった白澤の寝台に入ったらしい。
しゃがみこんで寝ている狡の頬をつついた。
「寝ていれば普通の女の子なのにねぇ」
白澤は染々といった。
あの数千年前に預かった妖怪がここまで一緒にいるとは思わなかった。狡の適当な性格がそれの要因でもあるだろう。
「黒曜」
と、久しぶりにその名を呼んだ。
呼ぶと不機嫌になるからだ。
白澤的にはこちらの方が気に入っている。宝石に例えられるなんて素敵ではないか。それでも彼女は嫌だといった。
「黒曜ー」
久しぶりに口にしたことでふざけたくなった白澤がまた口にした。次の瞬間、頭の上に瓦割りのような手刀が飛んできた。
「あがっ!!」
「その名で呼ぶな…です…堕獣」
「ちょっとくらいいいじゃん!ってちょっ!痛い痛い!なんでそんな殴るの!」
「まだ腹の虫がおさまりません」
「女の子が、ぐーで殴るなよ!せめて平手打ち!ぎゃ!しろってことじゃないよ!」









このあと注文にやって来た鬼灯が見た白澤は先程以上にボロボロだった。
 

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