ハイキュー短編
□あの日の事
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普段あんまり着ないけれど久々にジャージを引っ張り出してきて、それに着替える。
コンビニで何本かスポーツドリンクを買い込む。
なんでそんなことをしているかというと「烏野まできてボールあげてくれよ」って、少し前に繋心に言われたからだ。
多分本気ではなかったと思うけれど私は自分がマネージャーをしていたときのことを猛烈に懐かしく感じて、そしてあの体育館に行けばあのころの懸心が居るような気がして、烏野高校の体育館へ赴くことにしたのだ。
***
体育館は多少塗装が治されたりしていたけれどほとんど当時と変わらない状態だった。
中から聞こえてくるシューズの滑る音や、トスを呼ぶ声。
なんだか部活!青春!って感じがして懐かしい。
私はちょっとだけ緊張しながらそぉ〜っと体育館をのぞき込んだ。
「おら!立て次行くぞ!」
繋心の大声が聞こえて、懐かしく感じながら私は開け放された体育館の入り口に立った。繋心が、ボールを構えていた。
それは一瞬で私の視界をいっぱいにした。
知ってる、あのフォーム。
あのころと変わらない繋心のフォームだ。
黒髪の学生繋心がサーブをする姿が重なって見えるような気がした。
鋭い音と共に打たれたサーブは誰にもとられずバウンドした。
「おいしっかり前見ろお前ら!練習中によそ見か!」
「いや、でも、あのコーチ」
「あぁ?」
「誰ですか、彼女」
「――っあああああ!!!」
瞬間、私は我に返った。
しまった!
久々に見るサーブにすっかり心を奪われていた!
「カヤ!」
「…おっす繋心」
「帰れ!」
「えぇえええ!お前がボールあげにこいっていったんじゃん人でなし!」
「冗談と本気の区別もつかねぇのかお前は!」
「うっさいせっかくスポドリ買ってきたのに!」
「マジ!?あ、いやそんなものにはつられねぇぞ!」
繋心はちょっとしかめっつらでボールを抱えたまま私の方へ来た。
そんなに怒らなくても良いのに。
にしても、体育館も少し変わったと言え懐かしくて、ちょっとにやけてしまう。
「おい人が説教してんのになにニヤニヤしてんだ」
「え、してないけど」
「真顔で嘘付くな!」
「コーチ誰ですかその人!」
「彼女ですか!?」
「っだぁぁああ!!」
懸心は頭をかきむしりながらしゃがみこんだ。
なんだなんだ、騒がしいヤツめ。
「はぁ…とりあえず、十分休憩だ。スポドリ受け取れ」
「ッス!あざーす!」
「「「アーっす!」」」
元気の良い若人達にドリンクを渡してやって、一応繋心がかわいそうなので「ここでマネージャーやってたんだよ」とか自己紹介をしておく。
「残念ながら彼女でもないよ」とも。
本当に残念だよまったく。
「ねぇ繋心。今日練習何時まで?」
「今日は休日練だから、まぁ四時くらいか。あんまやらせっと疲労とれねぇからな」
「じゃあ、そのあとまた繋心のサーブとか見たいなぁ」
「……は」
「いいじゃんいいじゃんもったいぶらなくても」
「…まぁ、いいけど」
烏野のみんなの練習見学をはじっこに座りながら見ているとやはり当時のことを思い出した。
あのときは私も若かったなぁ…いや今だってまだ年老いたという年齢ではないけど…!
コーチをしている繋心、なかなか良い感じ。むしろ惚れ惚れしちゃうくらいで。だから私はあんまり退屈することもなく、練習を見ていた。
練習が終わると元気な一年生二人は「まだトスあげろ!」とか言っていたけれど繋心に「休養も仕事だ!」と言われ、三年に引きずられ帰って行った。
体育館は一面だけコートを出したままで、繋心と私の二人きり。
「よく、居残りして最後に二人だけでコート片付けたりしたな」
急に繋心が言うので、ちょっとびっくり。
「…遠回しに今日も片付けてけって言ってんでしょ」
「…ほらボールあげろよ。あのころみたいに」
うまくあがるかな?
その辺に転がったボールを手にとって放り投げる。
ちょっと軌道がおかしいけど、繋心はそれをポンと軽くあげた。
「お〜、相変わらず見た目に反する優しいトスだね」
「おちょくってんのか!
おらとっととだせ!」
「あいよー、一本!」
「ほいっ」
「二本!」
「っよ!」
「三ぼーん!」
かけ声と共に次々ボールを投げる。
あのころの感覚を思い出して夢中で投げていたら、みんながカートに入れて片付けたボールは全部投げきってしまった。
さすがにそのころには繋心も少し息を荒げて汗をぬぐった。
「すごぉ〜おわっちゃった。
…あれ、なの疲れてんのよ。年寄り?」
「うるせー!久々にあのペースで打つと流石に疲れるぜ。
んじゃまっ、そろそろ片付けて帰りなんか食ってくか」
「やったーありがとー!」
「だれが奢るなんつったよ?!」
「とかいって奢ってくれる気なんでしょ?」
「こいつ…」
二人で重いポールを担いで倉庫にしまい、ネットは一番端をもって二人で折りたたんだ。
そして散らかしてしまったバレーボールを拾い集めていく。
「で、なに食う?」
「えー…繋心ちの肉まん」
「お前なぁ…」
「バレーの後はやっぱ肉まんなの!
あーあ!あのころに帰りたい!」
「現実逃避すんな!」
手元にある最後のボールをカートに投げ込む。もう、帰らなきゃなのか。
また明日からいつも通りの日々が始まるのか。
私の時はなんだかあのころから止まってしまったみたいで…なにいってんだろ急に。
あの頃だって繋心に思いを伝えられなかったんだから、いまあのころに戻ったって同じだろうに。
女々しいなぁ私は。
「カヤ」
「なに?」
「俺も、あんときに戻りてぇよ」
「…繋心まで現実逃避?」
「…いや、俺のは現実逃避じゃねぇよ。いまそう思うからこそ、現実で問題を打開する」
「…どういうこと?」
体育館の真ん中に座り込んだ繋心は片手にバレーボールを持って、それを私に投げてよこした。
「好きだカヤ!」
体育館に懸心の大声が響いた。
一瞬何を言われたのかよくわかんなかった。
繋心はにやっと笑って私を見つめていた。
「繋…心…」
「学生の頃からお前のことがすきだったよ。
でも関係を崩したくなくて結局大人になってもずるずると引きずってた。
けど、今日お前がここに来てあんとき言えなかったことスゲェ後悔したんだったって思い出した。
だから俺はもう腹くくることにしたんだ」
お前はどうなんだよ、と繋心が言うので、ボールを投げつけてやった。
繋心は立ち上がって綺麗なトスを上げた。
そのトスは私の胸にボールを戻した。
「…好きだよ。ずっと」
やっと言えた。
ずっと言いたくて、でも怖くて言えなかったこと。
この思い出の場所で懸心にちゃんと伝えられて、ただ嬉しかった。
私達はお互い遠回りしすぎたなって笑って、抱き合った。
動き出した君との時間
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