キッド連載

□23 悪いかよ
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 このごろレティのこととなるとどうしてもイライラしてしまうキッドは、久々に島に上陸した瞬間、酒場に繰り出していた。
 一方のレティは酒場に行く気にもなれず自ら船版を希望した。
ワイヤーに頭でも打ったのかと聞かれたが、正直なところレティはキッドに他の女がべたべたまとわりつくのを見るのがあまり好きではなかった。
だがそうも言っていられず今まで気にしないようにして酒場に着いていったのだが、今日は自分をだませないような気がした。
なぜだか分からない。なにせ船で女はレティだけなのだ。
これは何かの病気かも知れないとレティは青ざめた。
大好きで尊敬しているキッドがモテることは良いことであるはずなのに…。

「じゃあレティ、本当においてっていんだな?」
「うん。楽しんできてねみんなー!」

元気な風を装って大きく手を振ったけれど内心はもやもやしていて、そんな自分は面倒くさくて好きではない。
仕方ないから自分で言ったとおり船番に専念することにした。
寂しさを紛らわすべく歌でも歌いながら。


そのころ、キッド達はレティの気も知らず盛り上がっていた。
はじめは今日のレティはなんだか元気がなかったなと気にしていたものの酔いとともにそんな考えも飛んでいってしまった。
だらしがないことにキラー以外はたいてい酔いつぶれて店の女にうつつを抜かしている状態である。
それでもいざとなればしっかり目を覚ます連中なのでキラーは何も言わない。
今はお姉様方にデレデレでも、レティが来ればみんなの視線はそちらへ向くはずだ。
みんな妹分である彼女を大事に思っているからだ。
ただ今日はそのレティが居ないのでクルー達はいつも以上にだらしがなかった。
そんな中夜も深まってきて、キッドはずっと隣にいた女に夜の誘いを受けた。
何も考えずに返事をしそうになったのだが、不意に寂しげな表情のレティが浮かんできた。
それから何も悪いことをしたわけではないのに後ろめたい気持ちになった。

「ねぇ船長さん、ダメとは言わないでしょう?」
それから衝動的に言った。
「帰る」

その一言は酔いの回っていたクルー達に気づかれることはなかったが、女は顔をしかめた。
そんな女も無視してキッドはカウンターに赴き、数本酒瓶を買うとそれを手に出口へ向かった。

「キッド、もう良いのか」
「ああ、こいつらのことはたのむぜ」
「…ああ」

キラーは笑みを浮かべたが当然それは見えるはずもない。
キッドはそのまま店を後にした。
 船に戻ると歌声が聞こえてきた。
あまり美しいとは言えないが陽気な歌だ。
あまり夜の海にはふさわしくないかもしれない。
それはキッドが船に足を踏み入れるとぱたりと止み、かわりに慌ただしい足音が近づいてきた。そして驚いた顔をしたレティが現れた。

「か…頭…?」
「おう、戻ったぜ」
「おかえりなさい…じゃなくて!朝まで帰らないと思った」
「騒がしくて疲れた」

思ってもいないことを言ったのだが、レティはキッドが戻ってきた理由はともかく、キッドが戻ったことが嬉しくてとびきりの笑顔で迎え入れた。

「おら、酒買ってきてやったぜ」
「やったぁ!あ、頭は甲板に行っていてください!準備してすぐ行きます!」

なんの準備が必要なのかキッドは分からなかったが聞く前にレティは走り去っていった。いつもなら素直に言うことを聞いたりはしないがレティの嬉しそうな笑顔を見たらいつの間にイライラが収まっていたのでそのまま甲板に向かった。
杯を持ってくるにしてはやけに遅いなと思い始めた頃、レティは現れた。
 キッドは面食らった。レティはさっきの酒場にいた女が着るような赤いドレスを着て出てきたのだ。

「お前、なんだそれ」
「え、頭が買ったんじゃないですかー!」

そういえばレティがこの船に乗ったあと、最初に島に上陸したときだ。レティがあまりに食べ物しかねだらないのでしびれを切らしたキッドがアレコレかまわず服を買いまくった事があった。
その赤いドレスは「お前にはまだ早いな」といいつつ面白半分に買ったドレスだった。

「今日は頭が戻ってきてくれたから私がお酒をつぐんです!」
「はぁん、そういうことは綺麗にグロス塗れるようになってからいいやがれ」

キッドが買ってやった中で一番濃い色のグロスは、わずかに唇からそれていた。
ドレスがあまり似合わないことも合わせてませた子供のようだ。キッドがそれをぬぐってやるとレティはむ〜と頬をふくらませた。
子供っぽさが増しただけだったが。
だが、なんだかんだと言いつつキッドはレティのついだ酒を良い心地で飲んでいた。
さざ波の音、線になって海に浮かぶ欠けた月。時折吹き付ける冷たい風が酔いを覚ます。
そんな静かな風景に紛れ込んだ二人の派手な人物。

「ねぇ頭」
「あ?」
「理由はともかくね、私頭が戻ってきてくれたときすっごく嬉しかったです!」
「おう」
「だからね、毎回とは言わないから。たまにはこうやって私にお酒をつがせてくださいね」

さっきまで幼稚に見えた人物が、今度は風に髪をなびかせて少し大人びた女性の顔に見えてキッドは困惑しそうになった。
だが風はすぐに止んだ。
キッドは気のせいだと決めつけて「気が向いたらな」と言った。

「ひどいな頭ー、でも私は期待して今度ちゃんと似合いそうなドレスを買いに行きますね!」
「化粧の練習もわすれるなよ」
「も、もちろんですとも!」
「どうだか」

レティはくってかかろうとしたがキッドが杯を押しつけるとまた静かになってうれしそうに酒をついだ。
キッドは珍しいほど上機嫌で、いままでイライラしていたのが馬鹿らしくなった。
そうだ、俺はコイツを気に入っている。だから他の奴に横取りされそうになってちょっとばかり慌てただけだ。
それで、そんな気持ちの何が悪い。
海賊がお気に入りの財宝を渡したくないのとなんら変わらない。
これは普通な心理現象だ。
キッドは半ば開き直ってそう思った。
そうすると心が軽くなった。
キッドは次に酒場に行くときも途中で抜け出そうと心に決めた。


 気に入って何が悪いってんだ!




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