その他 小説

□相合傘
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 失敗したな、と思ったが、時は既に遅く。
チビ達(主にランボ)が朝から騒いでニュースを見られなかったからとか、母さんが教えてくれなかったからとか、言い訳がましい理由を頭に浮かべたところで現実が変わるわけでもない。

 嘆息。

 生徒玄関を出て、空を見上げる。
 重くのしかかるような、一面に広がる鉛色。
小雨などとは、口が裂けても言えないような大降りの雨。
前述の通り、想定外であるこの雨を潜り抜けるための傘なんてものは用意していない。
 オマケに、いつもならば獄寺君や山本といった友人が一緒であり、傘に入れてくれるということもあったのだろうが、こんな日に限ってオレは一人だった。
 獄寺君はときどきあることだが、ダイナマイトの調達だとかで欠席。山本も、今日は家の手伝いを頼まれているらしく、学校が終わると同時に即座に帰路に着いた。
 ついでに言うなら、例のごとく半分にも満たない点…半分どころか、四分の一にすら満たないのだが、そのテストの補習授業で人影は殆どない。この雨だ、体育会系の部活動生徒も今日は休みか体育館内かといったところだろう。

 二度目の嘆息。

 少しでも弱まってくれないだろうかと待っていたものの、一向に収まる気配はない。
それどころか、徐々に強まっている気すらしてくる。
 諦めて、濡れて帰るしかないか…。
意を決し、一歩踏み出そうとしたところで、人影は現れた。

「んん?」

 校門から真っ直ぐにこちらへ向かってくるその人影。
 …こんな雨の中、わざわざ学校に?来客?それか、忘れ物を取りに戻ってきた生徒?
そんな疑問も浮かんだが、雨に歪んだ輪郭が露わになり、浮かんだ疑問は消え去った。
 制服を着ているわけでもなければ、この学校の教師でも、来客というわけでもない。
 オレの、よく見知った人物。

「やあ、綱吉くん♪」

「び…白蘭!?」

 ここにいることが当たり前と言わんばかりの顔で現れた白蘭は、オレの驚きの声も気にせず、「さあ、帰ろうか」なんてオレの腕を引く。いやいや、待て待て。慌てて手を振り払う。

「どうしたの、帰らないの?」

「帰るけどさ…、その、何で学校に?」

「傘ないのかと思ったけれど…持ってるの?」

「も、持ってないけどさ」

 どうにも噛み合わない会話に既に若干の面倒くささを感じながら、根気強くもう一度聞く。

「何でお前が、わざわざ雨の中オレを迎えに来たのか聞いてるんだけど」

「綱吉くんはどうせ傘持って行ってないんだろうなあと思って」

 事実だが、「どうせ」という言い方に引っかかりを覚えなくもない。事実なだけに、反論の余地など無いが。
 気乗りはしないものの、恐らく親切心でしてくれたことなのだろうし、悔しいながらも呟くようにお礼の言葉を口にした。決して良い態度とは言えないオレの態度を気に掛ける様子もなく、いつも通りの笑みを浮かべたまま「どういたしまして♪」と言われる。

「じゃあ、帰ろうか」

 再び手を取られ、傘の下へと引き寄せられる。捕まれた手と急に縮まった距離に、一瞬で体中の血が沸騰したかのような錯覚を起こした。
 沸騰した熱が一気に掴まれた手に集まっていくような気がして、その手の熱さに気づかれたくない一心で手を振り払う。
 流石にこんなことをしては気分を害してしまったかと顔を窺い見れば、オレの考えていることなんてお見通しと言わんばかりの飄々とした表情。駄々をこねる子供を甘やかすような目に見えて、子ども扱いされているような気になりムッとする。実際、年下なのだが。
 ささやかな反抗とばかりに、殆ど密着しているような距離を一歩分離す。

「綱吉くん、もっとこっちに詰めないと濡れちゃうよ?」

「大丈夫だ」

 傘からはみ出た左肩は、制服が雨水に濡れ、あっという間に濃く染まっている。それを無視して歩を進めていたら、白蘭が傘をこちらへ寄せてきた。

「…白蘭、お前の肩が濡れるだろ」

「綱吉くんのために傘を持ってきたんだから、綱吉くんが濡れちゃ意味ないでしょ」

「う…」

 言葉に詰まる。「綱吉くんのために」という言葉に心拍数を上げる自分の心臓を恨めしく思いながら、渋々離した距離を詰めた。

「もう少し、こっち」

「わっ」

 グイ、と肩を掴まれ、肩や腕がぴったりとくっ付く。更に一際心拍数が上がって、体中を熱が駆け巡った。
 相合傘をしている、ということだけで十分恥ずかしさを感じていたのに、増々羞恥が込み上げる。

「顔、赤いね」

「うるさい…」

 真っ赤な顔を見られたくなくて俯き気味に歩くオレと、恐らくそんなオレを見て楽しげに歩いているだろう白蘭。
 いつもいつも、こいつは何なんだ。
 傘を持ってきて君のためとか言ってみたり、密着してみたり。思わせぶりな…期待させるような態度を取って。本人にそんなつもりはないのかもしれないけれど。
 自分ばかりが意識して、余裕をなくして、赤くなって。馬鹿みたいじゃないか。
 こんなやつを好きになる時点で馬鹿だと言われたらそれまでだが。

「あっ、ねえねえ綱吉くん」

 今度は何を言い出すのか。これ以上心をかき乱されては堪ったものではない。秘かに、何を言われても動揺しないぞ、と心の準備をする。

「何だよ」

「キスしようよ」

 心の準備は無駄でしかなかった。

「は、はあっ!?な、なん、何言って、」

「キスしようって言ったんだよ?」

「聞こえてたよ!オレが聞きたいのは、何でそんなことを言い出したのかってことだ!!」

 からかわれているのだろうか。もしかして、薄々わかってはいたが、気持ちに気づかれている?けど、わかった上でからかうなんて、性格が悪いにも程がある。決して良い性格の持ち主ではないことくらい、未来でも現代でも身をもって知っているが。

「何で、って…、恋人とキスをしたいって思うのは、ごく自然なことだと思うけど。」

「…え?」

 耳を疑って、足を止める。

「ああ、道端でっていうのが嫌なのかな?別にここじゃなくてもいいよ、君の部屋とかさ」

「ちょっ、ちょっと、タンマ!待って!!」

 今、何か、とんでもない単語が聞こえた気がする。聞き間違いじゃなければ、明らかに関係に即していない、異質な単語が。

「こいびと…恋人って、今」

「…?言ったけど」

 いつものデフォルトで張り付いた笑みをキョトンと呆けた顔に変えた白蘭は、冗談やからかいという雰囲気は感じさせない。

「え、え…!?」

「え?」

 道端に立ち止り、傘の下向かい合ったまま「え」を繰り返すオレ達。
 オレの方を向き直した白蘭に触れていた右肩に寂しさを感じたが、そんな場合じゃない。
 何がどうなっているんだ。
 オレと白蘭は恋人同士なのか?もしそうなら、正直言って嬉しいけど…叶うわけのない願望であって、現実でそんなこと、ありえない。それはわかっている。
 だが、確かに口にした、恋人という言葉。
 状況をさっぱり理解できない。
 やっぱり幻聴か。
 混乱するオレの耳に、白蘭の「まさか」という声が届いた。

「綱吉くん、もしかして、前にした僕の告白伝わってなかった?」

「……こく、はく…?」

「…あー……」

 増々混乱を深めるオレとは対照的に、白蘭は納得がいったという顔をした。

「三日前に、君の部屋に行ったときのこと覚えてるよね」

「う、うん…」

「僕が言った言葉は?」

「え、っと…」

 三日前。
 部屋で出された宿題に悪戦苦闘していたら、白蘭がやって来て。
 いつも通りに課題の邪魔をする白蘭に困りながらも、また来てくれたことを嬉しいとか思っている自分はもうダメだなとか思ってて。
 それで、たしか、会話の中で。

―――僕、綱吉くんのこと好きだよ

 …そんなことも、言われたと思う。いや、確実に言われた。
 冗談か、Likeの意味で言っているんだろうと思いながら、必死で高鳴る心臓を抑えつけて何か言った気がするけれど、何を言ったかは覚えていない。
 嬉しさをごまかすので必死だったような気はするけど。

「……え…、あれ、って」

「覚えてるみたいで良かったけど…綱吉くん、ひどい」

 ぷう、と頬を膨らませて、唇を尖らせている白蘭はまるで子供のようだ。
普段から子供みたいなところは沢山あるが。

「僕、けっこう勇気出して告白したんだよ?ちょっと冗談めかして言っちゃったけど」

「冗談めかして言うなよ!?」

「だって、恥ずかしかったんだもん♪」

 だもんじゃない。いい年をした男が、だもんとか言うな。いや、そこはどうでもよくって。
 告白。
 白蘭が、オレに。告白を。

「それで、綱吉くん。伝わっていなかったみたいだし、もう一度言うよ?」

「え、あ」

「好きだよ、付き合おう」

 詰め寄られて、一度離れた体がまた密着するほどに近づく。
 心臓の鼓動の速さが伝わってしまうのではないか、なんてことを思ったが、そんな考えも白蘭の体温を感じた途端に霧散する。
 はくはくと、餌を待つ金魚のように口を開閉することしかできない。

「ね、綱吉くん。返事は?」

 いつも通りの笑みのはずなのに、瞳には真剣さが宿っていて戸惑う。
 ずっと望んでいたことだ。返事は決まっている。決まっているが、肝心の返事を声にすることができない。
 たっぷりと間を空けて、絞り出した言葉はなんとも可愛げのないものだった。

「…別に、いいけど」

 そんな返事でも嬉しそうに笑うものだから、緩む口元と赤い顔を隠すために「早く行くぞ」と傘を奪い取った。



2015.5.19



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