戦勇。 小説

□入院1ヶ月後の昼下がり
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その口はまるでマシンガンのように、止まることなく言葉を打ち続けている。
さっきまではたしか魔界のコンビニの品揃えについて。
その次に、好きな野菜の話に移ったかと思えば、アペルピスィの番人について話し始め、今はまたコンビニの話に戻ってきた。
こんな感じで話題をコロコロと変えながら、ほぼ一方的にずっと喋り続けているのだ。

「魔界、最近だんだん寒くなってきとるんよ〜」

「なのに裏のコンビニ、中華まんが肉まんとあんまんしか無いんだよねー」

「あ、でもサンドイッチはけっこう種類あるで!」

「それから最近、新商品でトマトコーヒーっちゅうんが出てな」

入院して2日、3日経ったあたりだったか、その日から毎日エルフはお見舞いに来ている。
最初の頃は病院で寝ているだけなのが退屈だったこともあり、話し相手になってくれる人がいることに喜びもした。
…が、こんな調子で1日3・4時間ほど話されること約1ヶ月。
一週間ほど経ったあたりから少し迷惑にも感じ始め(主にツッコミ疲れが理由だ)、今では半分聞き流しながらも、よくもまあ話題が尽きないものだと呆れを通り越して感心すら覚えてしまう。
もしかして退院までの残り約5ヶ月もずっと通うつもりなのだろうかと思うと、気が重くなってくる。

「トマトコーヒーって、それおいしいのか…?」

今エルフの口にした名前は、聞くだけだと明らかに失敗した感が漂っている。
思わず聞いてしまうと、エルフが口の端を小さく持ち上げた。
あ、嫌な予感。

「まだオレも飲んだことないからなあ、わからんわ。と、いうことで実際に飲んでみよか!」

よくぞ聞いてくれたとばかりにサッとエルフが取り出したのは、赤と茶色を基調とした缶の飲み物だ。
コーヒーであろう茶色い液体が波立つ様子とトマトが描かれた、見た目だけで充分すぎる違和感を感じさせるデザイン。

「はい、アルバさんの分」

「えっ!?ボクも飲むの!?」

「えっ!?飲まんの!?」

まさか自分の分があるとは思わず驚けば、向こうまで驚いてきた。
元々食べ物や飲み物でチャレンジするようなことはしないボクには、この飲み物はちょっとハードルが高い。
いや、かなりハードルが高い。

「大丈夫、アルバさんなら飲めるって信じてるで!」

「何その根拠のない信頼!?」

さあさあ、と押し付けるようにして渡された缶はひんやりとしている。
意を決してプルタブを開ければ、プシッと良い音が響いた。
耳を澄ますと、シュワシュワと跳ねる音も聞こえる。

「……、…ねぇ、なんかこれ。」

「あ、言い忘れてたけど炭酸飲料やで」

「コーヒーなのに!?コーヒーなのに炭酸!?」

恐る恐る、取り合えずは匂いを嗅いでみる。
うん、まあ、思っていたほど酷くはない。
しかし、問題は味だ。

「ほらほら、早よ早よ」

いい加減うるさいな、という意を込めて隣を睨めば、イタズラを仕掛ける子供のような視線と目が合った。
くそう、飲めばいいんだろう、飲めば。
そっと、爆発物でも扱うように口元へ運ぶ。
真横からくすくすと聞こえる、堪えきれていない小さな笑いを断ち切るように、缶の底を持ち上げた。

「………あれ?」

想像していたような、吐き出しそうなほど混沌とした味わいはいくら待てどもやってこないまま、液体は喉を通っていった。

「どうや?」

「ん、何か……。思ってたより普通…?」

不思議な味だが、コーヒーではなくジュースだと思って飲めばそこまで抵抗のあるものでもない。

「そうなん?」

エルフが自分の缶を開け、その液体を躊躇なく飲む。

「あ、ほんまや。ちぇっ、つまらん」

ぶー、と口を尖らせて、エルフはボクの座っているベッドのテーブルに缶を置いた。
ボクももう一口飲んでからテーブルに缶を置く。

「じゃあ明日はもっとおもろい味のもん持って来たるわ!」

「やめて!」

「えー?他にも色々目星つけてるんやけど…」

「普通のを買ってきてよ、普通のを!!」

また変なものを買って来かねないエルフを無理矢理説得する。
渋々といった様子だが、なんとか了承を得た。
そこからはまたエルフのマシンガンのようなトークが始まった。
今度は最近買ったタンクトップの機能性だの、コタツを買おうと思ってるだの、生活的な話題が中心だ。
それから10回くらいツッコミを入れたあたりで、喉が渇く。
疲れた喉を潤すため、缶コーヒーに手を伸ばした。

「…あ、コーヒー、どっちだっけ?」

「へ?あー、…どっちやろ?」

同じ見た目の缶は見分けが付かず、置いた場所も同じだったため全く判別がつかない状態。

「…まあ、こっちでいいかな」

「あっいや多分こっち…!」

ごくん。
どちらがどちらのコーヒーか思い出したらしいエルフの制止の言葉を耳にしたときには、もうコーヒーは喉を通り胃に納まっていた。

「ごめん、飲んじゃった」

「…」

さっきまでとは打って変わって、完全に黙り込むエルフ。
突然口を引き結ぶ様子を見て、何かまずかったかと焦りを感じ始めた。
…もしかして、怒ってるのだろうか?
ふと思い出すのは、数ヶ月前のロスとルキとの冒険の旅。
その冒険の最中、牢屋に押し込められた記憶。
そういえば、こっちと魔界じゃ文化にも違いがあるだろうし、人の飲み物を飲むのは魔界では良くないことなのかもしれない。
一度別大陸に行ったときそれで捕まった身としては、その「文化の違い」というものの大きさは充分に理解しているつもりだ。

「ほんとにごめん!!悪気はなかったんだけど、っていうか魔界の文化を知らなくて、」

「へぁっ!?」

なんとも間抜けな声を上げたのはボクではなく、今の今まで口を閉ざしていたエルフだ。
ボクの声に驚いたようで、話を聞いていなかったかのような様子。
それに、肌が褐色だからわかりづらいが、顔も少し赤い。

「ど、どうしたの?」

「…アルバさん、今、」

「あっ、やっぱりエルフの分飲んじゃったの悪かった…?言い訳かもしれないけど、こっちと魔界に文化の違いがあるってこと忘れてて…、」

「…文化の違い……?」

独り言のように呟かれる。

「あ、ああ、うん、せやね!こっちじゃ普通なんやな、うんうん。」

どうやらわかってもらえたようで、ホッと一息つく。
これでまた訴えられたり何だりされたらどうしようかと…。
安心してまたもう一口、コーヒーを口に含んだ。
これ、慣れたら案外おいしいかもしれない。

「まあ、間接キスってだけやしな!」

「んぐぅッ!?げほっごほっ」

飲み下そうとしたコーヒーは、ほとんど胃へはたどり着かなかった。
思い切り咽せ込み、ベッドに零さないよう口を手で抑える。
それを見ていたエルフは、慌てて傍にあったティッシュを数枚取り出し手渡してくれた。
器官に入ったようで、なかなか収まらない。

「はあ…、はあ…、げほっ、ぅ、はぁ…、死ぬかと思った……っ!」

「アルバさん、大丈夫…?」

「うん…、っていうか、間接キ…、キ、キス…って!!」

キスの部分はつい声が小さくなってしまう。
仕方がないだろう、免疫がないんだから。

「変なこと言うなよっ!」

魔界では人の飲み物に手をつけるのが悪いことだとか、そういうわけじゃなくて、ただ単に照れてただけ。
普段意識することは殆どないのに、改めて言われたり、相手に照れられたりするとこっちまで照れてきた。

「あれあれ?アルバさん顔赤いけど〜?」

「ニヤニヤすんな、茶化すな!お前もさっき赤かったからな!!」

「は、はぁっ!?なん、そんな、オレがそんなんで照れるわけないやろ!!」

コン、コン
強いノックの音が聞こえたのと同時に、看護士さんの声。

「病院ではお静かにお願いしますよー」

「「は、はーい…」」







「疲れた…」

エルフと話すのは毎日疲れる(主にツッコミ疲れ)けど、今日は咽せたりいつも以上に声を上げたりしたせいか余計に疲れている気がする。
今さっきエルフは帰ったところで、ボクはやっと1人でのんびり喉を休められた。
ツッコまなければ喉も疲れずに済むんだけれど、どうにもツッコまずにはいられない性分なのだ。
ロスが言っていた「ツッコミ勇者」というのも、かなり的を射てるらしい。

(…それにしても)

まさか、エルフに照れるなんて感情があるなんて。
あの明るくて色々緩い性格のせいで忘れがちだが、一度は世界征服を企んだようなやつなのだ。
お見舞いに来てくれるのは嬉しいとはいえ、全く警戒心を持たないというのも難しい話だった。
だけど、今日間接キス程度で照れているのを見て、何だか気が抜けたような感じだ。
…またいつ世界征服などと言い出すか知れないのだから、完全に油断するべきではないのだろう。
でも、エルフは良いやつとは言えなくとも悪いやつには見えないし、もう少し気を許してもいいのかもしれない。

(明日は、ボクの方からもたくさん話してみようかな)

毎日毎日、エルフの話を聞かされてばかりだし。




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