小説内容2
□第二話
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「まひろ」
ふと自分の名前を呼ばれて顔をあげると、そこにはイアルが立っていた。
「えっ…イアルさん?」
書物庫で禁術の本を読んでいたまひろには、イアルがどうしてここにいるのかがわからなかった。
扉を開けた音にさえ気づかなかったぐらいだ。
「驚かせて、すまない。
少し言っておきたいことがあってな…」
「あっ、はい。なんですか?」
「キリクのことだが…あいつのとどめをさす時は俺にやらせてくれ」
イアルの言葉に、まひろは自分の耳を疑った。
今まで2人は戦友としていたはずなのに、いきなり何を言い出すのだろう。
ただでさえキリク自身のことを気にかけていた人が殺すなんて穏やかではなかった。
「殺すなんてことしなくても…」
「わかっているさ。もし…の話しだ。
もしキリクが元に戻れないということになったのなら他の誰でもない俺がキリクを…」
イアルの言葉で、まひろは察した。
今まで一緒に戦って仕事をしてきたからこそ、そうなったとき自らの手でキリクを葬ってやるのだと…それがイアルのキリクに対する慈悲だということに。
「わかりました。最悪の場合は私は手を出さずイアルさんに任せます」
まひろの言葉にイアルは、どこかホッとしたようだった。
ライに忠誠を示す時のように恭しく礼をした。
しっかりとした立ち振る舞いに、まひろは一瞬ドキリとして自分の額に手を当てた。
なぜか胸がドキドキする。
「どうした?顔が赤いが…風邪か?」
イアルがおもむろにまひろの額に手をやった。
まひろは自分の脈が激しくなるのを感じて慌てて顔を背けた。
「だ、だ、大丈夫です!!」
「そうか?…なら、いい。
まだ春先で肌寒い。体調には気をつけろよ?」
「は、はい!」
イアルがめったに見せない優しげな笑みを浮かべる。
ドキドキのとまらない胸に手をあてながら、まひろはあとで脈が激しくなってしまう不治の病を治す方法がないか、ひそかに調べようと心に決めた。
そのころ、ナツミはライとリバルのいなくなった部屋で夜空に浮かぶ月を見上げていた。
リバルが神天世界を抜け出してから世界に異変というものは起きていない。
よかったと安堵するとともに不気味にさえ思えてきた。
なぜかは分からない。
でも血がざわつくのを感じる。
まるで自分の知らないところで何かが起きているような…ナツミは不安になってきて息をついた。
(どうした?)
闇の声が頭の中に響いてナツミは首を横に振った。
鏡の前に立つと闇の姿がうつる。
「私、すごく不安になったの」
(言いたいことは分かるが、リバルが外にでて今は何も起こっていない以上どうすることもできないだろう?)
「うん…そうだよね」
表情が曇ったままのナツミに闇は鏡越しに手を当てる。
(心配しなくていい。
なにかあったら俺が何とでもしてやるから)
そんな言葉を発する鏡の中の闇の自分に苦笑する。
結局自分が自分でどうにかするのと同じことだ。
でも、そんな闇の言葉が今は嬉しく思えた。
「ありがとう…」
(あぁ…。1人でいたら気分が重くなるだけじゃないか?)
「それもそうだね。みんなのところに行くね!」
ナツミはにこりと笑うと鏡の中の闇に手を合わせてもう1度礼を言うと、窓や扉の戸締りをしっかりして共有スペースに向かった。
しばらく歩いていくと、リークが自分の部屋から出てきた。
小さく声をあげるとリークも自分に気が付き微笑みを向けてきた。
でも、その微笑みはどこか悲しげなものだった。
「リーク?」
「どうした?」
「うぅん…元気がなさそうに見えて」
ナツミの言葉にリークは顔を伏せてしまった。
リークのそんな様子に何かあったのだと直感的に感じた。
ナツミが口を開こうとしたときリークが言葉を発した。
「ナツミ…、俺どうしたらいい?」
「…はるのこと?」
ナツミの言葉にリークは、小さく頷いた。
兄のように慕っていたリークが今では小さく見えてしまう。
ナツミは思わずリークの頭を撫でていた。
「ナツミ?」
「リーク、辛いよね…苦しいよね…。
でもさ、それでも、はるのこと諦められないんだよね?
はるのことが好きだから」
ナツミの言葉にリークは唇を噛み締めた。
ナツミの言うとおりだった。
自分が闇ということもあり、何度もはるを諦めようかとも考えていた。
でも、結局諦めきれなかった。
はるがそれほど好きだったんだ。
「リークがしたいようにしなよ?
苦しいなら苦しいって誰かに言えばいい。
リークは1人じゃない。
私やお父様や…スカルだっているでしょ?
自分で抱え込みすぎないで…周りに頼っていいんだから」
その言葉にリークは自分の中の心の重みが少し減ったような気がした。
なんでも自分でなんとかしないとと考えてしまうリークにはナツミの言葉は、とても助かるものだった。
「ありがとう、ナツミ」
微かに涙を目に滲ませて、リークはにこりと笑った。
そして、ナツミの頭を何度かポンポンとたたく。
そうしていると、リークの部屋からはるが出てきた。
どこか、ぼんやりした様子で。
「あれ?なつみん」
「はる、みんなのところに行かない?
私、ちょうど共有スペースに行こうと思ってたんだけど」
「うん、行くよ!
リークもね?」
はるにそう言われて仕方ないなぁと言いつつ笑った。
そして、少し歩きリビングの前につくと扉を開けた。
だいたいの人たちがそろっていて、その場にいないのはチハヤとミナミ、それにまひろだけだった。
「あっ、ナツミ」
ナツミが部屋にはいると顔を上げて嬉しそうにしたのは、スイルだった。
「リークときたの?
なにかされなかった?」
「スイル!お前ってやつは〜!」
スイルの言葉にリークがイラッとしたようで顔をひきつらせながら笑った。
スイルはスイルで目に鋭い光をたたえてナツミを抱きながらリークを見据える。
「僕の大切なナツミになにかされてないか心配だよ…。
仮にナツミが兄と慕っていても、俺のものに手を出さないでね?」
「あ、あの〜…スイル?」
ナツミが困ったようにスイルの腕の中からスイルを見上げる。
これも、いつものようなことなのでなれた。
それに、不安があってここに来た以上、日常的な風景に安堵さえもしていた。
ただ、このままではどうにも出来ないと思いナツミはあっと声を上げた。
「ナツミ、どうした?」
シズカが不思議そうに声をかけてきた。
ライやスカルも、どうしたのかという表情で自分をみてくる。
「私、部屋に忘れ物しちゃって…とりいってくる!」
「僕もついて行こうか?」
「部屋の中だから大丈夫だよ!
心配しすぎだよ、スイルは」
ナツミは苦笑しながら、解かれたスイルの腕からでると部屋に向かった。
ナツミがいなくなったリビングでスイルが顔を曇らせる。
「ナツミなら、すぐにくるから、そんな顔するなよな」
シズカが肩をすくめて苦笑気味に言う。
スイルのナツミ好きには困ったものだった。
ただ、今回のスイルは少し違いシズカの言葉にさえ反応しない。
そんなスイルを不思議に思ったスカルがスイルの名を呼んだ。
「スイル、どうかしたのか?」
「兄さん、なんか嫌な予感しかしない…」
「考え過ぎじゃないのか?」
「だといいけど…」
スイルは、顔を曇らせたままソファに腰を下ろした。
その頃、ナツミが鍵を使って部屋の扉をあける。
扉の音は、まるでまた運命の歯車が軋み回り始めるもののようだった。