小説内容2

□第一話
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 そのころ、まひろはキリクとイアルを城の中にある書物庫に呼んでいた。

「あっ、きたきた」
「はい。僕自身のことですから…」
「まぁ、そうだよね。
 じゃあ、本題に入るとしようか」

 まひろは、そう言って分厚い書物を机においた。
 イアルがその書物を見つめる。
 まひろは、その多くの情報をほとんど頭の中に取り込んでいるようだった。
 手慣れた手つきで禁術書の止め方の載っているページを開く。

「闇の禁術書は、すでにキリクさんに取り込まれて一体化している。
 正直言うと、それを取り出すことはほぼ不可能って言っていい。
 それになにより、その禁術、手放すつもりはないんでしょ?」

 まひろの視線がキリクに注がれる。
 キリクは小さくうなずいた。
 この力を手放したら自分に残るものは何もない。
 
「やれやれ…」

 そんなキリクの様子を見て、まひろは困った顔をして肩をすくめた。
 キリクがそう答えるというのを、もう分かっていたような表情だ。
 キリクは困ってイアルを見ると、イアルは安心させるようにうなずいて見せた。
 イアルにそうしてもらうと少し落ち着く。

「禁術っていっても、闇の禁術は本当によくないもの。
 術書の中に閉じ込められていたアガレスを我が身に宿らせ我が身を捨てるかわりに多大なる力を得る…。
 己の自我と命を引き換えに…」
「キリク…」
「知っているよ、イアル」

 手に作った拳を胸にあて眉間にしわをよせて悲しげにいった。
 けれど、すぐに険しい目つきでまひろを見据えた。

「それでも守りたいものがあるんだ。
 僕には守らなければならない人がいる」
「それが恋ではないのに?」
「そうだね…僕は恋をするという感情を知らないから…。
 愛しいとか恋しくて仕方ないとか…僕には分からないんだ」

 それでも、そんな感情ではなくとも守りたいものはあるのだと、まひろに告げた。

 まひろはキリクの言っていることも分かるようだった。
 自分は術者として今まで全ての知識を植え付けられてきた。
 一族の掟…その1つの定めにとらわれて…。
 キリクは私に似ていた。
 私は術者として…キリクは禁術を取り込んで従者としての役割を果たすことだけを考えていた。
 そう、育ってきた…。
 それ以外の不要な感情など感じることもなく、そして感じることも許されないまま…。

「もう少し良い方の禁術ならよかったのにね…」

 まひろの言葉にキリクは苦笑を浮かべる。
 どの世界にも1つずつある禁術書…その中で最も最悪だとされているのは闇の禁術書だった。
 どの世界も闇の禁術書のように多大なる力を得ることは記載されていない。
 唯一、闇の禁術書だけが恐ろしいほどの力を得られる。
 己の多大なる犠牲のもとに…。

「他の世界の禁術書はキリクさんの使うもののように酷いものではない。
 リスク…つまり、自分が背負うことになるのは自我をなくしたり命をずっと削られることになるものではないの。
 キリクさんの場合は、取り込んでからずっと命と自我を削られる。
 他の禁術は人の魂や生き返らせる事ができて術を使うときだけ命を削ったりする。
 キリクさんのように、ずっとじゃないの…」
「僕は知っているよ。
 なにもかも…。
 この命を削ってもいいんだ」

 キリクは静かに言った。
 まひろの言うように、どの世界の禁術もずっと命を削るということはない。
 けれど、僕の使っているものは…。

 ふと、ライやナツミのことが頭に浮かんだ。
 なぜか口元がゆるんで、ひとりでに微笑んだ。
 イアルとまひろがびっくりしている。

「それでも良いと思ったんだ…。
 この命を渡せるほどの人たちだから。
 僕は、ずっとそのために生きているんだよ」

 穏やかに微笑むキリクをイアルは切なげに見ていた。
 まひろは、深々とため息をついた。 
「キリクさんが術にのみこまれているときにも言ったように禁術に自我も身体も乗っ取られてしまったら、もう戻ることは無理に近いの。
 だから、今回戻れたことは奇跡だよ。
 禁術は、もうほとんどキリクさんと一体化してる。
 それを除くことはできないけど寿命や自我をなくす時間を遅らせることは可能だから、今からそれを教えるよ」

 イアルとキリクがうなずくのを目にとどめると、まひろは書物に手をやって、ある1文を指し示した。

「禁術は、その世界の主、王の血を得ることで、グッと寿命や自我をなくすまでの時間をゆるやかにするの。
 つまり遅らせることが可能ということ。
 例えばだけど進行中の病気があって寿命がほとんどないっていうときに薬を使うことでながらえさせるのと同じってわけ」
「そうすると、姫や王の血が薬と同じようになるわけか」
「イアルさん、その通りだよ。
 ただ、1つ問題がある」

 急に深刻そうな顔をしたまひろにイアルは胸がざわつくのを覚えた。
 先をせかすようにまひろをみると、まひろも分かったようで続きを話し始めた。

「ライの血は、もう貰っていたんだよね?」
「うん、まぁね」
「やっぱり…そうしてから、もう1度だけでも禁術に体を明け渡している。
 そうすると、いくらライの血をもらっても、もうその薬となる血は禁術にはきかない。
 薬の抗体ができるのと同じ」
「…だから、ナツミの血をもらえと?」

 キリクの言葉がトゲトゲしくなる。
 まひろが続きを言う前に、キリクはまひろの言おうとしていたことを言ってしまった。
 まひろは一瞬驚いていたがうなずいた。

「おそらくライにもらっている血の方が多いはず…。
 まだ、そうナツミには貰っていないはずだから大丈夫なの」

 キリクの瞳が怒りに揺らぐ。
 イアルが制するようにキリクに手をやった。
 すると、キリクは舌打ちをした。

「ナツミを守るために得た力なのに、それを抑えるためにナツミを僕の手で汚せと言うのか?」
「キリクさん…?」
「僕は…なんで」

 それからキリクは泣きそうな顔をして考えるから時間をくれといって部屋を出ていった。
 まひろは、悪いことをしてしまったと後悔していた。
 そんなまひろの肩をイアルは叩いて首を横に振った。

「これがキリクの最善の策ならば、これでいい。
 俺は主も大切だ。
 だが、あいつも大切なんだ」
「イアルさん、意外です…」
「んっ?」
「なんていうか…イアルさんはキリクさんのことそんな風に思ってないって勝手に思っていたから…」
「俺だって、いろいろと考えている。
 あいつが狂っていく姿をみるたび俺は胸がしめつけられているようだった」

 しんみりというイアルを、まひろはただただ見つめていたのだった。
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