小説内容2

□第二話
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 スイルはベランダの手すりに肩肘をつき風に吹かれていた。
 足音が近付いてきたが、そちらに目を向けることなくスイルはその近付く足音の持ち主に言う。

「なに変な顔してるの、リーク」

 スイルの言葉通り、リークは思い詰めたような顔をしていた。
 いつものリークの足音よりも今日の足音は静かだった。
 それになにより、いつも人を見かければ挨拶するくせに今日はしてこない。
 はるのことで何かがあったということぐらい容易に想像がつく。
 スイルの言葉にリークは自嘲気味に笑うだけで何も答えない。
 やれやれとスイルは息をつく。

「リーク、本当に大切なものを手に入れるためなら闇はなんだってする。
 リークも闇なんだし本当に好きなら手に入れようとしても良いと思うけど?」

 リークは森に向けていた顔を驚いたようにスイルの方に向けた。
 1回も自分の方をみていないのに、よくわかったと感心してしまう。
 スイルの髪の毛が背後の月に照らされてキラキラと輝く。

「スイルは?」
「僕?僕は手に入れたい。
 ナツミの全部が欲しいから。
 あの子が…すごく愛しいんだ」
「あいつを泣かすなよ?」

 リークの方に目を向ければ真剣な顔を自分に向けていた。
 スイルはつい笑ってしまった。
 リークの心配の仕方は王の補佐だからというより今までに大切にしてきた娘をやる父みたいな感じだったから。
 リークは真剣に言っていたせいかスイルに笑われている意味が分からないようだった。

「泣かせないよ」
「あぁ…でもスイルになら任せることが出来ると思う」
「えっ?」
「あいつのこと、すごく大切にしてるって分かるから」

 今度はリークの言葉にスイルが驚くばんだった。
 リークはスイルから視線を森へとうつして言った。
 その顔はどこか羨ましげな表情が浮かんでいた。
 そんなリークをみてスイルが静かに息を吐く。

「リークもでしょ?」
「なにが?」
「リークもはるのこと大切にしてるって伝わってくる。
 だから…最後まで足掻いてみなよ。
 本当に手にいれたいものならね」
「そうだな」

 いつのまにかスイルの横にスカルが手すりに体を預けていた。
 閉じていた目をあけてリークをみていう。

「俺たちはヴァンパイアだ。
 リーク、残酷で冷酷な化け物だ。
 人間たちは、そうやって俺たちのことを言う」
「残酷で冷酷って酷いこというよね。
 ただ俺たちが糧にしているのは血だってことだけなのに…」

 スイルの言葉にリークとスカルは内心、苦笑する。
 2人して、お前がそれを言うかと思った。
 スイルは人間たちが思っているような残酷で冷酷なイメージにピッタリだからだ。
 しかしスイルは気に入らなさそうにつぶやく。
 よく知りもしないのに勝手に言われるのは腹立たしいようだった。
 そんなスイルのことをよそにスカルはリークの隣に行くと柔らかい笑みを浮かべた。

「お前の気持ちもわかる。
 だからこそ言う。
 お前はしたいことをするべきだし伝えたいことを伝えるべきだ」

 スカルの言葉に1人でいたスイルも隣にきてうなずく。
 リークは、2人に感謝をしながらはるに自分の気持ちをつげようと決めたのだった。

 
 リバルはまだ湯気の立つ紅茶の入ったカップを持ちながら下界の様子のうつる水晶を見ていた。
 それぞれの関係に変化が生じつつある。
 ナツミとスイルは憎らしいことにスイルがナツミに想いを伝えナツミの心が揺らぎつつある。
 シズカとスカルは、どうやらシズカの男が苦手という体質が少しずつ治りスカルに触れられても大丈夫なようになってきているようだ。
 はるとリーク、緑木はまた波乱になりそうな雰囲気だ。

「早々にことをおこさなければ…」

 紅茶をみつめつつ口元にカップをよせると口をつけた。
 ライに目をやる。
 ライは自分の命令によって感情に蓋をされていて今は何も反応を示さない。
 ただ、じっとしているだけだ。
 ライが生き返ったのをみたら、あいつらはどうするのだろう。
 それも敵となってしまったライにどう対応していくのかが気になる。
 ふとリバルの視界にロイトが現れた。

「リバル様、準備は整っております」
「わかった…さぁ、決着をつけようか」

 リバルは水晶に眠り始めたナツミをうつした。
 水晶に手をかざして術をとなえる。

「せっかくの安らかな眠りを邪魔するのは気が進まないが…」

 あまり気のりのしない表情でリバルは言う。
 自分の願いのために苦しませることになる。
 空っぽでなくしていたはずの心がリバルの中でひどくいたんだように思えた。

 ナツミはゆめを見ていた。
 はるの話を聞いてから、また疲れが出てしまい1度寝ることにしたのだ。

 最初は真っ暗だった。
 このまま、ゆめをみずに目を覚ましたい…そう思っていた。
 けれど、その真っ暗な空間に現れたのは血まみれのライの姿だった。
 思わず息をのんで後ずさった。
 ふるえる体をおさえるようにして自分の体を両腕で包み込んだ。
 強く目をつぶる。

「ナツミ…」

 ライの声がした。
 目を少し開けると真っ暗だったそこは一気にライが死んだときの景色に戻っていた。
 まるで、これが現実なのではないかと思えるほどまるっきり同じ景色だった。
 いつのまにか手にしていた黒妖剣に驚き落としてしまった。
 落とした黒妖剣をライが拾って渡してきた。
 取りたくはないのに手が勝手に黒妖剣をとってしまう。
 そして、あの時と同じようにライは…。

 自分の手についた血をみて言葉を失ってしまった。
 ただ、なんでと小さくつぶやいていた。
 目の前で灰になってしまったライ。
 壊れかけていた心が音を立てて崩壊寸前になる。
 全てが現実の時と同じだった。
 ライを刺す感覚も血の匂いもライの血をあびる感覚も…血の温もりも怖いほどに同じだった。

 目の前にライに似た人が現れた。
 髪の長い人…それはリバルだった。

「リ…バル」
「ライの血をあびるのは気持ちよかったか?」

 その言葉に目を見開いた。
 リバルは冷ややかに笑っている。
 こんな悪いゆめを見せたのはこの人なんだと思った。
 それと同時に「なんでこんな…」と口に出していた。
 リバルはただ楽しげに微笑むだけ…。
 ナツミの中に怒りが沸き起こった。
 ロイトをさしむけたのも父であるライを苦しめたのもすべてはこの人の仕業だと直感的に思った。
 そして私にお父様を殺させたのも…ナツミの目が赤く輝くとリバルはニコリと笑った。

「俺が憎い?殺したい?」
「どんなに憎くても殺したりしない。
 私は私を怒らせたことを後悔させる…」

 リバルは一瞬、驚いたように目をみはったが、それもすぐに笑みとかした。
 余裕な表情で私を見ている。

「やってみろ。
 お前にできるのなら…」

 リバルが意味ありげに言ったがナツミはただただ憎悪に満ちた顔でリバルを睨み据え続けた。
 リバルが目の前から消えたと思うとナツミを後ろから抱き寄せていた。
 全て一瞬のことだった。
 ふわりと懐かしい匂いを感じた。
 どこかで嗅いだことのある匂い…そして悲しくなった。

「なんで、こんなことするの…」

 気づけば言っていた。
 リバルの顔は見えない…どんな顔をしているのかわからない。
 その時リバルの顔は悲しみに満ちていた。
 なくなっていたはずの心が軋むように痛い。
 すごく苦しかった。
 ずっとこうしていたいがそれもできない。

「お前が神天世界にくるのを待っている。
 俺が憎いなら俺を殺すつもりでこい」

 ふわりと空気のようにリバルは消えてしまった。
 そしてナツミのゆめも閉じていき真っ暗な空間に戻ってきた。
 「ナツミ…」私を呼ぶ声が聞こえて声のする方に目をやった。
 まばゆい光が自分を包み込みゆめから覚めた。
 起きるとスイルが私を覗き込んでいた。
 私はたくさんの汗をかいていた。
 イヤなゆめをみたせいだろう…。
 その汗をスイルはそばに寄るなり舐めとってきた。
 くすぐったくてナツミは体をふるわせる。

「ひどくうなされてた…けれど呼んでも起きなくて。
 なんともない?」

 スイルは私の頬に手を添えて額と額をあわせた。
 ドキドキと胸が鳴る。
 こんなことをされると思い出してしまう。
 スイルに告白されたことを…。
 でもスイルは気にしていないようだった。
 そういえば、スイルは私のどこを好きになってくれたのだろう…そんな疑問が私の胸にわく。

「ナツミ、どんなゆめを見ていたの?」

 そういわれてハッとした。
 自分は神天世界にいかなければならない。
 どうしてもリバルが好きでライを苦しめていたわけではないと思ってしまうから。
 だから本当のことを知りたい。
 ナツミの考えていることを言い当てるようにスイルが口を開いた。

「リバル…だよね?
 ずっと気になっていたんでしょ」
「知ってたの?」
「なんとなく…ナツミ、あいつのことを考えると頭痛そうにしていることに気が付いてた。
 たぶん何かリバルにされているんだろうね。
 術をかけられている可能性が高い」
「なんのために…」
「知りたいよね?…僕も気になる」

 スイルは冷たい光を目に宿したまま立ち上がった。
 スイルから少し白銀の力が漏れ出ている。
 どうしてスイルがそんな風になっているかわからない。
 でもスイルは少し怒っているようだった。

(リバル、俺のものに勝手に手を出して…ゆるさない)

 スイルの瞳が色濃く輝いた。
 言葉には出さずに心の中で思うだけにはしているものの感情をうまくコントロールできていないせいか力があふれてしまう。
 そんな自分に苛立ちながら部屋の隅に目を向けた。

「イアル、キリクいるんだよね?」

 スイルが呼びかけると闇から浮き上がるようにしてイアルとキリクが姿を現した。
 そして頭を下げてスイルの前に跪く。
 イアルが最初にスイルに向かって口を開いた。
 

「お呼びでしょうか、スイル様」
「白銀の王子、なんなりとお申し付けを」

 キリクが静かに言う。
 どこかキリクの言葉は冷たい。
 しかしスイルはそんなキリクを気にすることはなかった。

「神天世界へ道を繋いでほしい。
 キリクはみんなを呼んでくれる?」
「おおせのままに」

 2人はすぐにスイルの前から姿を消した。
 スイルはそれを見てからナツミの方に振り向いていつものように笑みを向けた。
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