小説内容2

□第一話
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 ミナミは部屋を片付けていた。
 必要なものをバッグの中に入れて一息ついた。
 もう自分がここに来ることはないだろう。
 他のものは処分してもらえればいい。
 どうせ裏切り者のことなど気にはしないだろう…そう思った。

「少し寂しいと感じるのは…一緒にいる時間が長かったせいかな」

 苦笑気味に言いながらミナミはふと憂いを顔に浮かべた。
 みんなのことを幸せな奴らだと思っていた。
 何も知らずに笑っていられることが許せないと思ったこともあった。
 憎くて仕方ないと思うことも…でも、それ以上にみんなといることが楽しかった。
 自分の目的を忘れてしまいそうになることもあった。
 憎み続けていればいいのに、みんなの優しさがそうはさせてくれない。
 ベッドに座ってうつむいていると目の前に誰かがきた。
 顔をあげると、その人は人間体となったカイウスだった。

「大丈夫か…?」
「大丈夫。今更やめようとは思わないし…」

 ミナミはそういって微笑むがカイウスは腑に落ちないという顔をしてため息をついた。

「主…お前、ボロボロだ」

 ミナミは泣きそうな笑みに変わった。
 そして、うつむいて両手に拳を作った。
 涙が強く握られた手に落ちるのをカイウスはみた。
 ミナミがふるえる声をおさえながらカイウスにいう。

「つ…らい。今まで、頑張ってきた。
 でも…」

 辛いとミナミは言った。
 ミナミが泣くのは今までに数回なら見たことがあるが弱音を口にするのは初めてだった。
 カイウスはおもむろにミナミを引き寄せて自分の腕の中につつんだ。

「俺もいる…」

 ミナミは驚いて目をみはったが、すぐに大粒の涙がこぼれだした。
 カイウスが痛くない程度の力で強く抱きしめてくれている。
 そのおかげか胸にたまっていた苦しみが少し減ったような気がした。

「俺はお前を主と決めた。
 お前が望むなら俺も戦う。
 お前を1人にはしないよ」

 たとえ対の存在であるシリウスと刃を交えることになってもかまわない。
 俺にも守りたいものがある。
 そのためには滅命剣を使うことになってもいい。
 今、自分の腕の中で泣くものを守れるのなら…カイウスはミナミを抱きしめたまま思った。
 シリウスの気持ちがなんとなくわかったような気がした。

 
 そのころイアルはライのいなくなった部屋を見回していた。
 悲しみという感情に浸っている場合ではない。
 次に主を守らなければならない。
 ライ様にもそういわれたじゃないか…なのに体が動かないんだ。
 大きなものを失った。
 その事実が突き付けられていた。

「何をやっているんだ、俺は…。
 俺にはまだやるべきことがあるんだ。
 俺らしくない…」

 そう1人で言って今なにをするべきかを考えた。
 今、気になるのは新たな主であるナツミとキリクのことだ。
 しかしナツミにはリーク、スカルの2人の王の補佐がついているはず。
 だとしたらキリクのもとに行くべきか…と、判断しイアルはキリクの部屋に向かった。

 暗い廊下を電気もつけずにイアルは歩いていった。
 明かりなど必要ない。
 鬱陶しいだけだ。
 闇の世界は本当に真っ暗な世界だ。
 朝がきても、この光の世界のようには明るくない。
 そんなことを考えているうちにイアルはキリクの部屋の前についていた。
 扉はうすく開き中から声が聞こえた。

「我が…主。ライ様…」

 その言葉を聞いて悲しんでいるのだろうかと思い扉をあけるとキリクがイアルに顔を向けた。
 正気でないキリクがそこにいた。
 主を失ってキリクの中の禁術が狂いだしたのだろう。

「アハハ…」
「キリク…くそ、またか」

 イアルの目が悲しげに揺らいだ。
 今回は主がいないという事実からだろうが狂う間隔がどんどん早まっていた。
 今まではごくまれだったのに…目の前でキリクが壊れていく。
 何もできない自分がもどかしかった。
 そう思っている間にキリクがつかみかかってきた。
 イアルはそれをなんとかよけたがキリクの追撃はやまない。

 キリクを禁術の脅威から助けられるのは、まひろしかいないだろう。
 しかしキリクが闇の禁術を持っていると知ればキリクを殺しにかかるかもしれない。
 キリクを殺してほしくなかった。
 なぜ、そう思うのかはわからない。
 ただ、その思いが心の中にあった。

「キリクッ…」

 キリクが口元にニヤリと笑みを浮かべた瞬間首をつかまれ壁に叩きつけられた。
 ものすごい力で首をしめてくる。

「キリ…ク、やめろ。
 お前が守りたいのはライ様だけではないだろっ!!」

 ナツミを頼む…ライのそんな声が聞こえた気がした。
 イアルの言葉にキリクの手にこめられた力が弱まった。
 顔が苦悩に歪んでいる。
 イアルは呼吸がしやすくなり息をしっかり吸って呼吸を整えた。
 そして、キリクをもとに戻すようにつげる。

「ナツミは…お前の幼馴染だろ!!
 あいつを守るために、それに手を出したんだろ!」

 キリクの瞳がゆらぎ苦しみに満ちた表情が少しずつおさまっていった。
 片目に手を当ててキリクはイアルの首から手を離した。
 イアルは大きくせきこみながら床に手をついた。

「僕は…」
「大丈夫…か?」
「イアルッ…」

 キリクの顔には不安と後悔の念で満ちていた。
 禁術は確実に自分の身を蝕んでいる。
 その事実がキリクにおしよせていた。
 2人が何も言えないでいるとバタバタとせわしない足音が近づいてきて扉が思いきり開け放たれた。

「お前…」

 扉をあけたのはまひろだった。
 大きく息を吐き出してから不意に不思議そうな顔をする。
 部屋を見回し、おかしいなと言った。

「今、イヤな感じがしたんだけど…気のせい?」
「…気のせいだ」
「イアル…」

 キリクが何かを言いかけようとしたがイアルが言うなとでもいうようにキリクを睨んだ。
 キリクは息をのんで静かにうなずき、まひろをみやった。

「まひろ…だったっけ?」
「えっ?はい」
「悪いんだけど、イアルを見てあげて。
 僕は少し外にでてくるから」

 キリクはそういってからイアルに「ごめんね」と言って部屋を出て行ってしまった。
 イアルが何も言えずに床をみていると、まひろがイアルに寄っていき床に手をつくイアルの背に手を置いた。
 

「どうしたんですか?何があったんですか…?」
「何でもない…」
「イアルさん、顔色よくない」

 まひろの問いを振り払うようにして立ち上がると自分を見上げている、まひろに目をやった。
 まひろは本当に心配しているようだった。
 まひろを見るとなぜか困ってしまう。
 こいつが簡単に引くような奴ではないとなんとなくわかるからだ。

「そういうのなら血でもよこせ」

 イアルは不敵な笑みを浮かべる。
 まひろが驚いているのをみて、これでもう心配などしないだろうと思った。
 そんな親しくもない相手に血をやるような…。
 しかし、その考えは誤算となり終わった。
 まひろを見るとまひろがキッと目に強い光を宿した。
 それをみてイアルは、しまった…とおもった。

「分かりました!!そうですね!
 ヴァンパイアなんだから血が1番ですよ!」
「えっ…あっ、いや…その」

 違うと否定しようとしたが、まひろに本当のことを言える雰囲気ではない。
 ウソをついてしまったのは自分だ。
 後始末も自分でしなければならない。
 女の血を飲むなど、いかがわしいとは思うがこうなってしまったなら仕方ない。
 強いあきらめを感じながら瞳を輝かせる。
 まひろがそんな自分をみて顔を赤らめた。
 これも闇の性質だろうか…それに、こんなに間近に瞳が輝くところを見せたことはない。

「やっぱりイアルさんも闇の人なんですね」
「あぁ…今更だな」

 まひろの問いに答えてから首元に顔をうずめた。
 そうしたときに頭がうずいた。
 なにか忘れている気がした…でも、それも一瞬でまひろの匂いが鼻を刺激する。
 いつもはレヴァントの血を吸って飢えを満たしている。
 レヴァントの血よりヴァンパイアの血の方が味がいい。
 レヴァントはヴァンパイアにおちた人間…それも完全なるヴァンパイアではないから血がおいしいとは言えないのだ。
 理性を保たなければとイアルは自分に言い聞かせ牙を血管に埋めていく。

 
「っ…」

 まひろが小さなうめき声をもらす。
 まひろの血はとても甘かった。
 理性がとびそうになるのをおさえていたが歯止めが聞きそうにない。
 我慢など無理だとわかると本能のままに血を吸うことにした。

 しばらくしてヴァンパイアの本能によって失われていた自分の理性を取り戻すとまひろがぐったりとして意識を失っていることに気が付いた。

「やりすぎた…」

 こんなあまり親しくもない相手の血を貪るなど失礼にもほどがある…。
 そう思いながらも、まひろを抱きかかえた。
 まっすぐな奴だと思った。
 よく知りもしない俺に血を与えようなんてよくできたなと知らず知らずのうちにつぶやき思わず口元がゆるんでしまった。

「なんで…」

 自然に微笑んでいる自分にイアルは驚いていた。
 誰かと接するうえで、こんな柔らかい微笑みを浮かべたことは自分の記憶の中ではない。
 本当になかっただろうか…不意にそんな思いがよぎったがまひろを見ているとすぐにそんな思いも消えた。

 そして、にわかに高鳴る鼓動をイアルは気づかずにはいられなかった。
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