小説内容2

□第五話
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 少しずつライの鼓動が弱まっていた。
 ポタポタとライの血が落ちていく。
 ナツミからは嗚咽がもれるばかりで動けないでいた。
 ライの体が私へと寄りかかっている。
 でも、どんどんライの体が冷たくなっている。

「ったく…泣き虫だな、ナツミ。
 俺を嫌いに…なったか?
 こんな…勝手をして」
「嫌いになってない…でも…怒ってるもん」

 ライが口元にゆるく笑みをうかべる。
 そして目を閉じて、もうほとんど力の入らない手をナツミの頭にやった。
 ゆっくりと頭を撫でる。

「そう、か…父親らしいこと、して…やれなくて、ごめんな」

 その言葉にナツミは首を横にふる。
 こらえきれない涙がいくつもいくつも目からこぼえおちる。
 もうすぐ父は死ぬ。
 その現実が受け入れられない。
 だって、やっと会えたのだ。
 人間界にとばされライの愛情など知らずに生きてきた。
 戻ってきてライの優しさを知った、愛していてくれたことも…。

「死なないで…お父様っ。
 いやだよ…いや」
「俺はお前を愛している…永遠に…だから、どうか」

 ライはゆっくりと体を離した。
 そして自分の手首に牙を埋め血を口に含む。
 口に含んだ血に自分の持てるすべての力を含ませて、そっとナツミの頬に手を添えるとキスをした。
 自分の血を娘に流し込む。
 自分のやっていることは、とても残酷な愛し方だ。
 自分の死をもって娘に幸せを与える。
 これは自分のエゴでしかないのかもしれない。
 けれど、俺の中ではナツミに幸せを与えることになるんだ。

 なぜなら…俺はナツミに危害を及ぼす存在だ…。
 ヴァンパイアは親子の恋は普通にあり得ることだ。
 兄妹や父と娘、関係なく相手を好きになったりする。
 これは純血種が血筋のよい純血種の子孫を残すためにもちいてきたものだ。
 俺はたった1人…カエデを愛している、今も。
 でも、カエデの面影がナツミと重なって苦しくなる時がある。
 このままではナツミにまで俺は手を出してしまうだろう。
 それは許されない。
 今まで人間として生きてきた娘…人間のルールが染みついて従っていたのに、すぐにヴァンパイアとしての常識に変えることは無理な話だ。
 それにナツミには自由に恋をしてほしい。
 それが俺の本当の…想いだ。

 父の血が口から流れ込んでいく。
 こんな時でさえ血を求めている自分がいることに苛立たしさを覚えた。
 ヴァンパイアの本能に抗えない。
 血を全てのみおえ私は唇を離した。

「俺の…愛しい娘…強くなれ」

 ライの今までにない優しい笑みをみた。
 胸が苦しい…呼吸ができない。
 ライが「ありがとう」ともう一度言った。
 深々と刺さった黒妖剣の柄を握ると思いきり躊躇いもなく抜き放った。
 その瞬間、血が噴き出しナツミを赤く染め上げた。
 ライはその場に力なく倒れた。
 ライの体が光輝きだした。
 まぶたをゆっくりと持ち上げて空をみあげながらライは言う。

「言い忘れてた…。
 シズカ…はる…最後まで面倒見れなくて、すまない…」

 黒妖剣の刺さったところからはたくさんの血が流れ出している。
 すぐに血だまりができてしまうほどに…。

「ナツミを愛してる…娘として。
 けれど、シズカもはるも…俺は愛しているよ…」

 ライが幸せそうに笑う。
 そして、まぶたはゆっくりと閉じられていった。
 光の輝きが増しライは、はじけるようにして消え灰へと姿を変えた。
 その瞬間、ナツミの中の何かがせきをきったように溢れ出した。

「あっ…父さ…う、うわぁぁーー!」

 ナツミを支配していくのは強い悲しみだけだった。
 狂ったように泣き声をあげ始める。
 それと同時に力の暴走がおこり光と闇の力があちこちに迸り特殊能力である氷が、その地全体をおおった。
 冷気があたりを埋め尽くし、どうしようもない状態になっていた。
 苦しげに首元をおさえるナツミをみてはるが焦り始めた。

「なつみん!?
 過呼吸になってる…!」
「えっ…」

 まひろがすぐにナツミに目を向ける。
 ミナミが冷静にいう。

「どうする?」
「助けてやんないと!」

 ライに言われてんだから…シズカはそういった。
 ライはこうなることを知っていた。
 だから、ライはうちらにナツミを任せたんだ。
 ならば、ライの思いにそわなければならない。
 ライの頼みを引き受けたんだから…。

 しかし、緑木とリークは眉をひそめて今のナツミの状況をみる。

「でも、どうするの?」
「近付くにもナツミが…」

 ナツミの周囲には光の力も迸っている。
 もし、光の力の攻撃を受けたらリークたち闇はただではすまない。

「だが、俺たちの新たな主だろう…とめるぞ」

 スカルが冷静にリークにつげる。
 そうだ…ナツミは次の主。
 主をとまるのも王の補佐の仕事…リークは力強くスカルにうなずいてみせた。
 そんな中スイルはその様子を静かにみていた。

「ナツミ…」

 苦しそうに呼吸を繰り返すナツミ。
 おそらく兄さんやシズカたちが行っても、はねかえされて終わりだ。
 このままではナツミも消えてしまう。
 悲しげに目を伏せてスイルはつぶやく。

「君は…いなくなったらいけない」
「スイル?」

 スカルがスイルの名前を呼んだときにはスイルはもうその場所にいなかった。
 ナツミの真上に現れるなり下にいるナツミの元へ急降下を始めた。
 スイルのジャマをするように下から氷の柱が何本も突き上げてきたが、それをよけ白銀の力で壊していく。

「スイルさん!?」
「あいつ何する気だ…」

 リークたちはスイルの姿をとらえていた。
 スイルはとても素早くただ真下にいるナツミに手をのばしていた。
 頬がきれ血が流れ出る。
 そんなこともおかまいなしに、ひたすら下に降りていった。

 そして、地上についた。
 氷で覆われた地をふみナツミのもとに歩いていった。

「ナツミ…落ち着いて」

 スイルが後ろからナツミを抱きしめていた。
 ライの血でぬれたナツミをただ優しく抱きしめ落ちつくように促した。

「辛い?…ナツミ」
「辛い…怖い…」
「うん…そうかもしれないね。
 でも、これ以上はやめようナツミ。
 こんなことしても何も変わらない。
 君は生きてる…生きないとダメだ」

 スイルの瞳が白銀へと変わる。
 そのままナツミの首筋を舐めると牙を突き刺した。
 落ちつかせるように熱くなった血を吸い取っていく。

(俺は君を守るから…)

 血を吸い取っていくうちに、力の暴走はなくなっていった。
 ナツミの意識が途絶えていく。
 そのときに聞きたくない言葉を聞いてしまった…絶対に耳にしたくなかった言葉。

「私を…殺して…」

 そう言ってナツミは目を閉じた。
 過呼吸も落ち着き深く眠った。
 そんなナツミをみてスイルは悲しげな目を向けた。
 おもむろに自分の手首に牙を刺して血を吸い取ると眠っているナツミの口に自分の血を口移しした。

(殺させはしないし殺さない…死んだらダメだよ。
 生きるんだ)

 君の願いに俺はそえない。
 たとえ、どんな理由があろうと俺は絶対そんなことはさせない。
 俺を救ってくれたように俺もナツミを助ける。
 静かに眠るナツミをみてスイルは1人そう思っていた。

「なつみんは!?」
「眠ってるみたいだね」

 スイルに抱き上げられているナツミに駆け寄ると緑木はナツミをみていった。

「ったく…心配したぁ」
「俺も…」

 シズカとリークはぐったりとした様子でスイルの腕の中にいるナツミをみた。
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