番外編内容

□散り行く桜
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 ヴァンパイアの世界にも四季を感じることのできる植物はある。
 たとえば、桜の木とか…。


 今年もまた桜が咲き乱れていた。
 ヴァンパイアの世界でも桜をたしなむことができると思うと顔がほころぶ。
 そんな桜をナツミは見ていた。

「きれいだな〜…」

 もう散り始めている桜もあり、それは儚さを思わせるものだった。
 私の中で闇が表に出たいと言ってきた。
 まだ、みんなには闇の存在を言っていないからバレないように気をつけてと注意をして姿を闇へと変える。

「桜か…俺が触っても枯れないだろうか」

 桜の木に手をかざすと、ほんのりとまひろの術の気配を感じる。
 今の光の世界には闇の力を持つものが多いから気を利かせて枯れないように術をかけてくれているのだろう。
 闇はもう1人のナツミを中で眠らせ自分の考えていることを知られないようにした。
 

「俺の存在は…桜のようなものか…」

 自分と似ている桜を見ながら闇はつぶやく。
 自分はしっかりとした存在のないもの…。
 おぼろげな存在の俺はいつ消えてもおかしくはない。
 俺にも目的がある…光の俺を守ること、そして光の俺が望む願いをかなえてやること。
 俺には、ナツミのことをそこまで考える理由がある。
 誰にも告げていない思いが…。
 その願いをかなえるまでは消えるわけにはいかない。


 けれど、これから光も闇もどちらの力も使うようになれば、俺かもう1人の俺が消えなくてはならなくなる。
 これは、まだもう1人のナツミは知らないことだ。
 知らせる気もないが…。
 1人のヴァンパイアの中に2つの自我を持つというのは負担がかなり大きい。
 いつかはどちらかが消えなければならなくなる。
 でも、俺はもともとこの世界に生まれおちたナツミ本人ではない。
 俺という存在すら生まれてはならないものだった。
 
 桜の花がわずかな間咲き誇れるように、俺もまたわずかな時間しか存在は許されていないだろう。
 人間ではないから、そのわずかな時間が何十年、何百年かはわからない。

 散り行く桜の花弁を手に乗せる。
 はらはらと散る花の命…俺も少しずつ桜の花のように命を散らす。
 けれど、桜の花が散っても木は消えない。
 俺が消えても、もう1人のナツミは消えたりしない…。
 それでいい。
 ちょっとした安堵が心に広がる。

「あぁ、でも1つお前とは違うところがあったな」

 闇は桜を見上げて微笑みながら言う。

「お前はまた花を咲かせることができる。
 でも、俺は1度消えたらもう2度と戻ってくることはできない」

 春になれば咲く桜。
 花の命をやどらせ、また咲き誇る。
 少し羨ましく思って桜の木に手をあてる。
 まひろの術がかかっているといっても闇の力の塊のような俺では枯らしてしまうかもしれないと、闇の力を極力おさえた。
 風が吹いて桜の木が揺れる。
 そんな様子をみて口元に笑みがこぼれた。

「まるで、俺を慰めているようだな。
 俺の考えすぎか…でも、今だけは自分のいいようにとらえさせてもらう」

 胸がしめつけられるように苦しい。
 俺にもこんな感情があったのかと内心驚く。
 やはり、ナツミなのは変わらないなと苦笑する。
 でも、それもこの今という瞬間だけにしようと考えながら桜を見上げて思う。

 今だけでいい…。
 もう…泣いたりしない。
 だから今だけ…この桜の木のもとだけで泣こう。
 泣いて弱さを見せることを許して。
 泣き虫なナツミを泣かせないようにするのが俺の役目…。
 俺も一緒になって泣くわけにはいかないから。
 だから、今だけだ…泣くのは。
 闇の頬を涙がころがる。

 
「もう、泣いたりはしない。
 俺にはやるべきことがあるから」

 光と闇…互いを消し去ることのできる相対する力。
 それでも、光の本体のナツミは自分の中にできた本来ないはずの俺の存在を認めて俺を光の力で消し去るということはしなかった。


 手に乗せていた桜の花びらを握る。
 手を開けば桜の花びらは風にのって月の輝く空へと飛んでゆく。
 そんな花びらを見ながら闇は強く思う。

 
 必ずもう1人のナツミを幸せに導く…
 俺の存在を許してくれたナツミのために…

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