小説内容

□第三話
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 ライの従者であるイアルはライの命令により休むことになった。
 …とは言ってもイアル自身、数分でいいと思っているのであまり休む気はない。
 それにいつライを狙って敵がしかけてくるかはわからない。

 最近は、ずっと気をはっていることに疲れを覚えなくなった。
 最初の頃はドッと疲れを覚え大変な日々が続いていたが今はもう平気だ。
 全神経を張りつめさせることにもなれたし無表情でいることにもなれた。
 ライはそこまでしなくてもいいとは言っていたが主を守ることが自分の役目、仕事なのだ。

 そう思いつつ歩みを進めているとキリクが正面から歩いてきた。
 ぼんやりと上の空のようで、どことなく疲れているように思う。

「キリク?」
「あっ…イアルか。びっくりした」

 キリクは目を大きくしてイアルを双眼にうつした。
 キリクは、ずいぶんと長い間ライにつかえているが昔からあまり変わらない。
 1つぐらいあげるとすれば昔よりは殺伐とした空気が丸くなったということだけだろう…。
 
 禁術を体内にとりこんでいるせいかキリクは命令に従順で殺すことを厭いもしない。
 自分も殺すことに、なんのためらいもないが我を失ったキリクは殺すときにとても楽しそうな顔をする。
 だんだんと禁術にそまってしまっているようにも思えて仕方がない。

「体調よくないのか?」
「いや…違うよ。
 ただ考え事をしていただけ…」

 心配することはないとキリクはやんわりと告げる。
 キリクは闇であるくせに変なところで優しかったりする。

「そういえば、まひろは僕の禁術には気づいていないようだった。
 …ありがとう、イアル」
「別にかまわない…気づいていないならよかったな」
「うん」

 そして沈黙がおりた。
 お互い必要なことがあれば話すが雑談というものはあまりしない。
 キリクは口元に笑みを浮かべると、とんでもないことを口にした。

「イアルってさ、優しいよね…。
 表情かたいし何考えているか全くわからないし…。
 それにちょっと怖そうだけど、でもそれは違うね」

 宝でも発見したように嬉しそうに笑うこいつの心情がわからない。
 キリクは少し弟のような気質があるせいか考えが少し子どもっぽいような気もする。
 でも、ちゃんとするときはしているから確実にとは言い切れない。

「おだてても何も出ないぞ…。
 まず俺は優しくない」
「イアルは自分のことだから、そう思うだけだよ」

 それじゃあ…と、キリクは別れを告げるとイアルの前から去っていった。
 そんなキリクの後ろ姿をみつつイアルは心の中でキリクの方が優しいと思った。

 イアルとの話しを区切り僕はライ様の部屋に訪れた。
 部屋に来た僕をみてライ様が不思議そうな顔をする。

「キリク?どうした?」
「いえ…ライ様の体調が気になりまして」
「俺は大丈夫だ」

 ライ様は、そういって笑った。
 確かにライ様からの力はあまり感じることなく力にのまれそうになっているわけではなさそうだった。
 それに少し安心した。
 あまり苦しむライ様をみたくなかったから。

「お前も部屋で休んでいい。
 俺は大丈夫だから」
「では、なにかありましたら僕をおよびください」

 そうして頭をさげキリクはライの部屋から出ていった。
 ライ様は自分を助けてくれた人だ。
 こんな自分を引き取り役に立てるようにしてくれた。
 そんなライ様を自分の身一つで助けられるなら、これ以上嬉しいことはない。
 それにナツミは僕の幼馴染だ。
 人間界に行ってしまってから会うことはかなわず元気にしているのかも定かではなかったが元気そうでよかった。
 ここに戻ってきてくれたことが嬉しい。

 でも、僕は変わってしまった。
 僕はしてはいけないことをしてしまったのだ。
 禁術というものに手を染めた。
 力がないあまりに力を欲し、そして禁じられていたものを探し出し我が物にした。
 それは大罪だ…。
 だけどライ様は許してくれた。
 そして、他の闇の奴らから守るように僕をそばに置いてくれた。
 ライ様にはたくさんの恩がある。
 禁術にのまれていってしまったとしても、その僕の意志だけは残してみせる。

 自分の部屋に戻ると毒の匂いがした。
 それが少し安心する。自分の特殊能力は毒。
 だから有毒なものでも、自分にはなんにもならない。
 むしろ毒がないと不思議なくらいだ。

(僕はいつまで僕でいられるだろう…?)

 いつかこの身は禁術によって蝕まれ自我をなくし殺戮を繰り返す化け物になる…いつかゆめに見た光景。
 そしてそれを止めてくれたのはナツミとその友人たちで…僕を灰にしてくれたのはライ様だった。

 それで…いい。
 生きたいとは言わない。
 それは自分に許されないことで、つかみようのない希望なのだから…。
 でも1つだけ願ってもいいのなら…ライ様やナツミが幸せになり笑っていてくれることを願う。
 そのためならこの身だって差し出す。

「でも…それでも、ほんの少し…」

 生きたい…そう願ってしまわずにはいられなかった。
 
 僕はイアルが羨ましい。
 イアルはどんな時も状況判断にたけているのに対し、僕は少し感情的になりやすい。
 イアルはライ様にも慕われ…僕もと思ってしまう。
 でもイアルは優しいと思う。
 こんな僕を心配してくれる。
 僕たち従者という存在は使い捨ての盾のようなものだから心配なんてしなくていいのに…。
 僕はイアルが思っているほどいい人ではないんだ。

 紫色の液体が入った三角フラスコを眺めながら、キリクは物思いにふけった。


 そのころ獣の世界ではシリウスがカイウスに叱られていた。
 アリウスは特殊で獣の世界に戻ることは過去の経緯から許されてはいないが、その他の獣は主となるヴァンパイアに呼ばれない限り自分の世界に戻ってくることを許されている。

 シリウスはナツミに呼び出されてからカイウスに強制的に戻されている。

「シリウス、お前少しは自重しろ…。
 スイルが死んでたらどうしていたんだ」
「しるか…」

 面倒くさそうに答えるシリウスをカイウスはため息をつき人間体となってシリウスを叩いた。

 シリウスもカイウスと同様、人間体へと変化した。
 人間体になれる説はいろいろあるが1番考えられているのはヴァンパイアとの交流のため…。
 いきなり獣が現れては驚くから親しみやすいように…と。

 そして、シリウス、カイウスと最後の2文字にウスとつくのは最上級格の獣だ。
 獣の中でも位があるため最上級の獣はそうつけられている。
 アリウスもまたシリウス、カイウスと同じ最上級格の獣だ。
 シリウスが素っ気なくカイウスにつげる。

「…どちらにしろ、俺はナツミをまもる」
「従わなかったのにか?」
「あぁ…」

 シリウスが何を考えているのかよくわからない。
 だが、シリウスが本気で言っているということはわかる。
 長い付き合いだから、シリウスが真面目に言っているのか、それともそうではないのかというのは大方把握しているつもりだ。

 ただ、今回はどこか切なそうな顔をしている。
 シリウスもわかっているだろうが、俺はあえて釘をさすようにシリウスに忠告することにした。

「お前…わかっているだろ?
 主とは、そういう関係を期待してはいけないと…」

 カイウスの言葉にシリウスは虚を疲れたように驚いた。
 そして、嫌悪感をあらわにした。

「てめぇに言われなくてもわかってる。
 …バカにするな」 

 シリウスは吐き捨てるようにいうと外へ出て木の上を枝から枝へと飛び上がるようにして登っていってしまった。
 ここの木々はヴァンパイア界よりも大きい。
 20m位は普通にある。
 その木の枝を人間体のままシリウスは軽々と登っていった。

 太い枝を飛び跳ねるようして登っていく。
 それを何回か繰り返しているうちに頂上がみえ1番上の枝に座った。
 空を見上げると真っ青な月が輝いている。

「カイウスこそ…俺に何かくしているのにな…」

 ポツリとつぶやいてシリウスは目を伏せた。
 カイウスが主であるミナミのことで何かを隠していることは薄々気づいている。
 でも、それは俺にでさえ言えないようで問いただしても何も言ってくれなかった。
 それが悲しく思えた。
 カイウスは真面目な奴だ。
 だから、主となる者が隠し通すと決めたらカイウスもそれを聞き入れる。
 俺とは正反対の性格だ。

 カイウスが無理をしなければ良いと思う。
 唯一、心を許せているのは獣の世界でもカイウスだけだ。
 この世界が出来てから俺たちはずっと一緒にいる。
 カイウスは辛いことも苦しいことも何もかも俺には言わない。
 いつも自分で解決をしようと一生懸命になる。
 俺にも頼ってほしいと思うが、いつも迷惑をかけているのでそれは無理だろうと心のどこかで思った。
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