小説内容

□第二話
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 雨の中ずいぶんと走った。
 体は雨に濡れ徐々に体温を奪っていく。
 走った先についたのは最初にスイルと出会った祠だった。
 
 走りつかれたナツミは重い気持ちをひきずるようにして中へと入っていった。
 涙がまたあふれ始め雨に濡れた頬を転がり落ちていく。
 どうしたらいいのかわからなかった。
 

「神様…助けて…」

 神様なんているかわからない。
 でも、そんないるかわからない存在に助けをこおうとしてしまうほどに苦しかった。
 全知全能なる神ならば助けてくれると思った。

 でも、そんなことできるわけないと思った。
 どんなに神頼みをしたって結局は自分でなんとかしないといけない。
 そう思っていると足音がした。
 顔をあげると瞳が銀色の男の人が歩いてきた。

「だれ…」

 男は大神であるリバルだった。
 ただナツミはリバルを知らない。
 だから、不安になった。
 リバルは口元に笑みを浮かべた。

「だれって…呼んだだろ?
 ナツミ…」

 その声をきいてズキッ…と激痛が頭にはしった。
 どこかで聞いたことのある声だった。
 そう…何かを邪魔した…。
 いつも何かを思い出そうとするときにそれを阻む声。
 頭痛で顔をしかめるナツミをみてリバルが口をひらく。

「まだ思い出すときではない…」

 その言葉と共に痛みが引いていき何を思い出そうとしたかわからなくなっていった。

「俺は大神…でも今はここまでしか言えない。
 時がくればわかる。
 それまでは…」

 なにかを思いつめるようにして自分のことを大神と名乗った人は言った。
 どう声をかけようか悩んでいると大神は私に目をむけてきた。

「お前、びしょ濡れじゃないか…」

 気づくとリバルは目の前にきて私の頬に雨で張り付いた髪を耳にかけるようにして言った。
 その動作が自然でとても優しげだと思い警戒していた心も緩んでしまった。
 ふと、大神が私に向かって言う。

「落ち着け。シリウスのことだろう」

 その言葉に私は驚く。
 大神と名乗るこの人が本当に神という存在なのかはわからなかった。
 でも、あの場にいなかったこの人は私の悩んでいる理由であるシリウスのことを言い当てた。
 本当に神なのかもしれない…そんな思いが沸き起こる。

「私のせいでスイルを傷つけてしまったんです。
 スイルは、シリウスが危険だと知っているから守ろうとしてくれたんですけど…」

 スイルから血しぶきがあがった光景が脳裏に浮かび、また体にふるえが襲ってきた。
 

「…っ」

 リバルはナツミに手をのばしたが触れることなく手をおろし顔を背けた。
 抱きしめるわけにはいかない。
 今の自分がそんなことをするのは許されることではない。
 息を大きく吸ってナツミに言う。

「お前に1つ言っておいてやろう。
 シリウスを暴走させたくなければ心を通わせろ。
 お互いを信頼しあえるような、そんな仲を築け」

 もう1度ナツミの頬に手をやりリバルは目を細めた。
 今の自分が触れられるのはここまでだ。
 これ以上は許されない。

「体が冷えている。早く帰って休んだ方がいい」

 リバルは、そう言い残すととけるように消えていった。
 そして、リバルが消えたのと同時にスイルが息をきらして祠に入ってきた。
 スイルから雨の水がポタポタとおちる。
 ナツミはスイルをみて信じられないという顔をした。

「なん…で」

 スイルは苦しそうにシリウスにつぶされた肺の方をおさえた。
 ナツミをみやるとそっと微笑んで手を差し出した。

「帰ろう…ナツミ」

 そんなスイルの手を見てナツミはガタガタとふるえた。
 スイルが血を流して倒れる光景が頭に焼き付いて消えてくれない。

「イヤ…来ないで…もうスイルを傷つけたくない」
「俺は大丈夫だから。
 俺がここに存在するのはナツミのため…。
 他のものなんていらない」

 スイルの目が白銀に輝いた。
 スイルから白銀の粒子が出てくると1本の鞭のようになりナツミに絡みついた。
 ナツミの動きを封じるとスイルはゆっくりと歩み寄って強く抱きしめた。
 

「私、怖い…離してっ、スイル…」
「離したら君はどこかにいってしまうから…それはできないよ」
「スイル…」

 涙がまた流れ始めた。
 スイルはナツミの長い髪を撫でながら「怖かったよね…ごめんね」と謝った。
 そして自嘲気味に笑い言葉を漏らす。

「っ…ちょっと限界かも」

 スイルは苦しそうにうめくとその場に座り込んでしまった。
 酷い汗をかき荒い呼吸を繰り返している。

「少し無理したんだ…片方だけの肺で走り続けるのって案外大変なんだね…」

 力なく笑うスイルにナツミは不安そうな顔を向けた。
 どうしようかと悩んでいるとあることを思いついた。
 すぐに上着の袖を捲し上げると自分の牙を腕に埋めた。
 そして、口に含められるだけの血を含むとスイルの顔を支えるように両頬に手を添えキスをした。
 少しずつ自分の血をスイルに流し込んだ。

「んっ…なにして…」

 スイルはいきなりナツミに口をふさがれ血をのまされたことに驚いていた。
 閉じていた目をうっすらと開けると、そこには血で口の周りを赤く染め上げるナツミがいた。
 心なしかナツミが揺らいでいるように見える。
 ナツミがスイルをみて安心したように笑う。

「よかった。スイル、顔色少し良くなった」
「ナツミ…もっと血を頂戴。
 たりない…」

 スイルは強引にナツミを引き寄せると首筋に舌を這わせて牙をさした。
 スイルに血を吸われていく感覚が体中を支配する。
 だんだんと意識が薄れていく中、スイルの服を力のでる限り握った。

 そのころ、光の城にいるリークは雨の上がった空を見上げていた。
 はるが気づかわしげにリークの前に紅茶を置く。

「あっ、はる…ありがと」
「いいえ。ヴァンパイアの世界にも紅茶とかあるんだね」
「俺たちだって血以外のものを摂取するよ。
 魚とか肉とか…人間界にあるものはおいしいものばかりだよな」

 はるが淹れた紅茶をすすりながらリークはホッと息をついた。
 しかしリークの顔から張りつめた感じが抜けない。

「リーク」
「んっ?」
「なつみんとスイルさんなら大丈夫だよ!!」

 はるは、そういってリークを安心させるように微笑んだ。
 そう言い切れる自信はあまりなかったけど、でも私はなつみんを信じてる。
 昔からの付き合いだからわかる。
 なつみんなら大丈夫だって…。
 それになんとなくリークがこのまま気が抜けないでいるのを見ていたくなかった。
 少しでも安心させてあげたかった。
 
 だからだろうか…。
 リークがありがとうと微笑んだ姿を見て私の心が安心したようにほぐれていったのは…。
 
 リークの心もまた穏やかさを取り戻していった。
 少し落ち着けたのは、はるのおかげだろう…。

 はるとリークがそんな会話を交わしているときスイルはラーダを出現させナツミを抱えラーダに乗っていた。

「あー、リーク怒ってるんだろうな…」

 イライラとしているリークの顔が頭に浮かぶようで首を思いきり横にふった。
 すると、小さくうめいてナツミが目を覚ました。
 ただ血をだいぶ失ったせいか意識がはっきりしていないようだ。

「ごめんね…血をもらいすぎた」

 スイルは申し訳なさそうに謝った。
 そして、ラーダが光の城の上についたのを確認するとナツミを抱き上げた。
 ラーダはゆっくり下降し地面につくと姿を消した。

「はぁ…疲れた」
「ス、イ、ル〜〜〜〜〜!!!!」

 スイルが玄関に立ったのと同時に扉が勢いよく開き、ものすごい形相をしたリークが現れた。

「おっまえ、怪我人のくせにうろちょろすんな!!」
「だって…」

 子どものように駄々をこね始めるスイルをリークは怒り出した。
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