小説内容

□第一話
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 ミナミはため息をつきながらもパートナーを呼び出した。

「カイウス、でてきて」
「我が主」

 カイウスが姿をあらわすとアリウス以外の獣が一斉に頭を下げた。
 アリウスは嫌そうな顔を隠すことなくカイウスに向けた。

「やっぱな…」
「アリウス。お前でも、シリウスを止められたはずだが…」
「はあ!?んな、めんどいことしねぇよ」

 アリウスとカイウスが話をしているとミナミは大きなため息をついた。
 スイルの目つきが鋭くなる。
 

「へぇ…そんな危険な子、こんなすぐ近くにいるなんてね」
「スイル…」
「兄さん、俺はナツミを守るためにいる。
 危害が及びそうなのは…わかるよね?」

 スイルの言葉にリークとスカルはいつでも止められるようにかまえた。
 スイルはそんなことおかまいなしにミナミをみやっている。

「これで、なっちのだしてあげられるでしょ。ライ?」
「あぁ…。まぁ、そんなことをしなくてもいいようだが」

 ナツミの額にも2人と同じように字が浮かび上がり勝手に割れ消えてしまった。
 そして、ものすごい風が吹き荒れると1体の灰色のドラゴンが出てきた。
 目は赤く尾が2本に分かれており胸元には始祖のマークがあった。
 シリウスはナツミをみる。

「我が主になるもの…お前、面白い奴だな。
 俺の脅威を知っていてもなお目覚めさせたいとはな…」
「っ…」
「フン…ビクビクしやがって…」

 シリウスがナツミに近づこうとして動きを止めた。
 シリウスの前には剣を抜いたスイルの姿があった。

「シリウス…だっけ?なにするつもり?」
「お前、少し違う感じがするな…。
 お前を食らってみようか…」

 スイルの口元に笑みが浮かぶのと同時にシリウスがスイルにとびかかった。
 ミナミは、それをみてカイウスにシリウスを止めるように命じた。
 その間にシリウスはスイルにとびかかりながら憎たらしげにつぶやく。

「主に近づかせないとは…邪魔な奴だ、スイル」

 シリウスの2本に分かれた尾がスイルに直撃しスイルは木にたたきつけられた。
 多量の血を口から吐きだしスイルはぐったりとしたまま動かない。
 そんなスイルにシリウスはとびかかるとスイルの腹を思い切りえぐった。

「スイルっ…!!」

 血しぶきがあがる音で我に返ったナツミは力の入らない足をなんとか動かした。
 たった10mという距離がものすごく遠くに感じる。

「くるなっ…ゲホッ、ゴホッ…」

 シリウスの牙がまたスイルをとらえようとしたがカイウスがとびかかりスイルは難を逃れた。
 しかし、かなりの深手をおおいスイルの視界は暗くなっていく一方だ。

「ぐっ…っ、ナ…ツ」

 リークは急いでスイルに駆け寄るとスイルに手をかざして目を閉じた。
 スイルが呼吸をするたびにヒューヒューと血の気が引くような音がする。
 ナツミはやっとの思いでそこに行くと力なく座った。

「スイルッ…スイルッ!!」

 スイルのことが好きとか、そういう気持ちはまだなかった。
 でも、どこかかげがえのない存在で消えてしまうのではないかと思うとふるえが止まらなかった。
 とめどなく涙がこぼれる。
 スカルがそばによってくると冷静にスイルの状態を見てナツミの肩に手を置いた。

「大丈夫だ。リークは医者なんだから」
「スイル…」

 リークが冷静にスイルの体をみて診察する。

「呼吸するたびにこの音がするってことは…肺をやられてるな。
 さわって確認しただけだから、ハッキリとしたことは言えないけど、おそらく片方の肺をやられていてもう一方の肺で呼吸をしているんだ。
 今、少しずつ再生している」
「肺って…」

 はるがそうつぶやく。
 再生しているとはいえ肺をつぶされるのは危ない。
 シズカもはるも青ざめた顔で血だらけのスイルを見つめた。
 自分を責め始めたナツミの背をまひろが優しくなでる。

「私が…シリウスのことを、望んだから…」

 その言葉にリークが否定する。
 ナツミが悪いわけではない。

「ちがう…」
「私のせい…」
「違うって言ってんだろ!!いいかげんにしろよ!
 致命傷はさけてるんだ」
「リーク、そんな怒鳴らなくても…」

 はるは、そういってリークをなだめる。
 リークも必死に回復できるように力を送っている。
 リークの気持ちも分かるが怒鳴るのはよくないと、はるは思った。

「姫君、俺たちはヴァンパイアだ。
 人間とはまた違う…。
 大丈夫だから安心しろ。
 スイルはこんなことでは死なない」

 スカルも心配そうに眉根をよせている。
 シズカは、そんなスカルをみつつシリウスをおさえているカイウスに目をやった。
 そこにはミナミとライがいた。

「今日はひいたほうがいいんじゃない??
 シリウス」
「これ以上やるようなら、容赦はしない」
「ヴァンパイア共のくせに生意気な奴らだ。
 まぁいい…我が主も休ませなければ」

 シリウスは消えカイウスも姿を消した。
 ミナミは疲れたように一息つくと、まひろたちの方に歩いていった。
 ライはそんな様子をみつつイアルとキリクにミナミのことを目にとめるようにと命じた。
 

(カイウス…場合によってはミナミはもしかしたら、ということになるな。
 だとしたら、少し厄介だな。
 滅命剣を持っているとすれば黒妖剣で対抗するしかない。
 だが、ナツミにそうさせるわけにはいかない。
 俺がこの手で…)

 ライの心にじんわりと決意がにじんだ。
 どこかで感じていたことだった。
 ミナミからリバルの気配を感じたりカイウスのことをだまっていたりと不審な点が目立った。

 スイルは静かな寝息を立てていた。
 スイルを外にいさせるわけにはいかないとリークがフィンスを呼び部屋に運んでいった。
 スカルが気遣うようにナツミに声をかける。

「ナツミ、雨が降ってきた。
 中に入ろう…。スイルは1時間も安静にしていれば完治する」

 そういわれたもののナツミはそこに立ち尽くしたまま雨に打たれていた。
 手を強く握り唇を血が出るほどかみしめている。
 そんなナツミを気の毒そうに見つめながらミナミがみんなに言う。

「そっとしておいてあげなよ…」
「なつみんっ…」
「ほら…はる、うちらは入んねーと」

 はるにシズカが声をかけるがはるは動こうとしない。
 そんなはるのそばにリークが寄っていった。

「風邪ひくようだったら、俺が見る。
 今は精神的にキツイようだから、そっとしといてやろう」

 その言葉にしぶしぶ、はるはうなずくとみんなと一緒に部屋に入った。
 ライも何も言わずいなくなり、そこにはナツミ1人になった。

 胸がはりさけそうに苦しい。
 スイルを傷つけたのは自分の獣。
 自分が望まなかったらスイルはきっと傷つかなかった。
 後悔ばかりが私を苦しめていく。
 
 ふと手を見ると、そこには血がべっとりとつきスイルの血で真っ赤に染まっていた。
 小さな悲鳴をあげ強く目をつむった。

「あっ…私っ…私が…」

 目を開けると手にスイルの血はついていなかった。
 みたものは幻だった。
 心が壊れてしまいそうだった。
 たくさんの悪い感情が私を支配している。
 そんな気持ちから逃れるように、いつのまにか私はその場から走り去っていた。

 雨がひどく降り始めスカルは、ふとナツミが気になり外に目を向けた。
 そこにナツミの姿がないとわかると息をのんだ。

「おい!!」

 スカルが大きな声を出すとシズカが眉間にしわをよせてスカルのもとに来た。

「どうしたの?そんなでかい声出して」
「ナツミがっ…」

 スカルがシズカに言おうとした瞬間2人の間をものすごい風が吹き抜けた。
 ほのかにスイルの血の匂いがする。

「な、なに今の…」
「シズカさーん!!」

 シズカが瞬きを繰り返していると、はるがシズカの名前を呼びリークと共に走ってきた。
 リークが息をきらしながらスカルとシズカに問いかける。

「スイル、見なかった?」
「スイル…あぁ、たぶんスイルなら」

 そういってスカルは雨の降りしきる外を指さした。
 それを見たリークから血の気がひいていき、そして一気に怒りで顔を真っ赤に染め上げた。

「なにやってんだよっ!!!
 スイル、まだ完治してないんだ!
 早く連れ戻さないと…」

 リークが行こうとするのをスカルが止めた。
 リークの肩に手を置いて首を横にふる。

「スカル?」
「ナツミがいなくなった。
 たぶんスイルは追いかけていったんだろう。
 連れ戻しても、またいなくなる。
 今は待とう…」

 その言葉にリークは盛大にため息をつくと肩をすくめた。
 どうやらわかってくれたらしい。
 
 冷たい雨は降り止むことなく、ただ空から降ってきた。
 それがまるでナツミの心のようで…。
 そして空を覆う真っ暗な雲がスイルの心のようで…。
 スカルはそう感じられて仕方なかった。

 お互いの心は言えぬ悩みを抱え晴れることなく真っ黒に染まってしまっているようだった。
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