小説内容

□第三話
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 なかなかはるが起きてこない。
 リークは、そわそわと落ち着きなさげにリビングにいた。
 ライは、うっとうしそうに目をすがめて頭をかいてリークに目をやった。
 

「あのな、そんなに気になるなら見に行け」
「いや…そうだけど…」
「ったく…」

 もし、はるが寝ていたら眠りを妨げるわけにはいかない。
 環境の変化がただでさえ激しい。
 まだこっちにきて、そう経っていないのだ。
 もしかしたら、そろそろ疲れが出てくる頃かもしれない。
 休める時に休ませてあげたかった。
 
 動こうとしないリークをみて、ライはため息をつくばかりだ。
 

「リーク。お前、はるのこと好きなんだろ?」

 
 その言葉にリークは何も言えなかった。
 確かに、はるが好きだ。
 それも狂おしいほどに…。
 幼かった頃の想いとは違う。
 幼馴染としての好きから1人の女性として好きになっていた。

 でも、緑木もまたはるのことを想う気持ちは変わらないはずだ。
 それに緑木もはるのことを気にしていた。
 はるからしたら、きっと幼馴染という関係のままなのだろう。
 恋人とかそういう関係を求めているようには見えなかった。
 はるが望んでもいないのに自ら関係を壊すようなことはしなくていいだろう。
 今は、この気持ちを伝えるべきではない。
 だが、もし緑木とはるの取り合いになるのなら、ただ黙ってみているわけにはいかない。
 はるの気持ちを尊重しつつ自分の想いを伝えようとリークは思った。
 面倒くさいな…と、ライがつぶやいたことをリークは知らない。

 ナツミは、バルコニーにでてぼんやりと夜空を見上げていた。
 記憶のことで、まだ何か忘れているような気がしてならない。
 げんにまだ思い出してはならないと誰かに言われ思い出せていない部分がある。
 なにかマズイことでもあるのだろうか…知ってはならない何かがあるのか…私には、それがわからなかった。

 そして、自分にしか聞こえない声…。
 ライは、もう1つの力の声だと言った。
 力が個体化し自分の意思を持つようになったと…。
 でも、その人は私には見えない。
 どちらにしろ自分であることに変わりはなく、もう1人の私が表にでたとしても会うことはまず不可能だろう。

「会ってみたい…」

 ポツリとつぶやいた言葉は闇にとけて消えていく。
 すると、頭の中に声が聞こえてきた。

『会いたいか?』

 今回は、はっきりと聞こえた。
 きれいな男の人の声…。
 小さくうなずくと、その声は鏡の前に立つように指示してきた。
 言われたようにすると鏡にうつっている自分の姿が変わり始めた。
 瞳は赤紫色になり目は鋭く髪の毛はストレートの銀髪に変わった。

『やっと、でてこれた』

 そういって鏡の中の私は口元に笑みを浮かべた。
 呆然としていると鏡の中の私は眉間にしわをよせた。

『なんだよ、お前。そんなバカそうな顔しやがって』

 そういわれて、一気に腹が立った。
 なんでこんな変人にバカと言われなければいけないのだろう。

「失礼なっ!!!私、確かにバカだけど、あんたみたいに変人じゃない!」
『んだと、テメェ…俺は変人じゃねーよ!!』

 一瞬、鏡を割ってやろうかと思ってしまった。
 考えを読み取ったのか鏡の中の私は口元に笑みを浮かべ『やっぱりバカだ』といった。
 

『鏡壊したって、俺はお前の中からは消えねーよ。
 まぁ…んなことより、俺のことか。
 俺は闇。もう1人のお前。
 さっきから俺って言ってるからわかると思うが男だ。
 それにお前より強い。
 俺は戦闘向きだから』

 闇の私は真剣な顔で私を見る。
 今までの空気が一気に張りつめた。
 そして、静かに私に告げた。

『戦うときは俺が表へでる。
 お前が傷ついていくのを黙ってみてはいられないから』
「えっ…でも…。私だって、私が傷つくのをみるのはイヤだ!!
 …って、意味わかんないこと言っちゃったね」

 アハハ…と笑う私に鏡の中の私がボソリとつぶやく。

『闇…』
「えっ?」
『闇ってよべ…。おんなじナツミだと混ざる』

 闇はぶっきらぼうに言って鼻をならした。
 そして、闇の姿がだんだん私の姿に戻っていく。
 もどって行く中で闇が言った。
 お前の望むことをする…と。
 そんな闇の言葉にポツリと私はお礼を言った。

 ちょうどその時、扉をノックする音が聞こえた。
 扉の外から「ご飯だよ〜」と声をかけてきた。
 それに返事をし急いで部屋を後にした。
 
 朝食をとるために席に着くとメイドが食事を運んできてくれた。
 そして、見知らぬ女性が私の方に向かって歩いてきた。
 立ち上がって、その人のそばに行く。
 金色の長い髪をおろし、赤い瞳をもつその人はそっと微笑んだ。

「あの…あなたは?」
「わたくしは、カエデの代わりにここ光の世界をおさめていましたカエデの遠い親戚のオトハと申します」
「あ…私は…」
「カエデの娘のナツミさんですよね。
 存じております。
 あなたにこの世界をお戻しするために今日は来ましたの」

 オトハは、今まで代わりにおさめていた光の世界を正統な王カエデの血を継ぐナツミに返しに来たらしい。
 ナツミは困りつつも頭をさげて、お礼を言った。

「この世界をよろしくお願いいたしますね」

 オトハは穏やかに微笑んで頭を下げた。
 カエデがいない間、ずっとこの世界を守ってきてくれたのだろう…。
 そう思っているとスカルが部屋に入ってきてオトハに気が付いた。

「スカル様っ!」
「ん?あぁ、オトハか。久しぶりだな」
「はい」

 スカルとオトハが親しげに話すのをシズカは複雑な思いで見ていた。
 なぜか胸苦しさを覚える。
 オトハは、とても美しい人だと思った。
 本当に光の世界の人だと思うほどにオトハの取り巻く空気は優しげだった。
 そう思っている間にも2人の会話は進んでいく。

「今日はカエデの娘をみにきました」
「そうか。どうだ?」
「えぇ、それはもう、カエデにそっくりで…ウフフ、びっくりしました」

 オトハは、上品に手を口にそえて笑う。
 行動の1つ1つが可憐だった。

「名残惜しいですけれど、そろそろわたくしは親戚一同に正統なる姫にこの世界をたくしたことを報告してきますので、このあたりで失礼させていただきますね」

 オトハは、頭をさげるとでていった。
 オトハが出ていくとみんなは小さく息をついた。

「んっ…シズカ?」

 スカルはシズカが考え込んでいることに気がつくと声をかけた。
 しかし、シズカは何も言わずただジッと床を睨むようにみていた。

「しず…?」
「どうしたの?シズカさん」

 シズカの様子が違うことからナツミとはるはそれぞれ声をかけた。
 2人の声にシズカは顔をあげ一瞬、逡巡するが結局何もいわず部屋を出て行ってしまった。

「しずっ!!」

 ナツミとはるは心配になりシズカのあとを追うように走り出した。
 リークが扉をあけ「はよー」と言って入ってきたが2人は、リークの横を気にすることなく走り抜けていく。
 そんな2人に呆気にとられたリークは何度かまばたきを繰り返す。

「えっ…びっくりした。
 一体どうしたんだよ」
「シズカ…?」

 リークの問いをスカルは無視してひかれるようにシズカのもとに向かった。
 残されたリークは手付かずの朝食をみて「一体なんなんだ〜!!」と叫んでいた。

 シズカは庭園に来ていた。
 噴水からでる水がキラキラと光を反射して輝く。
 オトハと話していたスカルはとても楽しそうだった。
 自分とは全然違う…。
 おしとやかで優しそうな人だった。
 ため息をついて水をいじった。
 情けない顔をしている自分がイヤで水面にうつる自分を消すように波立たせる。
 そうしていると、ナツミとはるが駆け寄ってきた。

「しず!!」
「シズカさーん!!」
「大丈夫!?」

 涙がこみ上げてきた。
 でも、ナツミとはるに泣いている姿を見られたくなかった。
 はるに1度見られてしまっているとしても、またそんな姿を見られたくない。
 弱さをみせたくない。
 シズカはグッと手に力をこめて微笑んで見せた。
 ちゃんと笑えているだろうか…そう思いつつ。

「…シズカさん?」

 はるが、訝しげにうちをみてくる。
 変な顔になっているのかと心配になった。
 そして、茶化すようにして誤魔化そうとした。

「なんだよ。2人して」
「しず、元気ない」
「な…なに言ってんの。うちは別に…」
「しず」

 ナツミが真剣な顔を向けてくる。
 なにも言えなくなってうつむいてしまった。
 はるが声をかけてくる。

「シズカさん、私たち友だちでしょ?
 だからって、理由を言えとは無理には言わない。
 でも、言えないこともあるかもしれないけれど、もう少し頼ってよ…。
 ねっ?
 1人で抱え込んでいるよりも誰かに話せば、きっと少しは楽になると思う。
 私たちじゃなくてもいい。だから…」

 これ以上、1人で抱え込まないで…とはるはシズカに言った。
 うつむいたままシズカは血が出るほど唇をかんだ。
 シズカの血のにおいでナツミもはるも驚いてやめるように促した。
 シズカが小さな声で2人に言う。

「うちは…弱いところをみせたくない。
 たとえ、誰であっても」

 顔をあげたシズカの口から血が滴り落ちていた。
 目元は涙を流さないようにしていたせいか赤くなり少し腫れていた。
 泣かない…その強い思いはナツミにもはるにも伝わっていた。
 シズカの名前を呼びつつナツミはシズカを抱きしめた。
 シズカが驚いてナツミに目をやり少し抵抗する。

「やめろよ…」

 驚きで目を張りつつもシズカは強い口調で言った。
 しかし、ナツミは離すことなくそのままでいた。

「しず…」
「なんだよ」
「泣いてもいいんだよ」

 その言葉にシズカは言葉を失った。
 強くありたい…泣き顔などみせたくない。
 そう言っていたはずなのに言ったそばから泣いてもいいと言われて、戸惑いを隠せなかった。

「泣くことが弱い訳じゃない。
 涙を人にみせることが弱さなわけじゃない。
 人に頼るのも強さ…。
 しずは、わかってるよね」

 シズカから涙が溢れ出した。
 わかっていた。心のどこかでは知っていた。
 けれど泣くことが弱いとそう思い続けることしかできなかった。
 だって、スカルは泣かないから…。
 泣かないことが強さだとそう思っていた。
 バカにされたくなかった。
 そしてなにより一世界の姫として強くあらねばならないと思っていた。

「しず、泣いてもいいの…。
 私たちはバカにしない。
 大丈夫だよ」
「っ…オトハさん、すごくキレイだった。
 うちは、あんな風な姫じゃない…。
 スカルはきっと、うちなんかよりっ」

 心に抱いていた不安が言葉となって溢れ出した。
 ナツミとはるはバカにすることもなく、ただただうちの話しを聞いてくれていた。

 
 声をたてて泣くシズカをスカルはみていることしか出来なかった。
 シズカが泣けたのは、きっとあの2人だったからだ。
 心を許しきれている、あの2人だからこそシズカは本当のことを話した。
 今の自分が行ってもジャマになるだけだ。

「シズカ、俺はお前だから好きなんだ…」

 そうつぶやいて、その場をあとにした。
 歩いていくとスイルがこちらに気づき話しかけてきた。

「兄さん、どうしたの?」
「スイル。俺には、なにも出来なかった。
 あいつが抱えていたものを知らなかった…」

 そう言ってスカルはスイルが呼ぶのを気にとめることなくいなくなってしまった。

 スイルは、意味が分からず首を傾げたが今のスカルは1人にしておいた方がいいと思い追いかけることはしなかった。

「兄さん…」

 ゾワリと心にイヤな気持ちが広がった。
 兄をみる度に昔を思い出して闇としての心がうずく。
 それは、深い傷のように消えることなく残り続けている。
 憎しみが何もうまないことぐらいわかってる。

「ナツミ…」

 しかし、すぐに息をのんで目を強くつむった。
 頼ってばかりになっている自分がいた。
 これは、自分でなんとかしなければならないことだと言い聞かせた。
 ナツミを守ると言いながら守られるなど、みじめでしかなかった。
 そんな弱い部分をみせることは出来ない。

「ハハ…参ったな」

 苦しそうに息をついてスイルはかわいた笑い声をもらした。
 闇としての心が役に立つとは思わない。
 今の自分は白銀だから。
 この気持ちが強い力へと変えられるのなら良かったのにと思わずにはいられなかった。


 そして、リークも同じように生まれもった闇の心に頭を悩ませていた。
 緑木は大切な幼なじみ。
 はるもその思いは同じだろう。
 けれど、俺からしてみれば大切な幼なじみであり恋敵だ。

 正直、あいつがいなければと思うこともある。
 そうしたら、はるは自分のものになるだろうか…。
 窓に手をあて、あやしい空を見つめた。

「ごめん…はる。
 結局、俺は闇なんだ。
 こんな俺を知ったら、はるはもう…」

 苦々しげに口をつぐんだ。
 頭の中で自分に笑顔を向けてくれるはるが浮かぶ。
 でも、もしそんなことを考えていると知ってしまったらと思うと泣いているはるの顔が浮かんだ。

「はるを泣かせるわけにはいかない」

 何かをこらえるかのように、リークは胸のあたりで拳をつくりグッとおしつけた。

 そのころライは、それぞれに抱える闇を感じていた。
 そして、自分の中に眠る闇の力にも疲労をおぼえていた。

「寝ても覚めても、この力に苛まれるなんてな…」

 椅子に腰をおろし自分の力をおさえ込もうとした。
 だが力をおさえることなくライはその力を放出し始めた。
 なぜなら、自分の部屋にもう1人、自分以外の存在を感じるから…。
 金色の瞳が銀色の瞳をもつ男に向けられる。

「きさま…」

 ライの声音に、その男は口元に笑みを浮かべた。
 愉快そうに笑う。
 ライは気を許すことなく睨み続けた。

「リバルっ…」
「久しぶりだな、ライ。
 相変わらずのようだが…」
「うるせーな」
「その力、また荒れ狂っているのか」

 リバルは、まるでライの中の力を見透かすかのように瞳の輝きを強めた。
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