小説内容

□第四話
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 ナツミは木の上で夜空を見上げていた。
 ぼんやりとしながら風に吹かれていた。
 夜空といっても、もうすぐ夜があけそうで少し明るくなりつつある。
 ヴァンパイアになって、どれだけの月日が経っただろうか。
 秋から冬へと移り変わり冷え込みも厳しくなってきた。
 でも、この寒さは嫌いではない…冷静になれるから。
 物思いにふけっていると下から話し声が聞こえた。
 声からすると、リークと緑木だろう。
 なんとなく下に降りづらくなって、そこにいることにした。

「2人で話すって、懐かしいな」
「そうだね、リーク。リークずいぶん変わったよね」
「そうか?」

 リークは、そう言いつつ自分の体のいたるところを見た。
 それをみていた緑木は声をたてて笑った。

「外見はそんなに変わってないよ。強いて言うなら髪をのばしてるってことぐらいかな」
「えっ?あぁ、これか」
「リークはずいぶんと大人びたなぁ…闇の王の補佐も板についてきたって感じだし」

 その言葉にリークはなにも答えない。
 緑木の目には今までのような優しさがない。
 厳しい目つきで緑木はリークをみていた。

「リーク、あの女のことわかっているよね?」

 あの女という言葉に反応し険しい顔つきで緑木を見据えた。
 緑木は明らかにナツミを危険視している。

「あの子、混血だよね…。ただの混血ならこんなにも警戒しない。
 でも、2つの力が平等に存在しているし…闇の力が含まれてる。
 僕は、その闇の力が危ないって思ってる。
 だって…」

 それ以上、言おうとしたところでリークが緑木の名前を強く呼んだ。

「わかってる…ナツミの中の力は俺たちを遥かにしのぐ力を持ってる」
「もし万が一はるちゃんが危なくなったら、リーク…リークは、どちら側につくの?」
「緑木…」
「僕はリークとは戦いたくない」
「…俺もだよ。緑木、俺はどちら側にもつかない」

 リークは、そう強くいった。
 どちら側にもつかないという言葉に緑木の眉根が寄った。

 ナツミは、この話は自分が聞いていい話だとは思わなかった。
 緑木の話を聞いていると辛くなってくる。
 はるを危険な目に晒すとか力があるから、みんなをおさえつけようとか全くそんなこと考えていなかったから…そんな風に思われていて苦しくなった。

「リークは、どこまでも優しいね」

 憐れみを含んだように緑木が言う。
 リークは、そんな緑木を意に介した様子もなく緑木の言葉に答えるだけだった。

「俺は、はるも主になるナツミも大切だから」
「そっか…リーク、僕はるちゃんが好き」

 その言葉にリークは驚くことなく「俺もだよ」と告げた。
 ナツミは驚きすぎて声が出なかった。
 ここにいてはいけない…直感的にそう思い隣の木の枝にとんだ。
 それを何度か繰り返し遠くまで行った。
 きくわけにはいかない…これは3人の問題だ。

 リークと緑木の話は続いていた。

「僕たちは、もう何も考えていなかったあの頃とは違う…。
 あの頃に、幼馴染という関係だったころにはもう戻れないんだ」

 緑木の言葉がひどく重くのしかかる。
 自分はかまわない。緑木と同じように考えていたから。
 …でも、はるは違う。俺たちとは違う。
 ずっと変わることなくこのままでいたいと願っている。
 はるに恋愛意識なんてものはないのだ。
 変わらないことだけを望んでいる。
 それは、はるがこの世界に戻ってきてから気づいたことだった。
 人間界の男を好きにならなかったのはよかったと思っている。
 でも、何の感情も変わらずに俺たちと関わっていこうと思うのは無茶な話だ。
 俺たちは変わったのだから。

「緑木の気持ちは分かる。でも、はるは…」
「幼馴染のままでいたいんだよね」

 緑木が悲しそうに言った。
 

「俺たちは、きっと変われないままではいられないんだ」
「うん、そうだねリーク。でも、はるちゃんを傷つけたくないよね」

 緑木の言葉にリークも賛同する。
 はるを傷つけたくない…それは、2人の中での共通の思いだった。
 恋のライバルとなっても普通に話すことができるのは、やはり昔からの付き合いでライバルという前に幼馴染という関係があるからだろう。
 

「リーク、あのナツミちゃん?って子…はるちゃんの友だちなの?」
「えっ…そうだよ。仲いいんだ」
「そっか…リークも信用してるんだよね?」

 リークが微笑んでうなずくと、緑木は何かを考えるようなしぐさをみせて1人うなずいた。

「僕も助けてもらっておいて、まだお礼も言えてないんだ…」
「緑木?」
「2人が、その子のこと信じてるなら僕も信じてみるよ…」

 リークが驚いて瞬きを繰り返す。
 緑木は、ニコニコと笑ってリークをみた。
 

「ただし、闇の力のことはリークに任せるからね?」
「あ、あぁ…任せろ、緑木!」

 緑木が心を許そうと思えたのは、はるとナツミの関係があってこそで…そして、緑木が自分を信用してくれているということが分かりリークは嬉しくなった。
 ナツミと考えて思い出すことがあり、緑木に礼を言うと緑木と別れて森の中に走っていった。
 そんなリークを見送ってから、空にうかぶ月に緑木は目をやった。

「僕は、はるちゃんとリークが信じている相手なら、これ以上言うつもりもないし…なによりリーク…君を信用してるから」

 ナツミのことが怖いわけではない。
 ライのことと闇の力のことを考えると、はるを人間界にとばし、はるを失ったことが思い出されて怖くなるだけだ。
 

「はるちゃん…僕は、はるちゃんが決めた相手なら、それでいいと思うんだ」

 リークと話したことを思い出して、そうつぶやいていた。
 たとえ、はるが好きになる相手が自分でなくても、はるが幸せになれれば…。
 そうなったとき、自分を選んでくれなかったことは、きっと辛くて苦しいかもしれない。
 こんなきれいごとで済ませられるとも思わない…でも…はるの幸せを望むなら自分の気持ちばかり押し付けるのは違うと思った。
 きっと、リークのことだから自分のことなんて後回しにしているだろう。

「さぁ〜てと、疲れたし休も〜っと」
 
 両腕をのばし、のびをしてから首の後ろで組むと自室へと歩いて行った。


 ナツミは、ため息をついていた。
 混血というのは緑木が言うように、それほど恐れられる存在なのだろうか…。
 …だとしたら、私はここにいるべき存在ではないのかもしれない。
 緑木が、はるのことを好き…また、とんでもないことを耳にしてしまったものだと思う。

「三角関係…かぁ。恋したことないはるには辛いかもなぁ」

 はるは恋というものをしたことがない。
 きっと2人に気持ちをぶつけられてしまったら困ってしまうだろう。
 もし、そうなってしまったら、はるはどうするのだろうか。
 そして、はると同じように変わってしまうことを望まない私に何が言えるだろう。
 変わらなければならないものがあると自分にだって、よくわかる。
 分かっていても変わりたくないことだってあるのだ。

 そんな風に考えていると誰かが困ったように笑う声が聞こえた。
 急いで枝の上から下をみると、そこにはリークが困った笑みを浮かべて立っていた。

「おりてこいよ、ナツミ」

 リークが腕を広げてくれる。
 そんなことされなくても大丈夫なんだけどなぁと思いつつリークの腕の中に飛び降りる。
 昔から心配性なところは変わっていないようだった。
 下におろされて、リークをみあげるとリークは頭をかいていた。

「聞かれちゃってたか…やっぱり、あの気配はナツミのものだったのか」

 その言葉に何も言えなくなってしまった。
 盗み聞きなんてするつもりなかった。
 でも、結果として聞いてしまっている。
 小さな声で謝るとリークは微笑んだ。
 リークには、私に悪気があったわけではないとわかってくれているようだった。
 昔の兄のように慕っていたころの笑みを、リークは浮かべている。

「いいよ。別に聞かれても困りはしない。
 ただ、はるには秘密にしといてな」
「言わないよ」

 リークの困った笑みは消え安心したような微笑みへと変化した。
 そして、クシャクシャとナツミの頭を撫でた。

「髪の毛がクシャクシャ〜…」

 髪を手でとかすようにしてボサボサの髪を手入れした。
 リークは笑うばかりでナツミはムゥっとしてしまった。

「ごめん」

 笑っていたリークがいきなり謝ってきて、ナツミは呆然としてしまった。
 そして、その謝罪が髪の毛のことを言っているのではないとリークの表情から察した。
 リークは辛そうだった。
 リークのために何かしてあげたいと思ったが今の自分ではできることなんてない。
 ただ秘密にしてほしいと言われたことを守るだけだ。
 そんなリークに自分の秘密を言おうと思った。

「私がまだみんなに言っていないこと教えてあげる」

 言ってから、やっぱり言わない方がという後悔が襲ってきたが今更なしにできない。

「ナツミの隠し事かぁ…どんなん?」
「たぶん、お父様は気づいてるかも…」
「そんなら、俺にも教えて。困った時に助けられる奴がいると楽だろ?」

 リークの言うように1人で抱え続けるのは無理に近い。
 1人でも知ってくれている人がいれば気持ちは少し楽になる。
 リークの秘め事を事故とはいえ聞いてしまった以上フェアではない。
 私のことも話すべきだ。

「私には、もう1人の私がいるの」
「もう1人?」
「そう…私ではない。もう1つの自我を持つ闇の私。
 その人は男の人で戦いにたけていて私よりも多大なる力を持っている」

 リークの頭の中に緑木の言ったことが思い浮かぶ。
 闇の力の存在…。
 リークが考えていると、ナツミが見せると言って目をとじた。
 声をかけようとしたところで、ナツミの周囲に闇の力がうずまき姿が変わり始めた。
 髪は金から銀へと変わりウェーブした髪はストレートになっていく。
 目をあけると瞳は赤紫色に変わっていた。
 リークの顔を見て、闇のナツミが不機嫌そうな声をあげる。

「あぁ?しられていいのかよ…ったく」
「お前が…もう1人のナツミ?」

 リークの言葉に煩わしそうな顔をした。
 面倒くさそうに頭をかきうなずいた。

「俺は闇…男だ。俺が存在する理由は1つだ。
 もう1人の俺が大切な奴らを守りたいと望んでいる。自分の命と引き換えにしてでもな」
「ナツミ…」
「俺は確かにナツミだが、光のナツミとややこしくなるから、闇って呼んでくれ…ったく、ほんとにややこしい」

 グチグチというナツミにリークはつかみかかった。

「闇でもなんでもいい…けど、命は大切にしろ!俺もみんなも、お前が死んででも守るなんてこと許しはしない!」
「そんなことしるか…俺は俺のしたいようにするだけだ」

 闇は、あざ笑うかのように笑った。
 リークの気持ちなど知らない。
 もう1人の俺が望むことをしてやるだけだ。
 俺が存在しているのは、それだけのためだ。

「お前…ナツミだろ?」
「あぁ」
「もう少し…」

 リークに引き寄せられて闇はうっとうしそうに眉間にしわをよせた。

「お前を守らせてくれよ…。
 お前は、ずっと俺にとってたとえ血が繋がらなくても妹のような存在だったんだ」
「俺はお前の妹ではないよ」
「わかっているよ…それでも、そう思っていたんだ」

 リークの腕にわずかに力がこもる。
 闇は目をふせた。もう1人の自分はリークに心を許しているようだった。
 心のどこかに兄のように慕う気持ちがある。
 でも、俺はリークをそう思うわけにはいかない。
 ナツミの中でリークは守りたいと願う存在の1人だ。
 俺には誰も寄り付かせはしない。
 俺を守ろうなどと馬鹿な考えを持たれては困るからだ。
 俺のせいで、その守りたいという存在を殺してしまうわけにはいかない。

「リークよせ…俺は1人でかまわない」

 リークの腕から逃れると光の姿に戻った。

「もう1人の私のこと秘密ね〜!!!」

 ナツミは、そういって森の中を走りぬけていった。
 走り去っていくナツミをリークは小さく息をついてみせた。

「やれやれ…ライ、いるんだろ」

 木のかげにかくれているであろうライに向かって言葉をなげかけると案の定そこからライが出てきた。
 リークは頭を下げライに忠誠を示す。

「みてた?」
「あぁ」
「そうか」
「誰にも言ったりはしない。約束する、リーク。
 だが、頼みがある。
 闇のあいつは守らなくていいと馬鹿なことを言っていたが守ってやってくれ」
「おおせのままに…我が主よ」

 ライが安心したように笑う。
 本当に子どものことを大切に思っているのだと思った。

 キリクは、ライの後ろにいた。

(大丈夫だよ、ナツミ。僕は君を守る。
 そのための力なんだ)

 禁術のことを考えキリクは1人でに手に拳をつくり強く握った。
 蝕まれつつある体…でも、まだいける。
 まだ禁術にのみこまれはしない。
 キリクは自分を引き締めるようにギュっと口をつぐんだのだった。
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