小説内容

□第二話
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 誰かが私を呼んでいる。
 最初はボヤけていてよく見えなかったけれど、だんだんハッキリと見えてくる。
 彼はニッコリと笑って言った。
「はるちゃん」と…。

 緑色の懐かしい髪の毛が風にそよぐ。
 あたたかい陽だまりの匂いが鼻をかすめていく。
 生きていた…そう思って手をのばしその人の名を呼んだところで目がさめた。

「ゆめ…緑木」

 夢にでてきて緑木のことを思い出した。
 夢はいつも起きれば忘れてしまっていたが、今日の夢は鮮明に覚えていた。
 緑木が私たちと同じくらいの歳となり身長ものび、顔立ちが大人っぽくなっていた。
 でも、笑えば昔のような笑顔になる。

 もう緑木を迎えに行ってもいい頃だろうか…。
 緑木は寝坊するから起こしに行った方がいいのか、そう思った。

 緑木に会いたい…。
 だんだんと強い思いが込み上げてきた。
 昔から優しく接してくれた。
 いつも助けてくれた大切な幼馴染だ。
 今度は自分からいくべきなのではないのか、そう思った。

 そして、何度も思い出す。
 緑木が暴走したライにくわえられ、腹の骨をかみ砕かれ、血が吹き出した瞬間を…。
 それでも緑木はまだ戦おうとしていた。
 私が人間界に行く瞬間、緑木は私の方を向いていつものように笑った。
 あたたかく優しいあの笑みだった。

「はるちゃん、またね…」

 そう口が動いた。
 またねとは、また会えるということだろうか…。
 きっと緑木は大丈夫なんだと思った。
 でも今、緑木がいない。
 それだけが不安で仕方なかった。
 もし、緑木が死んでしまったら…そう思うと怖い。

 あの仲の良かった3人に戻りたい。
 死んでしまったら、泣くことも笑うことも喧嘩することもできなくなってしまう。
 それだけはイヤだった。

 怖くなってきて固く目をつむった。

「大丈夫…緑木はまたねと言った。だから生きてる、大丈夫」

 そう自分に言い聞かせた。
 自分のふるえる手を強く強く握って。
 
 朝になって目が覚めるとナツミは部屋を見渡しキリクがそばにいるのを目にとめた。
 私が起きたことに気が付くと、そばにより跪いて朝の挨拶をのべた。
 キリクを見ていると幼馴染としてして接していた頃を思い出す。
 それは懐かしくも悲しくもあることだった。
 今のキリクの中で私は主として思われているだけなのだ。

「姫君、おはようございます」
「キリク」
「はい、何でしょう?」

 キリクは淡々と聞く、感情はイアルほど隠しはしないものの、従者としての命をまっとうするかのように自分の感情は極力だしていない。
 昔はあんなに笑ってくれていたのに…。
 そう思うと、昔のように戻ってほしくなって名前を呼んだ。
 
「キリク」
「はい」
「キリクってば!!」

 名前を呼んでもキリクは戻ったりしない。
 わかっているけれど辛かった。
 だから、意味もなく何度もキリクの名前を呼んでしまった。
 変わらない態度にナツミは苛立ちとともに焦燥感を胸におぼえた。
 キリクに昔のように戻って欲しかった…。
 本当にただそれだけだった。 
 昔の幼馴染という関係の時のように…。

 しかし、そんな思いとは裏腹にキリクはナツミの呼びにいつものように返事をした。
 ナツミは悲しくなって拳を手につくりグッと強く握った。

「姫君」

 キリクはそばによってナツミの拳に手をそえた。
 切なげに目を細め小さく「ごめん」と言った。
 そして、少し戸惑ってからキリクが口を開いた。

「姫君…いや、ナツミ。ごめん」
「どうして…」
「ナツミがあまりにも寂しそうな顔をするから、いたたまれなくなって」

 そう言ってキリクは微笑んだ。
 その微笑みは小さい頃のものと同じだった。
 でも、すぐにキリクの顔が真剣なものになった。 

「ナツミ、ナツミも分かってるよね?」

 キリクの言った言葉が自分たちの関係が変わったのだということを知らしめる。
 自分が今どんな表情をしているかはわからない。
 でも、とても傷ついた顔をしているだろうと思った。
 なぜなら、キリクが困ったような顔をして私の顔を見て目を伏せたから。
 キリクは、顔をあげるとそばにより優しく抱きしめてくれた。

「ごめんね…今だけ…」

 ナツミにこんな僕が触れてはいけない。
 僕の手は汚れているから…。
 そんな手でナツミに触れることは許されないのかもしれないけれど、どうか今だけは許して欲しい。
 たとえ禁術に身を落としてしまうことになっているとしても…。
 今だけでいい、禁術に身をあけわたしたらきっともうナツミの温もりを感じることはできない。
 守るためなら、それでもいいと思ったけど…やっぱり寂しい、だから、今だけでいいから…。

 キリクの腕に力がこもる。
 それが現実を教えるようで寂しくもあった。
 最後にキリクが抱きしめてくれたのはいつだっただろうか。
 もう、覚えていない。

「懐かしい」

 ふと、キリクはそう言った。
 その言葉にナツミも頷いてキリクの肩に顔をうずめた。
 懐かしいキリクの匂い。
 少し香る毒の匂いも。
 キリクならではの匂いだ。

「ナツミは昔よく泣いていたからね。怖がりだし、不安がるし…」
「笑わないでよ…」
「ハハ…でも、それが愛しかったんだよ」

 キリクの言葉にナツミは動きを止めた。
 キリクの顔をじっと見つめるとキリクは表情を曇らせた。
 言ってはいけないことを言ってしまったとキリクの顔に後悔の色が浮かぶ。

「今のは…なしにして、ごめん」

 つい…言ってしまった。
 これは絶対口にしたらいけないことだったのに。
 だって、僕は…。
 僕は…穢れたものだから、大罪人だから…。
 ナツミと僕は全然違うんだから…。
 だから、それは許されない。
 ナツミは…………なんだから。
 僕とは相容れない人だ。
 絶対に汚してはならない。
 大切な大切な人だから。

「キリク」

 ナツミが何か言いかける。
 でも、それを聞いてしまったらダメだ。
 聞いてしまったら、とりかえしがつかなくなる。
 自分の感情を抑えられなくなる。
 自分は姫に従う者、同等の存在ではないのだから。
 言葉を遮るようにナツミの体を離し跪く。
 
「僕の命はナツミのものだ。
 命に代えてもナツミを守るし、どんな罪だって犯そう…。
 君の為なら何もいとわない。
 君の盾となって、君をどんな敵からも守る」
「キリク、何で」

 その言葉にキリクは答えない。
 ナツミの手をとり優しい口づけを落とす。
 それは忠誠の意味を示し、もう幼馴染の頃には戻れないことを示していていた。
 ナツミからは、たくさんの涙がこぼれ落ちる。

「この口づけは忠誠の証…ナツミ、僕たちは変わりゆく存在。
 君は僕の主。
 僕は君を守る従者、いいね?」
「…っ、キリクはもう、戻ってくれないの?」
「そうですよ。姫君」

 ズキリと胸が痛んだ。
 キリクはもう私を呼んではくれない。
 あの頃には…戻れない。
 じんじんと心が痛む。

「泣かないでください」

 頬に手をそえられたと思うと流れる涙を舐めとった。
 驚いて頬が赤く染まる。

「僕は貴方様に付き従い、お守りいたしますから。
 僕はちゃんと貴方様のおそばにいます」
「うん…」

 私が頷くとキリクはホッとしたような顔をした。
 でも私の中で納得がいってなかった。
 今、私はキリクの上にたつものだ。
 だとしたら、この状況をなんとかできるかもしれないという考えにいたってしまった。
 涙を目にためながら、鋭い光を目に宿してキリクをみやる。
 こんなことをするべきではない…そうわかりつつも自分をとめられなかった。

「キリク、命令」
「何でしょう」
「幼馴染の頃に戻って…」

 その言葉にキリクは言葉を失ったようだった。
 何も言えず、私の真意を探るようにすると困ったように顔を曇らせた。
 でも、胸の苦しみがとれなくて辛い。
 だから私はキリクを命令という鎖で縛るんだ。

「しかしっ…」
「何?」
「それは…」

 苦しげにキリクは眉根を寄せる。
 私が次の言葉を投げかけようにしたところで制止の声がした。
 そちらの方を向くとライが立っていた。

「お父様…」
「キリク、お前は下がれ」

 ライの言葉にキリクは頭を下げ、部屋から出ていった。
 ライが歩み寄ってきたと思うと、いつのまにかライの腕の中にいた。
 どうしようもない虚しさが心を満たして涙が止まらない。

「お父様っ…」
「ナツミ、キリクとお前は立場が違う。
 お前の勝手でキリクをあまり困らせてはならない…。
 キリクもナツミと同じように辛いだろうから」

 分かっていた…。
 キリクと自分の立場の違いもキリクがそれを考えていることも…。
 でも、どうしても分かりたくなかった。

 ナツミはライの腕の中で涙が枯れるまで泣き続けた。

 そして、部屋の外ではキリクは痛む心を抑えるように胸の上で拳を強く握りながら、ナツミの泣き声を聞いてた。
 
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