小説内容

□第三話
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 血をナツミに流し込んだ後ライは自分の妻である今は亡きカエデに1人謝っていた。

「すまない、カエデ…俺はお前との約束を破る」

 目を閉じているナツミを抱き上げてベッドへと寝かしライは近くにあった椅子に座った。


 記憶は第3者として見せられているようだった。ライと女性がうれしそうに赤ちゃんを抱き上げている。
それが自分だと女性が名を呼んだ事で分かった。

『ナツミ・・・』
『カエデ、お前にそっくりだ』

 ライは愛おしそうに娘と妻を交互に見ていた。その様子を見ていると自分も自然と笑みがこぼれていた。
どこにでもいるあたたかな家族だった。
そして、早送りのようにいろんな光景がすぎていった。どれも幸せそうだった。

 しかし、そんな幸せそうな光景は一瞬にして地獄へとかわった。
母が私を抱き三人の男と女に向かって叫んでいた。

『お願い!!彼を…ライを殺さないでっ!!』

 周りは火事が起こったように炎が荒れ狂っている。私は何が起こったのか分からなかった…。
幼い私もカエデの話を聞いているとその男たちが、それぞれの世界の王だという事が分かった。
このヴァンパイアの世界の中に五つの世界があり、カエデは光の世界の姫ライは闇の世界の王だという事も知った。
他の大地の世界、海原の世界、白銀の世界のそれぞれの王たちは口々に言った。
 

『ライは危険だ…殺す…』

 そして娘である私も殺すと言った。カエデはそんな人たちを止めようとしていた。
カエデの回りには光の力が浮遊している。

『やめてっ…』

 そんなカエデの願いも他の世界のものには無に等しくそれぞれの世界の力を放った。

『傷つけさせはしない!』

 そう言って私をかばった瞬間それぞれ3つの世界の力にカエデは貫かれていた。
幼い私が母を呼んでいる。何度も何度も母の体を揺らした。
母から流れ出る多くの血に幼い私は恐怖を感じていた。このままでは母が死んでしまう。

『逃げて…』

 かぼそい声で母は幼い私に言った。 
泣きじゃくる私はその場から動けなかった。
幼い私が殺されそうになる中、私は必死でやめてと叫んだ。でも、この声は届かない。
これは、私の記憶の中であってその場に今の私は存在しないのだから。

 すると、どこかの国の王が悲鳴を上げた。
幼い私は、その人をみてまた泣き出した。
でも、その人を見て恐怖で泣き出した訳ではないと私は分かった。
なぜなら、幼い私が見た方向には、血まみれのライの姿があったからだ。
安心して泣き出したのだと自分のことだからわかる。幼い私が泣いているのを獣と化したライが心配そうにみる。
そして、そばに倒れているカエデの姿を見るとライからの力が溢れ出した。
そんな様子を見たカエデは危ないと判断し安心させるように、ライに自分は大丈夫だとつげた。
 
 ライは苛立たしげに一度舌打ちをすると、瞳を金色に輝かせた。そして、他世界の王たちを吹き飛ばす。
許さない…声にならないライの言葉が伝わってきた。おぞましい姿だった…けれど、ライはとても悲しそうだった。
ライだけではない…ライと同化している獣のアリウスも悲しそうだった。アリウス…それはライのなかにいる獣だった。
でもアリウスのことは私もよくわからない。アリウスが獣だということ…そして幼いころ、遊んでくれた優しい獣ということだけしか…。

『ライ…』

 カエデの瞳が悲しげに揺らぐ。
もうライは力にのまれ憎しみがライの心を覆い尽くしていた。
カエデの言葉も今のライには届かない。
しかし、ライはカエデの元に行くとほんの少し自分の力を渡した。
まるで、最後にすべきことをしろとでも言うように。そんなライにカエデはうなずいた。
ふとライの力が弱まった。そして、いつものように優しい顔を見せる。泣きじゃくるナツミを抱き上げた。そして頭を撫でる。

『お父さん…?アリウス?』

 泣きながらも、じっと父の顔をみる。
ふとライの目の色が変わった…幼いナツミが目をキラキラさせる。
 
『アリウス〜』
『…ったく、めそめそしやがって』

 アリウスの口調はいつもと同じで乱暴だった。だけど、アリウスの顔は悲しげに揺らいでいる。

『俺は…俺を受け入れてくれたお前の幸せを望む…。ライを俺の力でのみ込んででも…お前の脅威となるものを全て排除するまでは…。ナツミ生きろよ。強く…』

 それだけ言って額にキスをした。
アリウスが初めてそこで微笑んだ。幼いナツミは意味を知ることなく元気よくうなずく。
馬鹿だなぁ…見ている私は、そう思いながら涙を流した。アリウスの額のキスの意味は、私が困らないように力を与えるためのものだった。
今ならわかる。…人間界にいっても、またここに帰ってこられるようにアリウスがしてくれていた。不器用な優しさがそこにあった。
目の色がライのものに戻る。ライが困った顔をしてナツミの頭を撫でる。
そして、カエデに目を向けた。

『カエデ…最後まですまない、この子を頼む』
『えぇ…ライ、私は、この子を人間にする。私の命に代えても、この子が幸せになる為に』
『頼むな…カエデ。もうすぐ、他世界の王たちがここに戻ってくる。これだけのことをしたんだ。
もう後には引けない。…だから、アリウスの願いのために動く。アリウスの願いは俺の願いでもあるんだ…』

 ライの言葉にカエデはうなずく。カエデの血は止まらない。ライが辛そうにカエデの傷を見やる。カエデが優しげに微笑む。
すると、吹き飛ばされていた王たちが戻ってきた。王たちも全力で戦うつもりのようだ。
ライはカエデを立ち上がらせるとナツミをカエデに託した。

『いけ!カエデ!!』

 愛しく…大切な我が家族よ…
子を抱きながら走るカエデにそう叫んだ。
ナツミと目が合う。今にも泣き出しそうなナツミをみて決意が揺らぎそうになる。
でも、もう戻れない…。
もう会えぬ愛しい者を目に焼き付け、アリウスとともに力に身をゆだねる。
そして、それぞれの王との力のぶつかり合いが始まった。

 ナツミは戦うライを見ていた。他の世界の王や王妃をみると、言葉を失った。それは私の友だちに似た面影を持つ人たち…そう、それはシズカとはるの両親だった。

 なんて皮肉なことだろう…お互いが大切な家族を守るために命を懸けて戦うなんて…。

 その光景は次第に薄れ、幼い私とお母様のいる場所の場面に移る。地面に降ろされた幼い私は戻ろうとするのをお母様の手に掴まれて止められていた。
 
『お父さん!!お父さんがっ!!』
『この世界にいれば、あなたが危ない。私たちの勝手を許して…。私が死んでもあなたを守ってくれる人がいる。愛しているわ…私の娘』

 そしてカエデはナツミを人間にする術と共に記憶を消す術をかけて額から血を流し倒れた。
消えかける記憶の中で困った私の前に現れたのは…。
 
 そこでひどい頭痛が起きた。
記憶がよみがえるのを阻むかのように。
それとともに見知らぬ人の声が響いた。
まだ、俺を思い出してはいけないよ…と。
眠っているナツミから涙がこぼれた。
私が人だったのはライとカエデ…そしてアリウスが私を守る為にした事、決して1人にしたくてした訳じゃなかった。

 暗い闇に落ちていく…。
私の両親は私のためにしてくれた…けれど、そのためにシズカやはるの両親を殺してしまったのも、また事実…。
複雑な思いの中、闇の深くへと落ちていった。
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