小説内容
□第二話
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シズカはベッドの上でぼんやりと座っていた。
はるの血を飲むまでは苦しかったのに飲んでからは、まるっきり嘘だったとでも言うようにその苦しさは息を潜めている。
しかし、それが実感させる。
血を飲んで楽になる…それは、もう人間ではないという証のように。
「もう…人間じゃないのか」
広い空間にシズカの言葉だけが溶けて消えていくようだった。
そして、だれも言ってくれないからだろうか…心にジワリと広がる苦しみ。
事実が自分を奈落の底へと突き落とすようで…。
不意に恐怖がおし寄せた。
これから、自分は壊れていくのだろうかとか、ずっと血に飢え生きていくのだろうかとか色んな考えが頭の中で巡っていく。
そんな恐怖にのみこまれそうになっている時だった。
扉をノックする音がして顔をあげた。入るのを許可するとみたことない男が入ってくる。
でも、不思議と懐かしい感じがした。
「だれ…?」
「スカル…スカル・オスクリタ。お前の記憶を蘇らせる血を持っている。記憶が戻ったら今の苦しみはなくなる」
スカルが言うことは今のうちには夢のようでしかない。
真面目そうなスカルは、あまり表情を変えないけれど困ったような雰囲気を醸し出した。
信じていないことに困惑しているようだった。
「今は俺のことを忘れているが俺のことも思い出すだろう」
「苦しい…」
「あぁ…今、楽にしてやる」
スカルは自分の腕に牙をうずめ血を口に含んだ。
シズカが不思議そうにみているとスカルがいきなり自分を引き寄せて口付けを交わした。
驚いて抗議の声をあげようと口を開いたとたん、スカルの血が口の中に流れ込んだ。
血を飲み込むと共に酷い頭痛がシズカを襲った。
唇を離しスカルがシズカの口から垂れた血を手でぬぐい取る。
頭を押さえて苦しむシズカを悲しそうにスカルはみつめた。
「シズカ、少しまって…苦しいかもしれないけれど、でも俺はお前を救いたい」
スカルはシズカの肩を抱くとシズカの名前を呼んだ。
呼ばれた瞬間、頭の中で忘れていた何かが思い起こされていった。
そしてまた、はるの記憶も戻ろうとしていた。
はるがベランダにいると隣に人が知らないうちに立っていた。
「びっくりした…あなたは?」
「俺?俺はリーク…、リーク・ノクト」
「リーク…さん。私はあなたの事を知っている気がする…」
「えっ?」
「あっ…ごめんなさい。いきなり変な事言って」
はるは、そう言いつつもリークの事を知っている気がして仕方が無かった。
そして、記憶の中からリークを見つけようと模索している時に頭痛がした。
まるで思い出すのを阻止するかのように。
はるが頭を抑えるとリークは切なげに目を伏せて無理をするなといった。
「そんなふう無理しなくても、今からちゃんと記憶を戻す。
きっと記憶が戻ってからの起きた瞬間は激しい血の飢えに苦しむと思う。
でも安心して…ちゃんと助けるから」
リークの言葉はすごく安心できるものだった。
だからはるは、いきなり言われた事だとしても受け止める事が出来た。
リークは、はるが理解したことを確かめるとスカルと同じように牙を腕に埋め血を口に含みはるに血をうつした。
鋭い痛みがはるを襲い少しずつ意識が途絶えていった。
そのころ、ナツミもライにあっていた。
「ナツミ」
「ライさん…なんですか?」
その言葉にライは苦痛そうに目を閉じた。
自分がいきなり父だと名乗ったとしても受け入れられる訳が無い。
そう分かっていても他人のようにされるのは辛かった。
後ろにいたキリクが心配そうにライの名を呼んだ。
イアルはナツミをにらんでいる。
ライはキリクの問いに大丈夫と伝えイアルの殺気を抑えさせた。
「お前に記憶を戻す。辛く苦しい物だがお前は思い出さなければならない。完全なるヴァンパイアの目覚めと共に」
「何言って・・・」
「もうお前のそばにいた二人は今頃血を飲み、昔の記憶の中をさまよっているだろう。お前たちが失った7歳以前の記憶を・・・」
「7歳以前・・・曖昧な記憶」
ライの話を聞くと自分の中に無い7歳前の記憶の理由が繋がった。
記憶を思い出せばライを父としてはっきり自覚する事になるのだろうか。
25歳くらいのこの人が父だとそう思えるのだろうか。
「私の父なのにライさんはすごく若いんですね」
ライは一瞬何を言っているのか分からない様子だった。
頭の中で考えているとイアルがライに「容姿のことでは?」といった。
そう言われてライはなるほど、とでも言うように納得しナツミに苦笑しつつ言った。
「俺は845歳だぞ」
「はっ?」
「俺たちは20歳になると老化が止まるんだよ
だから、20歳の姿のまま生きている。歳はかなりとっているがな」
「そうなんだ」
「まあ、お前たちは人間界にも行っているからな。こっちと人間界とは時の流れが違うんだよな」
ナツミには何を言っているのか分からなかった自分がまぎれもなく17歳であってそれ以上の年を取っているとはとても思えなかった。
頭の中で混乱しているとライの手が頬に触れた
「歳の事は後で話す…お前に先に記憶を戻す、俺の事をきっと拒むようになるかもしれないな」
悲しそうに言いながら血を口に含んだ。
そしてライの血は私に移され昔の記憶にとらわれるようにゆっくりと目を閉じた。