小説内容
□第二話
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重たい瞼をゆっくりとあけると、そこは見慣れない場所だった。
みたことのない天井が眼前に広がる。
ベッドの柔らかさも今まで使ってたものとは違っていた。
とうとう私たちはヴァンパイアの世界に来てしまったようだ。
辛いわけではないのに涙がこみあげてきた。
怖い…自分がとてつもなく怖かった。
血を求めている自分がいる。
それが人間界にいたときよりも強くなっている。
シズカも同じように苦しんだのだろうか…はるは、どうしているだろうか…。
色んな思いが頭の中に駆け巡る。
嗚咽をもらして泣いていると、いつのまにか隣に私と幼なじみというキリクがきていた。
心配そうに私の顔をのぞきこんでる。
「キリク…さん?」
「キリクでいいですよ、姫君」
どこか困ったような顔で柔らかな笑みを浮かべながら、タオルをとりだし私の頬にながれた涙をぬぐう。
その手つきは、とても優しいものだった。
「私、化け物なのかな…」
ヴァンパイアとして生きてきたキリクに言ってはいけないことだと思いつつ割り切れない気持ちを口にだしてしまった。
私は人間として生きてきた時間の方が長い。それに、ヴァンパイアの時の記憶がない以上受け入れにくいことだ。
キリクは怒った風でもなく少し控え気味に首を横に振った。
「いいえ。人間が我々ヴァンパイアをどう考えているのかは分かりません。
けれど、僕たちは人間とさほど変わらない。
食べるものが違ったり長命で傷の治りが早い…それだけで、化け物ですか?」
「人間には、血を飲む行為が受け入れられないんだと思う…」
キリクが納得したように頷いた。
キリクたちヴァンパイアには当たり前のことでも人間には受け入れがたいことなのだ。
キリクがふと思いついたような声をあげた。
「では、人間はヴァンパイアが世界ごとの力を持っていることも怖いということになりますね」
「世界ごとの力?」
「僕たちの世界は5つの世界に分かれています。自分の生まれた世界の力に応じた力を使うことが出来ます。
階級ごとに分かれているのですが貴族階級以上は特殊能力と呼ばれるもの使えるんですよ」
キリクは、そういうと手に紫色の不気味な球を浮かべた。
ちょっとした異臭が鼻をつく。
「これは、僕の特殊能力の毒です。毒性が強いと相手を溶かすことが出来ますよ」
キリクがあまりにも爽やかに言うのでナツミはポッカリとバカみたいに口をあけたままだった。
それに気付いたキリクは声をたてて笑った。
「大丈夫ですよ。姫君には向けて放ったりしません。でも、人間の方が恐ろしい」
キリクの声音がどこか冷たいものに変わったように聞こえた。
人間のどこが怖いのだろう。
ヴァンパイアの方が力があって人間など敵ではないはずなのに…。
「人間のなにが怖いの…?」
「僕たちは同じ世界のものと戦争のようなことはしません。
他世界のものとはしたりもしますが、人間は同じ国の人でも手に掛けてしまうことがあるでしょう」
「それは極一部で…」
キリクは、それ以上なにかを言うことはなかった。
私には冷たい視線や声を投げかけることなくそれとは真逆の優しい態度でもう少し休むように言ってきた。
この世界のこと、まだ全然わからない…ちゃんと知らなければと思いながら夢の中に誘われていった。
そのころシズカは酷い喉の渇きに苦しんでいた。
布団の中でうずくまり荒々しい呼吸を繰り返す。
(一体なんだって、こんなに苦しまなきゃなんないんだ…)
涙目になりつつシズカは心の中で1人苦しみに耐えながら思っていた。
死にたいわけではない…だけど、こんなに苦しいともなると死にたいとさえ思ってしまう。
渇きは水を飲んだだけで癒えるわけではないことを重々承知している。
「だれか…」
縋るような思いで扉に目をやると扉があき、はるとイアルが入ってきた。
イアルは冷ややかな目で見下ろしてくる。
一発お見舞いしてやりたいところだったけれど、今はそれどころではない。
はるが心配して駆け寄ってくる。
「シズカさん!!」
「起きて早々に吸血衝動とは…だいぶヴァンパイアとして目覚めてきているようだ」
静かに分析するイアルにはるが顔をむける。 それは、苦しむシズカをどうにかして欲しいという切実な願いでだった。
知識のない自分ではどうしようも出来ない。
「どうしよう…イアルさん。私まだヴァンパイアとして目覚めてないんですよね…」
先ほどライに言われたことを思い出しながら言った。
シズカの部屋に来る前にライが苦しむシズカをどうにかしたいなら…と教えてくれたことだった。
けれど、ちゃんとした知識がないぶん不安になって何回も確認してしまう。
「目覚めかけてはいますが、完全ではありません。目覚めるのは記憶と共に…ですから」
イアルはいたって冷静にはるに告げる。表情もそんなに変化がない。
はるは、イアルの説明を聞きながらライの説明を思い出す。
『はる…お前には説明しておく。お前は、まだヴァンパイアとして目覚めかけているだけ。
ハッキリとヴァンパイアにはなっていない。
だが、その内ヴァンパイアの血を求める本能がお前たち3人を内側から破壊していく。
今、それに陥っているのがシズカだ。
シズカは症状が重い。今すぐにでも記憶を戻してヴァンパイアに戻したい』
『記憶を戻さなかったら…』
『お前たちはヴァンパイアの本能に押し潰され一生自我を取り戻せない』
ライに言われたことは衝撃的で頭が真っ白になったのを覚えている。
まだなつみんと私には時間の猶予があるとライは言った。
だけど、シズカさんはかなり危ないらしい。
すぐにでも記憶を戻して欲しかった。
だけど、それが出来ないことを言われた。
『まだ記憶を戻すために必要な血がない』
『どういうことですか…?』
『記憶を消した者の血が必要になる。ナツミの記憶を消したのは、この俺だがお前たちのカギは俺じゃない』
『他のヴァンパイアの血では、どうなるんですか…?』
『記憶障害が起きる。もっと悪ければ自分が何者かも分からなくなって、血に飢えるだけのものになる』
記憶障害というのは、全部思い出せなくなったり現在の記憶もなくなるという障害だった。 自分が誰かも分からなくなる可能性があるらしい。
そうだとしたら、今の自分には苦しんでいるであろうシズカは救えないと言うことなのか…。
『シズカさんは、その相手が来るまで苦しんだままなんですか…』
『そうなる…』
『そんな…。…私はまだ目覚めきってなくて人間なんですよね!?なら私の血をあげても大丈夫じゃないですか?』
その言葉にライは少し考えるようにしてから許可をだしてくれた。
許可がおりたのと同時にはるは鉄砲玉のようにその部屋から飛び出してシズカのもとに向かった。
ライが心配してイアルをそばにつけてくれた。
…そして、今の現状にいたっている。
苦しむ姿のシズカが今、目の前にいる。
「シズカさん!私の血をあげる!」
「なに言ってんの…はる。」
「イアルさん、何か刃物を!」
苦しみながらも自分を差しだそうとしているはるを止めようとするシズカをよそに、はるはイアルに頼んでいた。
イアルは腰にさしてあった短剣をとりだし、はるに渡した。
はるは、短剣をためらうことなく自分の腕に振り下ろす。
戸惑っていたら傷をつけることなんて出来ないし、シズカを救えない。
「シズカさん」
はるは、助けたい一心だった。
腕を差し出せば血の匂いに誘われるようにしてシズカがはるの腕をとって血を舐め出す。
「早く相手の人こないかな…どうして…」
「ためらっているのでしょう」
イアルの唐突な言葉にはるはイアルを見上げた。
なんでためらうのだろう…そんな、はるの考えを読みとったのかイアルはいう。
「全ては記憶が教えてくれます。まだ焦る必要はありません」
「はい…きっと記憶を戻したら全部が分かる」
そしてシズカは、はるの血で落ち着きを取り戻しはるから記憶のことについての説明をきいた。
シズカは、ぼんやりとした表情で分かったとだけつぶやいてベッドに突っ伏して目を閉じた。
そのころライは苛立ちを隠せずにいた。壁を殴りつけ息を大きく吐く。
「おっせーな…ふざけるなよ」
ライの力でそばにおいてあったコップに亀裂がはしる。
ライの瞳が金色に輝いたときだった。
扉をあけて長髪の男性が入ってきた。
「おそい…リーク」
目をすがめてライはリークという男をみた。リークは愛想のいい笑みを浮かべて白のリボンをライにみせた。
「リボン探してて、ごめんな」
悪気がなさそうに言うリークにライは眉根をよせて睨んだ。
怖い顔をするライをみつつ髪の毛を結わえると、リークは、やれやれとでも言うように肩をすくめてため息をつく。
「スカルは、まだ来れそうにない」
スカルというのは、ライが待っている人の1人でシズカの記憶のカギになるものだった。
はるの記憶のカギとなる血を持っているのはリークだ。
「スカルはシズカを苦しめたいのか…?」
「そんなことあるわけないだろ…俺たちの勝手でアイツらを人間界におくったんだ…。
顔をあわせにくいって言うのも無理ないだろ?…実際、俺もだし」
リークの顔に苦悩が浮かぶ。
ライにだってリークとスカルの気持ちは分かる。
けれど3人が苦しんでいるのも、また事実なのだ。
「アイツらは苦しんでる。…リークとスカルの気持ちも分かるつもりだ。俺も娘のナツミの前にいてはいけない存在だ。
俺が1番罪深きヴァンパイアだ。リークとスカルを苦しめているのも、この俺だ」
ライは怒っていた顔から一転し苦虫を潰したような顔になった。
ライが十分苦しんでいることをリークは知っているし、ライが悪くないということも分かっている。
これ以上、ライには苦しんで欲しくない。
だから、リークはバカだなといって笑った。
「ライ…俺とスカルは闇の王ライの補佐だぞ?なんで我らが主を責めないといけないんだよ」
リークは笑って言った。
でも、無理しているのはライには分かっていた。
リークはいつだってそうだ。
いつだって相手を傷つけないようにする。
好きな奴にだけじゃなく、周りのもの全てに。
だから、俺はリークにごめんとしかいえない。
リークの気持ちを知っていながらもリークの優しさに縋ることしか出来ない俺を…リークに痛みを与え続ける俺を…どうか許さないでくれ。
ずっと…ずっと心の奥底でもいいから俺を憎み続けてくれ…そう願った。
「おっ、ライ!スカルが来たみたいだ!」
リークは、しけた顔をしているライの肩を叩きスカルに目を向ける。
すまないと言いながらスカルは目をふせがちにしてリークとライに謝った。
しかし何もいわないライにスカルが眉をひそめた。
「ライ?どうした?…遅れたことは申し訳ないと…」
「あっ…なんでもない。遅れたのは仕方ない。早く行ってアイツらの苦しみを取り除こう」
ライの言葉にスカルとリークが頷くと、それぞれの待つ者のもとへと歩みを進めた。
それぞれの胸に痛みを感じながら…