小説内容

□第一話
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 「ただいま…」

 ナツミは、玄関をあけて靴をぬいだ。
 部屋の中から「おかえり」と母の言葉が聞こえる。
 記憶を書き換えられ私を育てるためだけにいる家族。
 けれど、それを知ることはなく優しく接してくれる。涙がこみあげてくる。
 そんな涙をこらえ母のいる部屋に向かう。

「元気ないじゃない、ナツミ。何かあった?」
「えっ…なんにもないよ!あのさ、お母さん…私の母子手帳ある?」
「突然なにを言い出すかと思えば…ちょっと待ってて」

 母子手帳は生まれたときのこととか記されているはずだ…。
 それがあれば私はこの世界で生まれたことになる。
 母の元に行くとタンスをあさっていた。

「おかしいな…ここにいれたはずなんだけど…」

 そんな母をみたら涙が流れ落ちた。
 ヴァンパイアの人たちが言うのが本当であればあるはずがないのだ。
 私は、この世界に生まれた子ではないのだから。胸が軋むように痛い。

「もう…いいよ。お母さん」
「ごめんね、ナツミ。私どこかにしまい込んじゃったみたいで…」

 母が申しわけなさそうに言う。
 違う…悪いのは私だ。
 ずっと、ずっとだましていた。
 母のそばにいくと、そっと抱きしめた。

「お母さん、ごめんね…ありがとう」
「本当に急にどうしたの?」
「私、部屋にもどるね」

 母の問いに答えることなく2階の自分の部屋に行く。
 そして必要なものを鞄につめこむ。

 暮れゆく空を見上げながら、ここにいる時間があとわずかなことを考えた。


 そのころシズカは、母がつくったお菓子をゆっくりと食べていた。
 これが最後になると思うと、なかなか飲み込めない。
 気を抜けば泣けてくる。

「どう?今日のお菓子の出来」

 にこにこと笑ってシズカの母はお菓子の出来を聞いてくる。
 相変わらずどこかのんびりしてるなぁと思う。

「おいしいよ。母さん」
「そう?よかったぁ〜」
「あのさ、今日ナツミの家に泊まりに行くから…夜いなくても心配しないで」

 出来るだけいつもの笑みを浮かべる。
 心配をかけるわけにはいかない。

「じゃあ、お菓子もっていきなさい」
「うん、もってくよ。…母さんは人間以外の何者でもないよね?」
「あたりまえよ…ウフフ。なにを言うのかと思っちゃった」

 母からしてみればそうだろう。
 でも、うちは人間ではないんだ。
 信じたくなくても、うちは人の血を飲んだ。 起きたときに口の中に広がっていた血の味と口の周りについた血で、それは容易に分かった。

「母さん、何かして欲しいことある?」

 最後に出来ることをしようと思った。
 親孝行をするには時間が少なすぎた。
 もっと、ゆっくりしていこうと思っていたけど今の自分にそんな時間はない。

「そうね〜…してほしいことかぁ。それなら、一緒に夕ご飯をつくりましょ」
「わかったよ」
「今日の夕飯は…」

 楽しそうに献立を考える母を見ながらシズカは心の中で謝っていた。
 ちゃんと血のつながった子どもじゃなくてごめんなさい…と。
 夕飯の支度を用意できたら…ここをでる準備をしよう。
 そうして、ナツミの家に行くと伝えて姿を消す。
 これなら最後の最後まで心配をかけることはない。
 ナツミとはるが言うことが本当ならヴァンパイアの世界にいけば、みんなの記憶からうちのことは消える。
 母の中からも…それなら、悲しませずにすむ。
 それが私の出来る最後の唯一のことだろう。
 シズカは母をみて優しげに微笑んだ。

 
 はるは、部屋の掃除をしていた。
 仕事で忙しい両親が帰ってきたときにゆっくり出来るように。
 もうすぐ帰ってくるだろう。
 それまでに用意を…そう思うのに体から力が抜ける。
 まるでここから離れることを体が拒んでいるようだ。

「やだなぁ…私ったら、いっつも…」

 悲しげにつぶやいた。
 でも、ナツミもシズカももう決めてしまっているようだった。
 自分1人残ることは許されないだろう。
 イアルという人が、まず許してくれないようにも思う。
 あの3人の中で1番怖そうな人だった。

「私も覚悟を決めないとだよね」

 掃除を終えたとき父と母が帰ってきた。
 2人ともずいぶん疲れているようだ。
 はるをみて「ただいま」という。

「おかえり。お父さん、お母さん」
「掃除してくれたのね…ありがとう」

 母の言葉にはるは首を横に振ってにっこりと笑う。

「お母さんもお父さんも私を育ててくれてありがとう」
「いいえ。元気に育ってくれてうれしいわ」

 そんな母の言葉に父もうなずく。
 また泣きそうになるけれど、そこをこらえる。
 もう十分泣いた…いつまでも泣いていられない。時間は過ぎていく。
 止まってくれないのだから時間を有効に使って心残りがないようにしようと決心した。

 
 時は過ぎていく。
 シズカとはるのように時間を有効に使えることができないナツミは蒲団の中でうずくまっていた。
 記憶を思い出そうとするとひどい頭痛に襲われる。
 痛くて涙がこぼれる。
 すると、ベッドが軋み誰かが座った。
 顔を出すとそこにライがいた。

「ライ…さん?」
「今は思い出す必要はない…」
「私、人間じゃないんですよね」

 口に出すと事実が突き付けられたようで泣けてきた。
 そんな私の頭をライさんは撫でてきた。

「辛い思いをさせた。恨むなら俺を恨め…俺のせいだから」
「ライさん…私どういう状況でこうなったのかわかりません。だけど、ライさんに理由があったんだと思います。こうするしかなかった理由」

 ライはせつなげに目をふせた。
 ナツミの頭をなでながら息をつく。
 ライの憂いの顔は魅惑を感じるものだった。

「お前は変わらない…昔から」
「そうなんですか?」
「あぁ…ナツミ、俺はこういう形でもまた会えたことを嬉しいと感じる」

 ライの顔を見ていると今までにない頭痛が襲った。ライの表情がこわばる。

「どうした!?ナツミっ…!!」
「頭痛い…ライさ…」

 苦しむナツミをみてライはナツミを抱き上げる…。
 どうする…今ここでナツミの記憶を戻すか…。

「ごめんなさい…」

 謝るナツミを見てライは今の考えを消した。 ここは人間界…きっと人間としてこの世界には居たいはずだ。

「ナツミ…お前に血を与えたいが俺の血はお前をヴァンパイアに戻すことになってしまう…。戻すならシズカもはるも一緒に戻したい」

 それはライの悲痛な思いのようだった。
 痛みの中ライの顔を見る。
 私は、この悲しげな顔をするライの顔を見るのは初めてではないような気がした。


 深夜…ライは眠らせたナツミを抱え高校にいた。
 しばらくするとシズカとはるが姿を現す。
 抱えられているナツミをみてシズカが眉をひそめる。

「ナツミになにしたんだよ」
「シズカさん、落ち着いて…そんな怒らないで」
「ナツミは眠っているだけだ。安心しろ。今、目を覚まさせる」

 ライは、ナツミの額にキスをした。
 シズカとはるがそれぞれ顔を赤くし、はるは目を背ける。
 ナツミは目を開け、ゆっくりと周りを見渡した。

「なつみん、大丈夫?」

 ライの腕から降ろされ立ち上がった。
 控えめな笑みを浮かべてシズカとはるに大丈夫だと告げる。
 そうこうしていると、暗闇から溶け出すようにイアルとキリクが姿を現しライのそばに控えた。

「さぁ、行くとしよう」

 ライが、そういうとシズカがライを引きとめた。ライが首をかしげる。

「うち、気絶してたからわからないんだけど…お前たちは一体なに??」
「ライ様に向かってお前というとは、お前も罪深き姫君だな。海原の姫よ」

 イアルがギロリとシズカを睨み据える。シズカも負けじとイアルをにらんだ。
 2人の間に火花が飛び散る。
 そんな様子にあわあわとはるがうろたえているとライがイアルを止めた。

「すまない。すっかり自己紹介が遅れた。俺はライ…ライ・ダーリス・ディーオだ。ライと呼んでくれていい。シズカと睨み合っていたのがイアル」
「イアル・オスクロ・アテンダント。ライ様にお使いする従者です」

 そういってイアルは頭をさげる。
 ライがキリクに目を向ける。
 キリクもナツミたちの前に出て人の良さそうな笑みを浮かべる。

「僕はキリク。キリク・ザラーム・バルレです。イアルと同様ライ様にお使いしております。
 ナツミ様が記憶を戻されれば思い出すと思われますので先に言わせていただきますと、僕はナツミ様と幼馴染にございます」

 3人は、しばらくしてから驚きの声をあげる。
 記憶をなくしているとはいえ、ナツミも驚きだ。

「イアルとキリクは今言ったように俺につかえている。俺は闇の世界の王だからな。
 このことは、記憶が戻ってから話そう。そして俺は、もういう資格などないかもしれないが…ナツミ、お前の正当なる父親だ」

 月明かりを背にライは懐かしそうに笑う。
 愛しい愛娘に会えた喜びがにじみ出ていた。
 しかし、当の本人はのみこめないようでシズカとはるを交互に見て困惑している。
 そんな様子をみてイアルがライに言う。

「ライ様、やはり今の姫君たちでは理解することに無理があるようです。
 この話は記憶を取り戻し落ち着かれてからにしてはいかがでしょうか?」
「そうだな。では、イアルはヴァンパイア界に道をつなげ」

 イアルはライの指示に従い壁に手をあて目をつぶった。
 ふとイアルが目を開くと目が輝いている。3人はおびえた。
 そんな様子をみてライはため息をつく。

「まだ信じきれてはいないな…それなら、みせてやろう」

 ライが目を閉じる。
 そして、ライが次に目を開けたときライの瞳は金色に輝いていた。
 それを見た3人は、とうとう耐えられなくなり意識を手放した。
 度を超えた恐怖と驚きで頭がパンクしてしまったようだ。

「ライ様っ…」

 キリクが咎めるがライはおかまいなしにナツミを抱える。
 キリクは困ったと言わんばかりに眉根をよせつつシズカとはるを抱える。
 ライはふと足元に落ちた水をみてナツミに目をやる。
 ナツミの頬には涙がこぼれた跡があった。

 ライは複雑な気持ちだった。
 娘を人間界におくることになったのは自分のせいだ。
 ナツミに再び会えたのはうれしい。
 だけど、ナツミをヴァンパイアに戻すということは辛い過去の記憶を戻すということ…今は亡きナツミの母・カエデもよくは思っていないだろう。

 イアルのつくったヴァンパイア界に繋がる扉に足を踏み入れる。
 その道に足を踏み入れたことで3人の親しかった友人も家族も3人のことを忘れた。
 どれだけ深いかかわりでも一瞬にして3人は人間界での存在もみんなの記憶からも消え去ってしまった。

 それと同時に彼女たち3人は自分の力で人間界側に戻ることも人間に戻ることもできなくなりヴァンパイア界でヴァンパイアとして生きなければならなくなってしまった。

「戻したくはなかった…こんな場所に。…辛い記憶も忘れていてほしかった」

 娘を抱きながら、ライは目を伏せて「すまない」といった。
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