小説内容
□第一話
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ナツミもはるもライに目を奪われていると、ライがそれに気づきゆっくりと口元に笑みを浮かべる。
そんな麗しい笑みに鳴りやまない激しい鼓動を抑えようとしているとライという人が、とんでもないことを口にした。
「大きくなったな、ナツミ」
「……はい???」
ナツミは間抜けな声を出してライを見た。
こんなきれいな知り合いがいただろうか…いたなら、とっくにきづいているはず…などと思いを巡らせていると、はるがナツミに質問を投げかけてきた。
「なつみん、知り合い??」
どう考えてもこんな知り合いはいない。
いくら遠い親戚だろうとこんな美男子は私の家系にはいないだろう…。
「まさかっ!!そんなことあるわけない!!だれよ…?」
「えっーー!?」
はるが驚きの声をあげナツミが訝しげにライをみると、ライは困った笑みを浮かべた。
「記憶がないのだからわかるはずもない…」
目を伏せがちにしつつどこか切なげな微笑みをたたえて、いつからいたであろう男性に気絶している男子生徒の始末をするように伝えた。
急にあらわれた男性に驚きながらも、それ以上に始末という言葉にナツミもはるも目を見開かせた。
「始末って…」
はるは、そういって青ざめた顔をした。
そんなはるをみた始末の指示された男が目をすがめながら迷惑そうに言った。
「殺しはしません。変に解釈するのはよしていただきたい。ただ、記憶を消すだけです。大地の姫君よ…」
「よかったぁ…って、はい?」
「よせ、イアル」
困惑するはるをみるなりライはイアルというキリクと同様、主従関係にあると思われる人をとがめた。
イアルを注意し終えるとライはため息をついた。
「出来れば、こんな目覚めなどお前たちにして欲しくはなかった」
「ライ様、お気持ちは分かりますが早々にきり上げなければ人間に見つかります」
イアルの冷静な態度に頷きつつ、ライは気持ちを切り替えたようでナツミとはるをみるなり真剣な顔になった。
「人に見つかる前に簡単に話す。率直に言うがお前たちは人間ではなくヴァンパイアだ。俺たち3人も、れっきとしたヴァンパイア。
信じられないかもしれないがこの女が何よりの証拠。お前たちも自分の体の異変が起き始めているのはわかっているはずだ。この気絶している女が先に目覚めかけただけで、お前たち2人もいずれこうなる」
2人は淡々というライの言葉を簡単には信じられなかった。
確かに自分たちの体に異変が起きているのは分かっている。
だけど、それはヴァンパイアとして目覚めつつあるからだ、などと言われても理解しがたいことだった。
はるはいてもたってもいられず顔をあげてライを見据えた。
「たとえ…仮にそうだったとしても、なんで見ず知らずの人からそんなことを言われなければならないんですか…?!いきなり言われて信じられるはずがないじゃないですか!!」
いつのまにか、はるの目から涙がこぼれ落ちていた。
怒るはるを自分たちをヴァンパイアだという3人は責めることしなかった。
イアルは、冷たい視線を向けていたがライの手前上なのか何も言わない。
「あの…はるの言うことは最もだと思います。私も理解できてないです…」
その言葉に、なぜかキリクが目を揺るがせた。
けれど何も言うことなく目をそらした。
気になったがナツミは話をつづけた。
「それに私たちには家族がいる…。人間の家族が。私たちがヴァンパイアだというなら、なんで人間の家族がいるんですか??」
「それは、簡単なことだ。俺たちヴァンパイアは、人間の記憶を都合よく変えることが出来る。
その血を吸われた男の記憶を変えさせて貰うがそれをみていればわかる…イアル記憶を」
ライの言葉に半信半疑になっていると、記憶の書き換えを命じられたイアルが男子生徒に近寄り額に手をかざした。
すると、淡い光が男子生徒の額で輝いた。しばらく、その状態のままだったが光が消えるとイアルはライに視線をおくった。
どうやらやるべきことが終わったようだった。
そうして、ライは2人に向き直る。
「これで分かっただろう。おとぎ話でもなんでもない…。事実だ。お前たちをヴァンパイアの世界に連れ戻す。それが今日ここに俺たちが来た理由だ」
はるは、力なくその場に座りこんだ。
本当に男子生徒の記憶が書きかえられているのかは定かではない…けれど、どうしてもこの3人のヴァンパイアが嘘をついているようにも思えなかった。
ナツミも否定したいけれど、血の匂いに敏感になる自分のことを考えると目をそらすことが出来なかった。
落胆する2人を見ながらライは気遣いながらも言った。
「ヴァンパイアとして目覚めれば、人間界にいると辛くなる。人間界はヴァンパイアにとって餌の溜まり場でしかないからな」
ライの気遣いにも、はるは首を横に振る。
受け入れられない…そんな表情で。
「今の…今の家族はどうなるんですか?私たちが急にいなくなったら…!」
行き場のない感情をぶつけるように、はるはライに言うがライの冷たい言葉がはるの言葉を遮る。
冷静に、そして残酷な事実をつきつけてくる。
目をそらすことは出来ないとでも言うように…。
「心配ない。お前たちが人間界から消えた時点でお前たちに関わった全てのものたちの記憶から、お前たちのことは抜け落ちる。
そう、ちょうどお前たちがこの世界にきて塗り替えられた偽りの時間が消えるだけだ」
私たちは関わった人たちの記憶から消える。 はるは、もう意気消沈とした様子で俯いていた。
私は泣くことも否定することも信じることも出来なくて、目の前にいるライをただみていた。
ライがスッと手をさしだしてくる。
「帰ろう…ナツミ。ヴァンパイアの世界に」
「あっ…私…」
ライの手を取れば、この世界にいることは叶わないだろう。
家族や友だち、みんなの中から自分のことがきえてしまうのは辛かった。
でも、ここにいればシズカのようになり、その人たちを傷つけてしまうかもしれないと思うと、それもそれで辛いことだと思った。
その人たちを傷つけないために選ばなければならない。
「時間を…ください」
ナツミの言葉にキリクが少し怒ったような声をあげた。
「ナツミ!ナツミには、もうそんなに時間がない!自分でも分かってるよね!?」
キリクは私の名前を知っているようだった。 感情的になるキリクをライがなだめる。
神妙な顔つきでライはナツミとはるを見つめ判断をくだす。
「今日の深夜…それまでが、お前たちに許される時間だ。また、迎えにくる」
「シズカさんは…」
はるは、気を失っているシズカをみた。
シズカだって、きっとやりたいことがあるはずだ。
目覚めかけていて、いつ血を吸いたい衝動にかられるか分からない…でも、いきなりのことにシズカだって困るだろう。
「吸血衝動を少しの間止めることは可能だ…」
「なら、シズカさんにそれをしてあげてください!」
はるが頼むとライは腰にさしてある剣を抜いた。
ナツミもはるも後ずさる。
剣なんてものをみたことはなかったから、恐ろしくて仕方ない。
ふるえる2人をみてライは笑う。
「お前たちに危害を加えたりしない。俺の血をシズカにやるだけだ」
そうして、ライは自分の腕をさくと血を流した。
キリクの抱えるシズカに寄ると血を口に流した。
「俺は、力の強いヴァンパイアだから俺の血をのめば少しは飢えの衝動を抑えられる」
キリクはシズカを床に寝かせた。
「深夜必ずくる…」とライは言い残し3人は、その場から消えてしまった。
それから、しばらくして男子生徒が目覚めたがシズカに襲われた記憶は消えていた。
シズカもゆっくりと目を開ける。
「うち…」
「しず、起きた?」
いつものように元気のないナツミとはるをみてシズカは何かがあったことを悟った。
自分の体も、いつも寝ただけで体は楽にはならないのに不思議なほどに体が楽になっている。
それから、ナツミとはるはシズカに起きた出来事を話した。
シズカは2人の話を信じていた。
2人といるのは、とても長い。
どれが本当で嘘かぐらいわかる。
信じたくはないけど、自分の体を思えば分かる。
文化祭は、こうして幕をおろすことになる。 3人は、自分のするべきことのためにそれぞれの家路についた。