小説内容

□第一話
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 優しげな小さな手が俺の顔をつつむ。
 温かいその手は、いつしか俺の頬を離れた。

 手を伸ばして、俺の頬に触れるものに触れようとするが届かない。
 言いようの無い辛さが胸に広がる。
 できるのなら追いかけたい…でも出来ないんだ…俺は、ここに縛られているから。

 ふと目が覚めた。
 じんわりと心に広がる切なさを感じリバルは目を伏せた。
 忘れていたはずの気持ちが思い出されて少し苦しい。

「リバル様…」

 テナが俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。
 そこまで俺は変な顔をしているのだろうか?
 昔の夢を見ていただけだというのに…。

「大丈夫だ。別に何かあった訳じゃない」
「そうですか…。これ、お水です」

 手渡された水の入ったコップを見つめた。
 ユラユラと情けない顔をした自分がうつっている。
 それを見て納得がいった。
 こんな顔をしていれば心配性のテナが不安そうな顔をするのは当たり前だ。

「水、ありがとな」

 コップに入った水を飲みほしテナに渡した。
 俺の顔がいつものような表情に戻ったからかテナは安心した様子で部屋を出て行った。

 もう1度ベッドに横たわる。
 見慣れた天井、空間、そしてこの空気。
 イヤというほど俺はここにいる。
 この世界に縛られたまま、どの世界にも行けずに。
 自分の力で作り出した分身を送り出す事しか出来ない。
 分身が見ている世界を見る事は出来ても、自らそこに行くという事は出来ない。
 それは、大神としてこの世界に縛られているからだ。

 はじめは自由になりたいと思った。
 こんな場所に縛られているのがイヤで外の世界に何度も行こうとした。
 でも出来なかった。
 何度やってもこの世界から出る事はかなわなかった。
 そのうち、俺はこの世界から出る事を望まなくなった。
 あがいても無駄だと分かったから。

「ライ…俺はお前が…」

 リバルの顔が憎しみと妬みに歪む。
 でも、それはすぐに消え口元には笑みが浮かんだ。

 外の世界に行けなくても出来る事はいっぱいある。
 ライたちという駒を使ってのゲームはとても楽しいものだった。
 ライを狂わせ世界を乱し、いろんな奴らが死んでいく様は楽しみでしかなかった。

 そして今、もう1つのゲームをしている。
 新たな駒を使って…。
 でも思い通りにならないものもある。
 俺の心もそいつになると、ひるんでしまう。
 乱してやろうとするけれど、逆に自分の心が翻弄されてばかりだ。

「どんな手を使っても…」

 そう言って目をつむった。
 自分にも大切な者がいるというのは分かる。
 でも、それは恋というものなのかどうかは分からない。
 ただ大切なんだ。守らなければと思うほど…。

「俺の事を思い出したら…おまえはどうなる?ナツミ…」

 今は俺のことを忘れているナツミ。
 思い出して真実を知ったら、ナツミは俺を憎むだろうか…殺そうとするだろうか…そう考えると胸が軋むように痛む。

「俺はただ…」

 自由になりたいだけ…。 
 悲しげにつぶやいた言葉は闇に解けて消えた。
 自分のしなければならない事は分かっている。
 たとえ嫌われてしまおうと、かまわない。
 自分の役目を全うするだけだ。

 そうしてリバルは、また深い眠りへと誘われていく。
 眠りにつく中でリバルは思った。
 自分の思いも心に決めている事も…。
 俺の抱いている悲しみも、誰にも届かなくていいと…。
 これは俺の中に秘めていれば良いと思った。

(俺が本当に大切に思っているものは1つだ…それが傷つかなければそれで良い)


 ライは共有スペースであるリビングにいた。
 窓にうち付ける雨を見つめて微動だにしないでいると、リークが部屋に入ってきた。

「あ〜、今日も雨かぁ…最近天気悪いな」

 大きく伸びをしながらソファのところに行くと勢いよく座った。
 ライは、そんなリークを見ながらソファを心配そうに見やる。

「大人しく座れよ…壊れる」
「んぁ?壊れねえよ。ハハハ」

 リークは悩みなど無いように笑う。
 そんなリークをライは、めでたいやつだと思いつつ またうち付ける雨に視線を送った。
 そんなライを見てリークはライに言った。
 
「何考えてんだ?」
「別に…」

 ライはリークの言葉に素っ気なく返答した。
 リークは軽く相づちをうつだけでそれ以上聞こうとはしなかった。
 それが、少し助かる。
 だれにも踏み込まれたくない事がある。
 今の俺が考えていた事だって、誰かに言えるようなものでもない。

「なあ、リーク」
 
 リークの名を呼ぶとリークは顔を上げて俺を見た。

「お前に悩みってあるか?」
「はぁっ?!」

 素っ頓狂な声を上げたリークは少しいらついたようでむくれた。
 その様子からするにリークも悩むらしい。
 リークはたまにこうやって幼さの残る姿をみせたりする。
 しかし、そんな幼さの残る顔から一転どこか遠くをみるような表情になった。
 
「俺は、はるちゃんのこと好きなんだ」
「それ俺に言うなよ…」
「言いたいけどさ…でも、言えないんだ」

 リークの心の痛みが伝わってくるようだった。
 胸苦しさが自分の心を覆うようだった。
 リークも辛い思いをしているらしい。
 リークは、はるに思いを伝えられない理由を言わなかった。
 ただ、思い悩むように一点に集中し、考え込んでいるようだった。

 むやみに自分の思いを伝えれば良いという訳ではないようだった。
 きっと、それはスカルにも言える事だろう…。


 そのころ、スカルは自室の窓から降りしきる雨を見ていた。
 これから自分がどうしていくべきかを考えつつ。

 シズカは守られているだけではいないだろう…。
 どんな敵だろうと真っ向から挑んでいくに違いない。
 シズカは嫌がった。俺に守られていく事を…。
 何故かは知らない。
 でも、やめてくれと言ったシズカの顔は悲しみに満ちていた。
 それでも、俺は身を呈して守る。
 シズカが生きていれば良い。
 俺の命なんていらない。
 シズカが生きていられるのならいくらでもこの命を差し出せる。
 それほど大切な存在だから。

 これを気づかれてはいけない…。
 シズカには分かったと告げたとしても、その時になったら俺は間違いなく自分のしたいようにするだろう。
 それでいい…。

 スカルはそう心の中にしまい込み目を閉じた。


 はるは自室で小さくため息をついていた。
 リークと緑木と遊んでいた頃を思い出して懐かしくなった。
 でも、それと同時に2人が自分を守る為にライと戦って傷だらけになっている姿が頭に浮かぶ。
 私は、ただ震えるばかりで何も出来なかった。

 リークが言った事を思い出してしまう。
 『俺も緑木もお前が好きだから…』
 その言葉を思い出すと体がカアッと暑くなる。

 それは恋愛じゃない。幼なじみとしてという意味だと自分に言い聞かせた。
 いくらなんでもうぬぼれすぎだ…。
 そんな事を考えているわけにはいかない。
 自分が足手まといにならないためにも強くなる事は必要だ。

 平和で過ごせるならそれで良い。
 けれど、ずっと続くとは思えない。
 ライの力が暴走するかもしれない。
 他にもセトナとオレドのような少し危険そうな人たちもいるかもしれない。
 
 いつどんな危険が自分たちを襲うのか分からない。
 力を有する以上、戦いは確実に起こるのだから。
 
 リークは許してはくれないだろう。
 私が戦う事を…。
 でも、小さかった時のように何も出来ないのはイヤなのだ。

「なつみんもシズカさんも、どんどん強くなってる…」

 自分が2人よりも劣っているのは分かる。
 でもどんどん2人に引き離されていくのは辛かった。
 これではまた、あの時と同じようにみんなが傷ついていくのを見る事しか出来なくなってしまう。

「それだけは…」

 頬を涙がつたった。
 自分が不甲斐なかったせいで今、緑木がいない。
 深い傷を負ったのは自分のせいだ。
 緑木の傷はもう癒えただろうか…いつ目が覚めるのだろうか。

 緑木が起きたら、私は謝りにいかなければならない。

 はるの胸中は、自分への不甲斐なさと緑木の心配で締め付けられるばかりだった。


 そのころスイルは雨にうたれていた。
 自分の部屋から外に出れば誰にも何も言われなくてすむ。
 雨にうたれながらじっと手すりを見つめた。

 ナツミのことになると感情的になってしまう事が多い。
 自分でもとめれない程に冷酷になる。
 もしナツミが傷ついてしまったら相手をどう殺すかは分からない。
 自分を保てず、おそらく見るも無惨な形にしてしまうという事は容易に分かる事だ。

(たとえ誰であっても…)

 じわりと心の中に冷たさが広がった。
 生まれた時から持っていた闇の心は今も強くあり続けている。
 大切な者が無事なら、それでもいい。
 冷酷であろうと残酷であろうと…。
 なんと言われようがかまわない。

 ずっと闇の心におびえていた。
 スカルを見るたびに前のような憎しみを少しだが感じてしまっていた。
 もう憎みたくないと思っているのに心がいう事をきいてくれなかったりする。

(でも、これを力に変えられるなら…)

 冷たく相手に情けをかけずに戦えるのなら楽なものだ。
 相手が泣き叫んで命をこうとしても俺はためらう事なく殺せる。
 スイルは憎しみを力に変えることが少しずつだが出来るようになってきた。
 …といっても憎しみに身を任せて戦うことと言った方が正しいかもしれない。

 スイルはひとしきり雨を浴びると部屋に入った。
 床が濡れ、それをぼんやりして見ていると扉をノックする音が聞こえた。
 何も考えずにあけると、そこにナツミが立っていた。
 口を少し開け驚いているようだった。

「どうしたの?」

 そう聞くと我にかえったように瞬きを繰り返すと急に部屋に入るなり、大きなタオルを手に持った。
 そして、僕の所までくるといきなり髪にタオルをかぶせた。
 
「風邪引く!」

 ナツミの言葉に逆にスイルは呆然としてしまった。
 座ってと言われ、言われるがままにいすに座った。
 すると、すごい勢いで僕の髪の毛をふき始めた。

「い、いたいっ…」
「もう…」

 少し手荒さを感じるがスイルはふと微笑んでしまった。
 昔、母に同じように髪を拭かれた事を思い出していた。
 
「何笑ってんの?」

 少し引いたように顔を引きつらせながらナツミは聞いてきた。
 
「どうして君はそんなに温かいんだろうね」

 その言葉に不思議そうな顔をするナツミ。
 ほんと…君は、いつもなんで、僕をこういう気持ちにさせてくれるんだろう…。
 いつもどんな時だって僕を支えてくれる。
 光になっている。
 僕はそんな君に救われ続けているんだよ。

 そう思ってナツミの方を見て頬に触れた。
 ナツミの頬がほんのり赤く染まる。
 あぁ…かわいいな。
 
「なんで君は…」

 冷えた体が心の方から、あたたかくなっていく。
 そして思う。
 雨に打たれながら考えていた事を…。
 その時にした決意が固く揺るぎない物にかわっていくのを感じた。

 スイルの目に鋭い光が宿る。
 ナツミは、そんなスイルに気づくことなくタオルでスイルの髪を拭き続ける。
 
(必ず…俺はナツミを守るよ)

 あたたかな光が消えてしまわぬように。
 光にはずっと輝いていてほしい。
 悲しみにくれる事なく…いつまでも…。
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