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□青城節分奇譚
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※キャラ崩壊+及川が不憫



今日は2月3日の冬と春の分かれ目、節分である。


「及川先輩!」


青城男子バレーボール部のマネージャー、ポリエチレンは目を輝かせながらそう呼びかけた。


「ん?どうしたの?」


そんな可愛い後輩の女の子に及川は頬を緩ませて返事をする。



するとその少女はあのですね、と相変わらず嬉々とした様子で及川に尋ねた。


「今日が何の日か知ってますか⁉︎」


「えっ?」



いくら近年廃れつつある風習だとはいえ、今日が節分というの当然及川も知っている。


しかし、わざわざ質問してくるということは何か意味があるのかもしれない、そう考えた及川は敢えて違う回答をすることにした。



「なんだろう?ポリちゃんの誕生日……とか?」


「ざんねーん、違います!今日はですねー節分ですよ!」



あまりにも当たり前過ぎる正解を悪戯っぽい笑顔で答えるエチレンに及川は彼女の将来が心配になった。


そんな彼を他所に彼女はもう一度節分ですよっ!と繰り返した。



「知ってるよ!それがどうしたのさ⁉︎」


「撒きましょう!豆!」


さっきよりも更に爛々とした瞳を及川に向けるエチレン。


まるで小学生のようだ。


彼女の異常に節分に拘る様子に及川は少しばかり嫌な予感がした。


「撒かないよ!俺らにそんな暇ないの!ね、岩ちゃん。」



近くにいた岩泉に話を振ると、彼ははぁ?と顔を顰めた。


「別にいいんじゃねぇの?ポリがやりたいって言ってんだし。つーか春高も終わったし大学も推薦で受かったんだから暇だろ。」


彼がそう答えると、少し遠くで聞いていた花巻や国見も便乗してきた。


「そうそう、俺たち3年がポリの我儘聞いてあげられるのも最後だし。」


「俺も豆撒くのに賛成です。」


多勢に無勢とはまさにこのことだろう。


及川の他に誰もエチレンに反対する者はいなかった。




「皆してさぁ!どうせ俺に投げるつもりでしょ!ヤダよ!」


しかし、それでもなお断固拒否を続ける及川。


無理もない。ハンターが獲物を狙うかのような視線を背中にヒシヒシと感じているのだから。


なかなか許可を出さない彼に痺れを切らしたエチレンは、ダメ押しとばかりに説得を試みた。



「世界一カッコイイ及川先輩に世界一カッコイイ鬼をしてもらいたかったんですけどね……。残念です。」


少し悄気た風な彼女の表情が及川の胸にジクジクと刺さる。



「わ、わかったよ!やるから!」


及川が思わず了承すると、彼女は本日最高の笑顔を浮かべた。


「えへへ!ありがとうございます!豆持ってきますね。」


「うん…もう何でもいいよ。」



それから、エチレンは小分けに詰められた大豆を鞄から取り出した。



それを見て及川はほっと胸を撫で下ろした。


成る程、確かにそれなら袋内部のスペースがクッションとなるから痛くない。



よかったよかったと安堵に浸っていると、花巻が口を開いた。



「あれ?大豆投げんの?珍しいね。」



「あっ!間違えました!ちょっと待ってて下さい!」


そう言って大慌てで取りに戻ったエチレン。


皆の所に帰ってきた彼女の手にはお徳用の袋に大量に詰められた落花生が抱えられてた。


「あ、大豆にしてくれるなんて優しいな、とか思ったのに!やっぱ落花生かよ!それ絶対痛いよね⁉︎」


及川がそうツッコミを入れると、彼女は東北は落花生でしょう、と何言ってんだこいつみたいな瞳で及川を見つめながら返した。



「じゃあ何で大豆持ってきたの⁉︎」


「観賞用です。気分だけでも関東を…。」


「それ投げればいいじゃん!」


「ごたごた煩いですねー。落花生に対する裏切りなんて許しませんよ。では岩泉先輩どうぞ!」



彼女の合図とともに、全力投球される落花生。


バレーボールで鍛えられた岩泉の剛腕から放たれたソレは、もの凄い勢いで及川に命中した。



「えっ⁉︎ちょ、岩ちゃん、やめてよ!フルスイングとか!痛いから!!」



「あぁ?お前にフルスイング以外でどう投げろっつーんだよ。」



普段からいろいろ投げられてる癖に半泣きになっている及川にバカにしたような視線を送る岩泉。


そんな二人を見て、他のメンバーも手に落花生を構えた。


及川はそのことに気付かずにまだグチグチと文句を言っている。


「全く、節分ってそういう行事じゃないよね。大体何で俺が鬼なんだよ
……って、いっだ!誰だよ今投げたヤツ!え⁉︎全員ってなにそれイジメ⁉︎」


「え、何か面白そうだなと思ったんで。」


「国見ちゃん⁉︎酷いよ!マッキーにまっつんにポリちゃんも!」



投げなかったのは渡と矢巾、そして金田一の3人だ。


流石に後輩だからと遠慮したのだろう。


それに比べて国見とエチレンは先輩後輩お構いなしに落花生を投げつけて来るなんて、いくら何でも酷すぎる…と及川は思った。



「皆さぁ、俺のこと主将って思ってないデショ…。」


もういいもん、と身長180オーバーの男がするには些か可愛らしすぎるいじけ方をする及川に、エチレンはとたとたと歩み寄っていった。



「あの、及川先輩…。調子に乗り過ぎました。すみません。」


「ホントだよ。痛いんだけど。」


「先輩方とバカやれるのももう残り僅かなんだなぁと思うとついはしゃいでしまったんです。すみません。」


眉尻を下げ、薄っすらと瞳に涙すら浮かべているエチレンの表情を見て及川は思わずドキッとした。


まさか泣かせてしまったのだろうか。


「そ、そんな気にしないでいいよ!俺こそごめんね。ポリちゃんがそんなにも及川さんが居なくなるのを寂しく思ってるなんて気が付かなくって。」


俯く彼女をあやすように慰めの言葉を口にすると、彼女は肩を震わせた。



「及川先輩………隙あり!」


彼女は泣いていた訳ではなかった。


寧ろ及川に豆を投げる機会を虎視眈々と窺っていたのだ。


不意打ちを受けて怯む及川。その顔は折角のイケメンが台無しになるくらい呆気に取られてた。



「ちょっと!今のは感動シーンだったじゃん!もー、ポリちゃんは最後まで連れないなぁ!」


及川はプンスカと怒っているが、他の人々は笑顔を浮かべていた。



「やっぱり及川先輩には感傷に浸ってる顔なんて似合いませんね!さぁ、笑って笑って。笑う門には福来たる、ですよ!」



彼女は及川がここ数日、3年間の部活での日々を思い出してはセンチメンタルになっていた事に気が付いていたのだ。


全く、なんとも回りくどい後輩だ。


こんな方法で笑顔にさせようなんて。


「笑える訳ないデショ。こんな痛い思いしてさぁ。後輩にまで豆をぶつけられるなんて、ほんっと最悪だよ。……卒業式ではそんな情けない顔見せないでよね。」


及川は、そう憎まれ口を叩くと飛びっきりの笑顔で出かかった涙を塗り潰した。

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