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□口から広がるアネステジー
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私の彼氏である高尾和成は顔よし、性格よし、運動神経よし、ついでに頭も悪くはなくコミュ力の塊というハイスペック彼氏である。



彼が街を練り歩いたりなんかした日には通りすがる女の子全員がチラ見すること間違いなし。



まあ、今話題のシャラシャラしたモデルよりかはマシなのだろうが、それでも一緒にいて心地悪いことこの上ない。



そんな彼が何故、然程可愛くも無ければ特別頭や運動神経が良いわけでく、さらに言えば愛嬌も無い私と付き合ってるのかといえば…。



私にもわからない。



本当、ここ数ヶ月の解けない疑問である。



私が男だったら間違いなく彼女にはしないだろう。物好きもいるものだ。





出会いは確か私のバイト先のコンビニだった気がする。



妹のために買うのにどのスイーツがいいか聞かれたのが会話のキッカケだった。



私は正直コンビニスイーツなんてどれも変わらないという考えの持ち主なので、取り敢えず同僚が美味しいと言ってた物を薦めたところ、妹ののみならず本人も気に入ったらしく足繁く通っては話しかけてくるようになった。


それからまあ、共通の趣味であるトレカや同じ学校、同い年ということも手伝ってか仲良くなり今に至るというわけだが。



一体全体、私のどこに好きになる要素があったのだろうか?




本音を言えば、大変失礼ながら私は和成のことが特別大好きというわけではない。



告白されて断る理由もないから受け入れただけの話だ。


尤も、その告白も「なー、俺ら付き合わね?」みたいな感じだったのだけど。


無論彼の事は嫌いじゃないし、なんだかんだ言って一緒にいると安心感があるのも確かだ。



しかし、私なんかが彼の隣に居ても良いのか?和成は本当に私の事が好きなのか?という疑念は拭えないでいるのが現状である。





「ハァ…恋って何なんだろう…。」



「は?アンタ彼氏いるでしょ。何言ってんのよ。」



ぼけーっと考え事をしていたら声に出てたらしい。友達のミカエルこと美夏が突っ込んできた。




「まあそうなんだけどさ。」



「ムカつくわー。……でも最近エチレンずっと辛気臭い顔してるよね。悩みでもあるの?」


「うん。彼氏のスペックが高過ぎて…。」



「死ね。自慢か?え?なに、非リアに対する嫌味?マジでアンタと友達辞めたいわ。」



「えぇぇええ!?やだよ!私にはミカエルだけよ!」




そんな冗談を言い合いながらギャアギャアと巫山戯合う。



やっぱりいいな。こういう感じ。



自分は釣り合ってないなんて卑屈な劣等感を感じることなく過ごせるし。



私は解放感にも似た何かを得ていた。



しかしそれは、悩みの種である和成がやって来たことによって長くは続か無かった。



「なーに堂々と浮気してんだよ。エチレン!」



「ゲッ、和成…。」


「ちょ、それが折角来た彼氏にする反応かよ⁉︎ひっでぇー。」



「ワーシヌホドウレシイ。」



「棒読みすんなし。」



そんなこと言ったってさ。


今は、和成の顔を見ても嬉しくないのだから仕方ないじゃないか。



曇った私の双眼には、君の笑顔が偽りの仮面に見えるんだよ。




私たちのやり取りを見て何を勘違いしたのかミカエルは「ここでイチャイチャしないでよ。あー、もう居心地悪いな。あたし行くから。じゃあね。楽しんで。」と言って手をヒラヒラさせながら何処かへ去って行ってしまった。



ちょ、待って待って!



凄く和成の顔見辛いんですけど!



私は表情に出ないよう、心の中で深く溜息をついた。



和成は私の重い気持ちを理解する筈もなく、呑気に「なぁ、マジバ行こーぜ。」なんて言って飲み終えたジュースの紙パックを潰していた。




「いいねー…と言いたいとこだけど辞めとくわ。小テストの勉強しなきゃいけないし。」



「ブフォッ、エチレン頑張り過ぎだろ!ったく、あんま詰め過ぎて身体壊すなよ?」


「丈夫なのが取り柄ですから。行くならバスケ部の人と行きなよ。…ってか今日部活は⁉︎」


「ギャハハ、今更何言ってんだよ。今日オフだっつーの。だからエチレンとイチャイチャしよーと思ったのにさぁ。」




イチャイチャってなんだよ。イチャイチャって。



普段だってごく稀に手を繋ぐくらいじゃん。



私は「あっそ。」と冷たく受け流すと、足早に教室を出た。







*****




今日の私は教室でミカエルと駄弁るわけでもなければ家でネット三昧なわけでもない。



体育館、なんて場違いな所にいる。



周りを見渡すと数名の女子が居たが、直ぐに厳つい3年と思しき人に追い返されていた。



私も帰りたいんだけどなぁ…!



全く、何だって彼は私を練習見学に誘ったのだろうか。


私が居たってメリットなんて無いだろうに。


しかし行くと言った手前、途中で帰る訳にはいかないというものだ。



仕方なしに体育館の上から練習の様子を眺めていた。




「高尾、ボール寄越すのだよ。」



「わかってるって、エース様!」



和成は鮮やかに敵を躱すと緑間だか言う人にパスを回した。



凄い…。



思わず息を飲む。



それ程までに2人の一連の動作には無駄が無く、まるで洗練されたある種の芸術のようだった。





やっぱ和成の隣に居るべき人は私じゃない。


緑間君の様に人を魅せる人じゃなきゃ不相応なんだ。



そう思うと胸の奥がジクジクと痛んだ。


可笑しいな。




その後、ボンヤリと体育館を眺めているといつの間に着替えを済ませたらしい、和成が私の元にやって来た。



「おーい、どうしたんだよ?エチレン。ほら、帰んぞ!!」



「あっ、和成。あれ、終わってたの?」



「はぁ⁉︎まさか見てなかったのかよ⁉︎俺の勇姿!」



「あー見てた見てた。見てたから帰ろ。」



「ぜってぇ見てねーっしょ。ま、いいや。今度は試合で見せてやんよ!




彼はそう言うと二カッと笑った。


ねぇ、和成は何でそんなに眩しいの?



これ以上私に影を作らないで。



「うん……楽しみにしてるよ。」




無理矢理に笑顔を作ってそう答えると和成は「俺に惚れるなよ?」とかなんとか言って茶化して見せた。





*****



それから胸の奥に渦巻くモヤモヤは消えることなくいつまでも私に纏わり付いてきた。



しかも、私に起きた変化はそれだけではない。


今まではあまり気にすること無かった和成と緑間君の姿が嫌でも目に付くようになったのだ。



一体どういう風の吹き回しだろうか?


私は和成の事が特別好きな訳じゃ無いんでしょ?



なのに何でこんなことで掻き乱されてるのよ。



乙女か!



訳の分からないイライラを鎮めるためにチョコでも買おうと購買へ向かうと、途中で聞き慣れた声が耳に入ってきた。



「いーじゃん、美味いから食ってみろよ!」



「フン、そんな如何にも体に悪そうな菓子を誰が食うか。」



「へへーん、隙ありっ!」



「むぐっ、ん……。高尾!急に何するのだよ!」



「ビー⚫︎を真ちゃんの口に突っ込みました!美味いっしょ!?」


「……思っていたより不味くはない。」



「素直に美味いって言えよ!このツンデレめ!つーかさ、前から思ってたんだけどこのビ⚫︎ノのキャラって真ちゃんに似てね⁉︎やっべ、笑える。」


「に、似てないのだよ!」




そんな会話を繰り広げている彼らは一目見ただけで気心知れた間柄なのだと理解できた。


だって和成があんなに楽しそうに笑ってるもの。


それと同時によくわからない、あのモヤモヤした感情が一層酷く私の心を侵食した。


隣に居る緑間君が憎たらしく見える。


……もしかして、これが嫉妬ってやつ?



だとしたら私は相当心が矮小な人間じゃないか。



相手は男なのに嫉妬なんて虚しくて穢い感情を持つなんて。



だけどここでやっと合点がいった。



そっか、私は自分が思ってたよりも和成の事が好きだったんだ。



好きだからこそ、和成が私を好きじゃなかったって知った時、私を嫌いになった時に傷つきたくなかった。



だから私は彼の事は好きじゃない、なんて予防線張って気持ちをとじこめいた。



あぁ、私ってなんて狡い人間なんだろうか。自分で自分が嫌になる。




でも、気づけたんだから。


今からでも遅くない。伝えよう。






「和成!」



緑間君と和成が居る所に躍り出る。



2人は呆気に取られたような顔をしていたが、構うもんか。




「放課後に話があるから。部活終わった後に教室に来て!」




私はそれだけ言うと相手の顔もまともに見ずに逃げ帰った。




今まで何とも無かったのに。



好きって自覚した途端、急に和成の顔を見るのが恥ずかしくなってきた。



皆よくこんな状態で付き合えるよな。



私は暫くは慣れそうに無いや。






*****




誰も居ない教室。



先程まで差し込んでいた西陽は何処へ行ったのやら、室内はすっかり薄暗くなってしまった。




日が沈むたびに、時計の長針が揺れるたびに、私の鼓動は少しずつその速度を上げている。



告白がこんなに緊張するものだとは思わなかった。



和成はどうだったんだろうか。



何を思って私に付き合おうといったのだろうか。



そんな考えばかりがぐるぐると堂々巡りしている。



余計な事考えるな、私。



和成がどう思っていようが伝えるって決めたんでしょ。



逃げるな。



自分を叱責する意味を込めて両頬をバチンと叩く。


鈍い痛みと共にジンワリと熱が広まって行った。



よし、準備OKだ。



喝を入れ終わると、タイミング良くガラガラと戸が開く音が聞こえてきた。



「わりー、遅くなっちまった!で、話ってどうしたの?」



和成は急いで来たのか息を切らし、その額には薄っすらと汗が滲んでいた。



「ううん、大丈夫。……あのね、……私と、別れてください!」



私がそう言い切ると束の間の沈黙がこの場を支配した。



その沈黙を破ったのは私ではない。和成だ。



「やっぱソレか…。エチレン、俺と居てもいつも何処かつまらなそうっつーか嬉しくなさそうだったもんな。そんな気がしてた。…なんかごめんな?ダメな彼氏でさ。」



和成は明るく笑い飛ばそうとしているみたいだったけど、その声は震えていて無理に笑みを作ろうとしていた。



違う、ダメな彼氏なんかじゃない。



私は君を傷つけたいわけじゃ無いんだ。



でも、気持ちを伝えるにはこの関係を断ち切らなきゃいけないの。



彼女としてじゃなくて“私”として君に伝えるんだ。




「じゃあ俺行くわ。」


和成は何の反応も示さない私に諦めを感じたのか、重そうなエナメルを肩に掛けると教室を出ようとした。



これがラストチャンスだ。


言え!私!



「待って!あ、あの、一つだけお願いがあるの。」



「お願い?」



「ホント、嫌なら断って!寧ろ断ってください。別れて欲しい何て言っといて自分勝手だとは分かってるから。」



「あー、内容によるかも。えっと何?」


「あの、その……、す…す、好きです!私と付き合ってください!」



「……えっ?」




元々パッチリとしてた瞳をこれでもかという程広げて驚く和成。



まあ、そりゃ、驚くだろう。



つい数分前に別れを切り出しておきながら告白してるのだもの。



驚かない方が可笑しい。



私は和成の反応を期待半分、不安半分を抱えながら待っていた。



すると、和成はとうとう……





泣き出した。




嗚咽を漏らすわけでもなく、ただ涙だけが彼の頬を伝っていた。



「あ、その、悪りぃ…。え?俺さっき振られたよな?」




コクリと頷く。




「……俺の事嫌いだから別れてって言ったんじゃねぇの?」



「違う!彼女っていう立場だから妥協してそう言ったんだって思われたくなかったの!ちゃんと、ポリエチレンの言葉として受け止めて欲しかった。」



ああ、こんなに劈くように声を荒げたのは初めてかもしれない。



私の心からの叫びは彼に届いたのだろうか。



心配に思いながら彼の顔を眺めていると、和成は向日葵のようにパアッと笑顔を咲かせた。



「やっべ、すっげぇー嬉しい。俺さ、エチレンは嫌々俺と付き合ってんじゃねーかってずっと不安だった。」



「う、それは本当にごめん。」



「謝んなよ!今めっちゃ熱烈な告白をしてくれたじゃん。コレを断る奴は居ねーっしょ!」



「…いいの?私取り柄なんてないよ?」



「エチレンじゃなきゃ嫌だから。」





面と向かってそんなことを言われると恥ずかしい。



赤く火照った顔を隠すために俯くと和成は「あのさ…」と躊躇いがちに言葉を紡ぎ出した。



「何?」



「キス…してもいい?」



「…それ聞いちゃう?」




和成は「エチレンだからな。」と言って自身の唇を以って私の唇を覆った。



ひと気の無い教室に響くリップ音。



触れた唇からは甘い熱がジンワリと広まっていった。



まるで麻酔のように。
















後書き


久々に小説を書いた気がします。


タイトルのアネステジーはフランス語で麻酔という意味らしいです。



ここまで読んでくださってありがとうございました!


成長の見られない駄文ですが、チマチマと書いていけたらなと思ってます!

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