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□Every Month
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※むっくんが結構女々しいです。





4月、初めて君を見た。



日本人離れした長身と、同じく日本人離れした艶のある葡萄色の髪の毛に視線が釘付けになったのを覚えている。


君の名は紫原敦。



キセキの世代と呼ばれる天才集団のうちの1人だということは、バスケに興味のない私でも知っていた。



そんな人目をよく引く君は私の手の届かない存在だってこと、ちゃんと弁えてた。




君の中に私が映ることは無いって分かってたよ。だから、私には関係ない、そう思ってた。



君との距離は教室三つ分。










5月、初めて君と言葉を交わした。



出会いは購買部。



パン争奪戦に弾き飛ばされた私に君が声をかけてくれたんだ。



「ねー、大丈夫ー?俺デカイし、パン取ってあげよーか?」



他者を圧倒するほどの外見とは裏腹に子供のようなあどけなさを感じさせる間延びした喋り方。


ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。



「はい、パンどーぞー。そういえばアンタ名前は?俺はねー、紫原敦っていうのー。」



「あ、ありがと!ポリエチレンです。よろしくね。紫原君。」






君にとっては何でもない事なんだろうけど私には特別な出来事だったんだよ。


これが恋だって気づくのには時間がかからなかった。



その日以降、君とは会ったら挨拶するくらいの関係にはなれた。



君との距離は約5m。







6月、君に告白された。



「ぽりちんさー、俺と付き合わない?アンタちっちゃいから生活大変でしょ?だからさー、俺といれば丁度いいと思うんだよねー。」



この時は実はからかわれてるんじゃないかって思ったりもしたけど、結局嬉しさが勝った。


なんて単純な脳細胞。



初めて一緒に帰るとき、私、緊張して上手く言葉が紡げなかったんだよね。



でも君はいつもと変わらない調子でさ。



「まいう棒のキャラメルゴーヤ味食べたー?食べてないならあげるー。」


そう言ってお菓子をくれたんだ。



この日は梅雨時ってこともあって雨がザーザー降りだった。



私は傘を隔てて君と歩くことが酷くもどかしかったんだ。




君との距離は約1m。




7月、君と手を繋ごうとしてみた。



「紫原君、手…繋がない?」



ドキドキと高鳴る心臓は今にもはち切れんばかりだった。



だけど、君の答えは私の心臓を一瞬で黙らせた。



「今お菓子で両手塞がってるから無理ー。」



確かに君はお菓子で満たされたスーパーの袋を両手に持っていた。


でも、恋人だから手ぐらい繋ぎたいじゃない。



私は曖昧に笑って目を伏せた。



すると、紫原君は「あー、んー、」と何やら唸ってから、


「袋のそっち側持ってくれるんならいーよー。」


と袋の持つところを此方に向けた。



手は繋げなかったけど、それでも君に近づけた気がして嬉しかった。



君との距離は30cm。





8月、君のことを名前で呼んでみた。



「あ、あのね、あつし…?」



「…っ!?な、名前で呼ぶなし!もーやだ、今日は1人で帰るからー。」



「あ、ごめん…。……紫原君、また明日。」



冷たくあしらわれてとても落ち込んだ。


嫌われたと思った。


今まで楽しかったことが全てイミテーションに思えて仕方なかった。



名前を呼んだだけじゃんって、思わなくもなかったけど、君を怒らせたって思いの方が圧倒的に強かった。




翌日、謝る為に君の教室へ行った。



酷く後悔することも知らずに。





「あ、あの紫原君…。」



扉付近で呼んでも、君はクラスの子と談笑していて気づきやしない。



「もぉ、あっくんお菓子食べ過ぎぃ。先輩に怒られちゃうよ?」



「別にー、いつものことだしー。」



「敦ー、明日ケーキバイキング行こーよ。」



「部活だから無理ー。今度ねー。」



君は他の女の子に名前で呼ばれても私には見せた反応は示さなかった。




驚いた、と同時に不思議と納得してしまった。


なんだ、やっぱり私の勘違いだったんだ。


君は私のことなんて好きでもなんでもなかったんだ。


私以外からは名前で呼ばれても怒らないなんて、決定的じゃん。



私は紫原君に謝ることをやめた。



もういいよ。


ばいばい。



ああ、夏の暑さにも腹が立つ。



君との距離は……測定不能。






9月、君の先輩に声をかけられた。




「やあ、敦の彼女さん…だよね?俺は同じ部活て2年の氷室辰也。よろしくね。」



ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべているその先輩は泣きぼくろが色っぽい美人さんだった。



だが、彼の言葉には語弊がある。


私はあの日以来紫原君と接触していないのに、どうして彼女だと言えよう。




私が極力避けているんだ。



もう何も知らなかった頃には戻れないから。




「“元"です。いや、元カノですらないかもしれませんが。」



自嘲気味にそう言うと、先輩は苦々しげに眉尻を下げた。



「……何かあったの?」




本当は言いたくない。


同情を買うようで嫌だから。



だけど、グレーの瞳が私に「隠し事は許さない」と言わんばかりに逃げ道を塞いだ。



「…紫原君にとっては私はクラスメイト以下の存在なんです。…失礼します。」



それだけ言ってその場を後にした。



先輩は何か言いたげだったけど、今度は私がそれを許さない。



もう、これ以上君のことは考えたくなかったんだ。





秋の夕暮れは醜い私の心とは対照的に美しかった。



君との距離は未だ変わらない。






10月も、11月も、君と話すことは無かった。



代わりに氷室先輩と話す機会が増えた。



「でね、その時福井先輩が岡村先輩のドリンクボトル投げてね。」



「ああー、何となく想像できます。」



彼はよくバスケ部の話をしてくれた。



私を気遣ってか紫原君のことは何も言わなかったけど。



先輩と話している時は気が楽だった。



君のこと考えなくて済むから。



だけど、先輩と話し終わって教室に帰る度に、私の隣に君が居ないのが、君の隣に私が居ないのがとても苦痛だった。



私はいつまで君に拘るつもりなんだろう。


もう終わったって割り切った筈なのに。


避けているのは自分の方なのに。



君と目が、言葉が交わされないのが悲しいなんて……我儘だ。




君との距離は遠のくばかり。
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