short

□モノノフ少女
1ページ/1ページ




私の名はポリエチレンだ。


部活は弓道部。趣味で剣道と柔道を嗜んでいる。



友人には奇人扱いを受けることが多いが、自分では至って普通だと思う。



と、私の紹介はさて置き。




私はここ1ヶ月、何かの病に侵されているような気がする。



理由も無く、突然に心の臓が鷲掴みされているかの如く痛むのだ。



それは大体同じ学級で、庭球部の副部長、真田弦一郎を視界に入れるときに起こる。



しかし、それは単なる偶然だろう。



何故なら私と奴との間には同級生である以外に何の接点も無いからだ。



奴が私の心臓に何か作用出来るのならば話は別だが、そんな非現実的な事はは到底不可能である。



では、一体どうして痛むのだろうか?



…まさか、生活習慣病という可能性はあり得ないだろう。



私は毎日9時就寝、4時起床を守っている。



食事は消費熱量を考慮して五代要素の均衡が取れた物を食している。



運動も部活や道場で身体を動かしているから不足している…と言うことは先ず無い。




ひと月ばかし考えたが、結局何の答えも想起されなかったので、仕方なく友人の礼央に意見を請うことに決めた。




「……と言うことなのだが、礼央はどう思う?」



「はぁ…アンタがそこまでバカだとは思ってなかったわ。」



「む…何だと?私はお前よりは成績いいぞ?」



「そーゆー問題じゃないの。全く…もー知らない。自分で考えなさいよ。」




どうやら彼女の気に障ったらしい。



済まない、と謝っても時既に遅しで。



礼央は綺麗に伸ばされた髪を1束掬い上げて枝毛の有無を確認すると彼氏の元に行ってしまった。




うぅむ…どうするか。



病院とも考えたが、そんな所に行った日には父さんに「貴様の自己管理がなっとらんからだろう!そんな軟弱に育てた覚えはない!」と叱責されるに決まってる。



私は手立てが見つからず、1人思考することに更けていた。



すると奇抜な輩が多いこの立海でも特によく目立つ銀髪が私の可視範囲内に入り込んできた。




「なんじゃ、お前さん悩み事かのぉ?」




こいつは…確か庭球部の阿修羅君だったか。



クラスも違えば部活動も違う訳で、全くと言っていいほど交流がない。



だが、女性に対してだらしがないという噂だけは耳にしている。



私の最も苦手とする類の男だ。



「何か用か?私は貴様のような浮ついたような人間が嫌いでな。用がなければ話し掛けないで頂きたいもんだ。阿修羅君よ。」






私が冷えた視線を交えながら尋ねると、阿修羅君はわざとらしく口を尖らせた。






「俺は仁王ぜよ。柳生に用があって来たんじゃが、どこか知らん?」



「柳生君は確か真田と共に風紀委員の集いに行ってるはずだ。」



「ほぉ、よくおまんが知っちょるな。」



「た、偶々だ。それより用は済んだだろ?早々に立ち退き願おう。」



そう言ったのだが、奴は何処からか椅子を持ち出して私の正面に座り込んだ。



「おい、聞こえなかったのか?」



私が不快感を露わにしてそう告げると阿修羅…じゃなくて仁王は口元に人差し指を当てて悪戯っぽく囁いた。


「迷える子羊を導くのも詐欺師の役目なり。さあ、相談してみんしゃい。恋の悩みなら何でも解決しちゃる。」


ぶっふぉ!



こ、こいつは何を言い出すんだ⁉︎


は、は、は破廉恥な!



「こ、ここここ恋?そんな物に現を抜かしている暇などない!!」



「お、その反応は大当たりじゃな?」


「断じて違う!」



ガタッと音を立てて立ち上がると周りの人たちが物珍しそうに此方を見てきた。



畜生、恥ずかしいじゃないか。


顔に熱が集まるのを感じつつも座り直すと目の前の仁王は口に手を当てて笑いを堪えていた。


貴様の所為だろ、という意を込めて睨みつける。


するといつ聴いても中学生の物とは思えない重低音が反響した。



「おい、仁王。ポリに何を言ったんだ?」



その声にまたあの心臓を掴まれるような感覚が襲いかかる。



く、やはり真田が何か関係しているのだろうか。



私は何でもないと告げてその場を立ち去った。



廊下に出ると流石に昼休み終了間際とあってか人は疎らだ。


居るのは教室が近い輩かサボタージュをしようとしてる連中だろう。



……そんなことはどうでもよくて。



問題は私のことだ。これは本格的に不味い。



顔が熱いから熱があるのかもしれない。



取り敢えず保健室に行くか…。



そう心に決め踵を返すも、不思議なことに顔の熱と胸の痛みは消え失せていた。



本当にどうしてしまったんだ?この身体は…。




屡々(しばしば)容体の変わる我が身に半ば呆れつつも元来た道を辿っていると、「おい。」と男子生徒に声をかけられた。



「誰だ……って、さ、真田か⁉︎」



思わず声が上擦る。




真田は訝しげに此方をみると、眉間に皺を寄せて、厳つい顔を一層強張らせて口を開いた。


「俺以外の誰に見えるというのだ?それよりポリ、貴様はサボりか?たるんどる!」



「サボタージュをしようなぞ思ってない!具合が悪かったから保健室に行こうとしたら急に治ったのだ!」



「む、そうだったのか。それは済まない。」



「いや、誤解されるような行動をした私が全面的に悪かった。此方こそ済まぬ。」




互いに謝っている私達は大層滑稽だろう。



しかし、そんなことは思い付きもしない程に頬に熱が集まり、それに伴い鼓動も2倍速になっていた。




ふと、仁王の言った“恋”という言葉が頭を過る。



そんな筈は無いと思っていたが、正直な所それを経験したことのない私には判断がつかなかった。




「なあ、ポリ。今度剣道の手合わせ願えないか。」




でも、今は分からなくてもいい。




「ああ。喜んで。」




お前と居るときのこの心臓の加速感は不快ではないから。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ