novel

□せめて今だけは
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「っ、ぅ……ふ、ぁ、っく……」

いつからだろうか。
彼は夜な夜な1人で涙を流すようになった。

押し殺したような嗚咽が聞こえるたびに胸が痛くなる。
どうして泣いているのか。嫌な夢でも見たのか、それとも何かひどいことを言われた?
昔から良く泣く子だったけど、ここの所それが随分とひどく感じられるのは気のせいではないのだろう。

テグンはうっすらと目を開けて、携帯を開いた。
自分が眠りについてからかなりの時間が経っていて、それなのにまだ明々とした電気の下にいるハギョンが心配になる。
自分よりも遅く寝て、自分よりも早く起きる姿にこれで睡眠時間足りてるのかと聞いたことがあった。

「俺の体は生きる為にあるんじゃなくて、アイドルとして活動する事によって生かされてるんだよ」

なんて哲学じみた返事が返ってきたけど、ハギョンがあまりにも遠くを見据えていたから何も言えなくなってしまった。
つまり、自分の意思で生きていなくて、この子は沢山の人によって生かされているのだと。
それが生きる意味になっていて、だからいつも、怖い怖いと言いながら涙するのだと。
勝手な考えかもしれないけど、いつものハギョンを見てたらそんな気がしてきて。

「テグニヒョン」

不意に聞こえた声にビクッとして思わずハギョンから視線を逸らす。
いつの間に来たのか、ベッドの足元にはしっかり者の弟が座っていて、体を起こした。

「貴方も起きてると思いました。声かけてあげないんですか?」

貴方も、という事はやはりウォンシクも起きていたのだとため息をついた。
ならば残りの弟たちも目が覚めててもおかしくはないなと。

ウォンシクはハギョンがすごく信用していて夜な夜な2人で話す姿も何度か見た事がある。
テグンから見てもウォンシクは唯一の長男という事もあり、1番話しやすく頼りになる弟だ。
言葉の足りない自分とは違いストレートに伝えるウォンシクをハギョンはすごく好いていたのもよくわかってるけど

「俺は、ハギョンを理解して肯定してやる事ができないから、向こうから頼ってくるまでは何とも」

我ながら狡い答えだと思った。
だってそれは自分を必要としてくれないならば知らないとも取れてしまうじゃないか
そういう訳ではないけど、内心本当はそう思っているのかも。

「俺じゃ足りない、ってこの間言われました。直接じゃないですけど」

ハギョンが求めてるのはいつだって形のないものばかりだ。
つまり逆に言えば、形のあるものはいらないということなのだろうか
花を100本を貰うより、愛してると一言言ってくれれば、想ってくれればそれ以上に何もいらないとよく口にしていたし。

「優しくしてあげてください」

「お前も、自分に優しくなれよ……」

我ながら、自分らしくない言葉だと思った。
ウォンシクは少しだけ驚いたような顔をして悲しそうに笑った。

泣き疲れたのか、机に突っ伏したままのハギョンからは少しの寝息が聞こえてくる。
テグンはウォンシクに部屋に帰るように言って、ハギョンの側に寄った。

「ハギョン、起きて」

「……テグナ?」

薄っすらと開いた目から、まだ流れきっていない涙が溢れて頬を伝う。

「風邪ひくから、一緒にベッドで寝よ?」

「いいの?」

最大限に口調を優しくして、微笑みかける。
働いてない頭と寝ぼけててうまく歩けないハギョンの手を引いて、自身のベッドへ連れて行く。
壁側に入れて、掛け布団と一緒に抱きしめるとまだ溢れてくる涙を拭いてやる
真っ赤に腫れた目を撫でて、可哀想に、と一瞬思って消した。ご苦労様、に変えておく。

「ごめん、俺のせいで起こしちゃった?」

眠気でまだぼーっとしてるはずの目が悲しそうに歪む。
もう少しだけでいいから、自分のこと考えてやったらいいのに

「いや、もう十分眠ったよ」

「……変なの、いつもなら怒るのに」

「もう黙って」

ワーワーうるさいハギョンを自分の胸にすっぽりと収まるように無理やり抱きしめた。
急におとなしくなるハギョンの頭をゆっくり撫でて、もう一方の手で背中を叩いておくと、次第にハギョンが俺の服を握りしめていることに気づいた。
泣くなとは言わないから、だからどうか、もう少しだけハギョンが抱えてる重荷が軽くなればいいのに。

あれだけ泣いておいて、まだ溢れてくるか、なんていつものからかい言葉は飲み込んで、もう少しだけ強く抱きしめる。
自分には愛を形にする勇気も自信もないけれど、気持ちだけでも伝わっててくれれば俺はそれでいいよ。

「……俺は、泣いてもいいと思うよ。でも、ハギョナ……」

そう言いながら、ハギョンの寝息が聞こえるのにテグンは思わず笑ってしまった。
気持ちよさそうに眠るハギョンをもう1度優しく抱きしめて今だけのこの時間を大事にしたいと思った。

せめて今だけは、何も考えずに自分の胸の内で休めるように心から願いを込めて。

「おやすみハギョナ」


end.

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