novel

□Allergie
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窓を開けて大きく息を吸う。
冷たい空気が鼻を通って脳裏いっぱいに広がる。
寝ぼけていた頭がスッキリして心地いい。その感覚が、僕は好きだ
冬の朝ほどベッドの中から出たくない日は無いだろう。
と、いっても夏場とは比べ物にならない布の数だけど。
森にいるクマのようにあと何分も、何時間も、何日もベッドの中で冬眠出来ればいいのに........
なんて、思いながら空かせた腹に耐えきれずベッドを出た。

冬眠するならば、もっと食料を集めなければ....なんて。
腐ったものなど食べれないから、確保する食料も限定される。
ふふ、なんて笑って、窓を閉めた。少し寒いけど毎朝の日課。
これがないと、仕事どころではない。

「おはようございます。昨晩もお疲れ様です」

洗面所から出てくるときに出会った、今起きてきたであろう虚ろな目に話し掛ける。
いつからか朝にお疲れ様と言うようになっていた。
それは自分自身、もちろん無意識であって。
意識したら、そうだな、お疲れとは1日の終わりに言う物であって、始まりに言うものではないだろう、と。
1度意識してしまうとなかなか抜けなくなってしまうので、目をつぶって考えないようにした。
そしてまた、彼にお疲れ様、と呟くのである。
そんな自分に彼は薄らと笑みを浮かべた。

「ジェファニ、また窓開けたでしょ?」

寒い寒いと言いながらヒーターのスイッチを押す彼を見る。
彼の瞳には今は殆ど何も映ってないだろう。
周りをよく見れる力を持ってる。
誰かが悩めばすぐに気づくし欠点も良点もすぐにわかってしまう。
彼に隠し事など、到底出来そうに無い。
ステージの上ではリーダーとしてダンサーとして、踊れていない場所もすぐにわかる。
ここをこうした方がカメラワークもいいんじゃないか?なんて事も気づいてしまう。
抜かりのない、彼の瞳は、今日も僕を映さない。
昔はそんな彼に映して欲しいとも思った。
そうして、日々をともに過ごしていくうちに気づいてしまう、彼の瞳。
自分だけではなく、誰も映さないのだ。
特に深夜まで続いた撮影の朝(感覚的には次の日、理論的にはその日)などは本当に何も映さない。
人だけではない。きっと物も映さない
遠くを見据えて、何か、見えてはいけないものを見ているんじゃないのかと思ってしまう。
だがしかし、僕らに見えていないものが、きっと彼の瞳には映っているのだろう。
それが何者であろうとも。
やがてそれは時間が経つことによって無くなっていく。
だんだん瞳がクリアになって、彼の目はとてもカラフルになっていく

「ヒョン、どこか遠くに行きませんか?」

「行けないよ」

「僕たちの事、誰も知らないような遠い遠い世界に......言葉も通じなくて文化も単位も日付も違う世界に行きませんか?」

「ジェファニ」

ああ、やっと彼は僕を映してくれた。
見えてはいけないものを見ているようにぼーっと、ただただ真顔で。
わかってはいるんだよ、ヒョン。
この世界に1度足を踏み入れてしまったら、もう抜け出せないことなんて。
もうとっくにわかっているんだ。
わかっていなかったら、もっと早くに彼を助けてあげれたんだ。
彼が決めた道だから、彼が受け入れた仕事だから僕は何も言えずにまた“お疲れ様です”としか言えない。
可哀想だとも思えない、思ってしまえば彼を否定することになってしまう。
彼に対して、それは失礼じゃないか。

「悪いけどみんな起こしてもらってもいいかな」

ジェファンは拳を握り締めた。
いつから彼の瞳は何も映さないのだろうか。何を映して何を映さないのかもわからない

「わかりました......」

僕の瞳には多くが写ってるようで本当は全く何も映っていない。
彼の涙さえも、映らない_____。





To be continued...?

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