夏空

□第9章
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「珠理奈ちゃんっていつの間にあんな風になったんですか?」

「あんな風とは?」

「昔は無邪気っていうか天真爛漫っていうかうるさいくらいだったんですけど…」

「…うーん」




篠田先生は持っていたペンを置いて、メガネを外した。

診察などがない時でもデスクワークも忙しいんだろう。何だか申し訳ない。




「私から見ると、妹さんは昔と変わらないよ」

「え?」

「見ている感じだと、君と…親友の山本さんだっけ?2人だけに対してみたい」




やっぱりそうか。

才加達にはまだ会わせてないけど、俺達がいなければきっと昔と変わらないか丁寧に接するに違いない。



「それは仕方ないと思う。妹さんも複雑だし割り切れない気持ちはあるだろうから」


俺は何も話していないけど、篠田先生はどうやら全て察しているらしい。

これこそ年の功って言葉が正しい使い方なのかも。



「…何か嫌な事考えた?」

「えっ!?い、いえ…あの、珠理奈ちゃんから何か聞いたりとかは…」

「いや、何も。彼女も言わないし私も聞かない。そこは医者の仕事じゃないからね」




そりゃそうか。




「ところで宮澤くん。今は大丈夫なの?仕事してるんでしょ?」

「お見舞いの事ですよね?」

「そう。高校生の頃とはタイムスケジュールが違うでしょ?」

「無理を言ってもらってますがバイトなので…でも見舞いを毎日じゃないようにすればどうにか」



俺が調整しているのは当たり前の事なんだ。

だって仕事をしているんだから。

だけど何故かものすごく玲奈に対しては申し訳ない気持ちが強い。



「私も一応社会人だからわかるよ」

「一応って。先生は立派な医者じゃないですか」

「立派かどうかは分からないけどね。松井さんを説得できる理由があるならうまくやんなさい」



篠田先生はそういうと時計を見た。



「今からお見舞い?」

「はい。玲奈には説明しようと思います。申し訳ないですけど」

「よし、じゃあ行こうか」

「いいんですか?」

「そりゃ仕事はあるけどね。だけど君が馬鹿正直に不用意な発言をしないように見張らないとね」




冗談か本気か分からないけど、とりあえずいてくれるのは心強いかもしれない。




玲奈の病室へ向かう。


「妹さんの事は悪く思わないでね。君達にきつくあたるのも本当は辛いんだと思う」

「珠理奈ちゃんがですか?」



とてもそうは思えないけど…。



「彼女は3年間毎日のようにお姉さんに会いに来てたんだよ。途中で放り出した君達を恨む事をエネルギーにしてた」



思わず篠田先生の顔を見た。

表情からはさっぱり読めない。




「私がそう思うだけ。でも無理矢理何かを恨んだり憎んだり…そうしないと活力が出ない時だってあるよ」



黙り込んだ俺を見てふっと笑った。



「でもそうしなきゃならないんだと思う。別に君達を嫌いじゃないよ…嫌いならあんなに辛そうじゃないから」



辛そう?珠理奈ちゃんが?

ふとこの前彩と一緒に会った時の涙を思い出した。

玲奈を裏切った俺達に対する涙を。
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