夏空

□第7章
2ページ/7ページ




変わったもの、変わらないものがある。

あの日のことを思い出さない訳じゃない。

忘れた訳じゃない。

だけどそれを強制されたら…どうしたらいいんだろうな。




バイト先からは電車でも帰るけど、歩いても大した距離じゃない。

何となく、歩いて帰りたくなった。




暫くは駅の近くにも近寄れなかった。

同じような町並みを見るだけで吐き気がした。

変わらないもの、今のバイト先、住んでいる家。

そして変わったもの…たくさん。





大学に行くために受験勉強を頑張っていたよな…。

あの頃の自分はまるで違う人間みたいな気がする。

不思議なことに思い出そうとしても思いだせない。

いや、知らないうちに思い出すのを拒否しているのかも。

その部分だけが鍵をかけたみたいに中を見ることが出来ない。



その後も…。

夏になると必ず思い出してしまう。

駄目だな…いや、今の自分が駄目人間だ。



そのまま頑張って大学に行くことも出来たと思う。

だけど無理だった。

俺の心が死んでしまったんだと思う。

どうにか頑張って立ち上がれるようになって、バイトに戻って。

絶対に1人じゃ立ち上がれなかった。






家に着くと、俺の部屋が明るいのが見える。

今日は…ああ、そうか。

週末だから来てるんだな。

正直ありがたい。

まかないは食べたけど、やっぱり夜までだと腹は減る。

たまにこうして辛いことを思い出すと1人でいたくはないから。






鍵を開けて自分の部屋へ入る。



「ただいま」


1人暮らしの部屋に声をかけて入るのも不思議なもんだ。


「あ、おかえりー。ご飯は食べる?」

「ああ、まかないも食べたけど、さすがにこれだけ働くと腹減るよな」

「ちょっと待って。温めるから」


俺は荷物を下ろすとシャワー室へ向かう。


「あ、先にお風呂にする?」

「うーん…どうしようかな」


ちらっと見ると本当に食事は温めるだけで完成ぽかった。



「いや、先に夕飯にする。美味そうだし」

「…へへっ」



照れたように笑っている。

そう、こいつがいてくれたから…。

1人では今の生活は無理だった。



「じゃあ、もう並べるから、手を洗ってきて?」

「ほーい」





こいつがいてくれたから俺はこうして生きている。





彩がいてくれたから。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ