夏空

□番外編「夏の終わり」
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今日も一日が終わる。
カレンダーを見る。
卓上ではなくて携帯の。

今日は普通に行けるかな。

医者にとってはプライベートの時間でも呼び出される事は珍しくない。




その前に…。




着替える前に定期的な巡回。
あくまで自分で決めてるだけ。

一日に何度もこの病室は通う事がある。

コンコンとノックをする。

中からは大抵お母さんか妹さんの声。




“はい”





それを確認して中に入る。



『こんにちは。失礼します』
「先生、こんにちは!」




今日は妹さんだ。
最初の頃はいかにも子供っぽかった彼女も高校生になって見た目も中身も成長した気がする。

ベッドに寝ている彼女の姉の脈を診たりしながら調子を窺う。

全く変わらない。
良くもなく、悪くもなく。

いい事なのか悪い事なのかも分からない。

人の体と言うのは奇跡も起こるし、原因が分からない症状が続く事もある。











彼女の名前は松井玲奈。
3年近く前に凄惨な事故に巻き込まれて運ばれてきた。
見た目の外傷があまりなかったのは不幸中の幸いだったが、外からでは分からない病因が一番厄介だ。




『珠理奈さん。ダンスも続けているし学校も忙しいでしょ?毎日のように来てるけど大丈夫?』




玲奈さんの妹さんは珠理奈さんと言う名前だ。




「先生…あの」




妹さんは診察をしている私を見ながら話しかけてくる。

でもその言葉選びは慎重だ。





「私、姉はもうすぐ目覚めると信じてるんです。だから…いつ起きてもいいように毎日誰かは来ます」





その言葉の通り、松井家は今でも毎日のようにお見舞いにやってくる。

仕事で多忙なお父さんは出張もよくあるようだが休みの日には必ず来ているようだ。

家族仲がいいんだな。

世の中にはこんな恵まれた患者さんばかりでないことはよく知っている。
だけどこんなご家族の思いが通じないのも医師としては歯がゆい。











手術自体は難しいけど成功だった。
術後に色んな確認をしたし、上の先生たちや専門家にも相談してみた。

だが決まってこんな言葉が返ってくる。




「君は全力を尽くしたんだ。あとは天命を待つという言葉があるじゃないか」





それは医者としては何も出来る事はない、と両手を挙げて降伏を宣言したようなものだった。



何か出来る事はないんだろうか。

松井家の皆さんの顔を思い出す。
いつも笑顔だけどお母さんは前よりも急に老け込んだ気がする。

お父さんもたまにしか会わないからか、余計に疲れた表情が気になる。

妹さんも大人っぽくなったのは、そうならざるをえなかったのかもしれない。






そして、家族以外にも気になる人はいた。
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