*夢譚*

□どうにもとまらない
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ヒロインvision





そんなことは理解していたつもりだった。




泪さんは私よりも年上でオトナだし。




あの容姿からして、子供の頃からずっとモテモテだったはずだし。




今だって、庁内ではオカマで通しているというのに、相変わらずの人気だし。




これまでお付き合いした女性がいて当たり前で、むしろ、いない方がおかしいわけで。




過去は過去。大切なのは今。




なのに……。




いざ、写真を目の前にしてしまうと、ザワザワと落ち着かない。




今より顔つきも体つきも若い泪さんが、上半身裸でベッドで胡座をかいてスポーツ新聞を広げている。




こっそり撮ったものなのか、泪さんの視線は紙面へ向けられたまま。




殺風景な部屋は、どこかのホテルみたいに見える。




……つまり、この写真を撮った人は、泪さんとこういう所に一緒に行って、こうした寛いだ姿を見られる親しい間柄ってこと。




はぁ…。




どうしてこんなもの見つけてしまったのだろう。




見つけたかったわけでも見たかったわけでもない。




いつものように泪さんの部屋の掃除をしていたら、本か書類の隙間から落ちてきたのだ。




はぁ…。




掃除の続きをしていても、夕飯の準備をしていても、テレビを見ていても、ため息ばかり。




夕飯が済んだら今日は帰ろうかな……。






―――ガチャ


「ただいま」




「あ、お、お帰りなさい」




久しぶりの二人きりの時間が待ち遠しくて、ついさっきまでウキウキしてたのに、プライベートモードの泪さんの声を聞いても、沈んだ気持ちは浮上しない。




「オマエも疲れてんだから掃除なんてしなくてもいいのに。でも、助かるよ。ありがとう」




部屋をぐるっと見渡して泪さんが労いの言葉をかけてくれる。




「……ぅ、うん」




脱いだ上着をソファーに投げ、シュルシュルと小気味よい音を立ててネクタイを解いていた泪さんの視線が、テーブルの隅に置かれた写真で止まった。




「あ、あ、あの、ごめんなさい。片付けしてたらどこかからコレが……その、見るつもりはなかったんですけど……」




「ん?……ああ。別に見ても構わない。ハハハ、それにしても懐かしいな」




『見ても構わない』…か。ぼんやりと捉えていた泪さんの過去をはっきりと突きつけられたような気がした。




『懐かしい』のは、誰かとの思い出?……胸の奥がチクチク痛い。




「そうだ……たしかこの辺に…あったあった。ほれ、こんなのもあるぞ」




どうしてそんなふうに笑って、誰かとの思い出を見せようとするの?




差し出された写真を拒むように、私は泪さんに背を向け台所へ歩き出した。




「?…おい」




見知らぬ誰かと泪さんの過去に嫉妬して、きっと…ううん、絶対に今の私は酷い顔をしている。




もしも私と別れてしまうようなことがあったとしたら、私との思い出の写真も笑って誰かに見せるのかな?




そもそも、どうして泪さんは、こんな子供じみた私なんかと付き合っているんだろう?




……もう頭の中も胸の内もグチャグチャ。





「どうした?」




背後からふわりと抱きしめられて、私は俯いたまま無言で首を左右に振った。言葉を発したら泣いてしまいそう。




「……もしかしてオマエ、何か勘違いしてないか?」




「…………ぇ?」




「見てみ」




泪さんが私の目の高さに掲げた写真は、顔中に落書きされ鼻の穴にピーナッツを突っ込まれて爆睡中の、これまた上半身裸の小野瀬さんを撮ったもの。




「………ぅゎ」




女性職員をキャーキャー言わせている、いつもの小野瀬さんからは想像できない衝撃の一枚。




「やっぱり小野瀬さんとはそういう仲……」




ゴツッ!!!



「痛いっ!」




私の呟きに、泪さんの頭突きが背後から炸裂する。




「やっぱりって何だ?やっぱりって!」




「だ、だって二人して裸だし、仲良く旅行かな?って…」




「バーカ。研修!夏合宿!仕事!……で、これな、コップ1cmのビールで即ダウンして全然起きねーの。すげぇよな」




小野瀬さんは下戸なんだから、すげぇも何も……。




「朝になって目が覚めて、何事もなかったように洗面所へ行った小野瀬の後ろ姿がさ……ククク」




小野瀬さんに落書きをした犯人は、どこをどう考えても泪さんだ。




ってことは、あの写真は小野瀬さんが撮ったのかぁ。




「と、いうことで、お仕置き決定ー」




「はいっ?!」




振り向いた先に満面の笑みの泪さんがいる。




「早合点して勘違いして暴走したよな?な?」




「えー……っと…な、なんのことで……んっ…」




反論は許さないとばかりに唇が塞がれ、ふわりと体が浮いた。




「ぅわあっ!ちょっ!る、泪さん?!夕飯は?!お風呂は?!」




バタバタもがく私のことなど気にも留めず、泪さんは一旦寝室へ向かいかけて方向転換し、浴室へ向かう。




「よし!リクエスト通り、風呂でしよう」




「は?!リクエストなんてしてない!ない!それに、何か違ってますー!」




「言いたいことがあるなら風呂で聞いてやる。言えれば…な」




泪さんは私の顔を覗き込んでニヤリと笑った。






―終―




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