艶男華街-アデナンハナマチ-(短編)

□1話 娼夫と貴族
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「はあっ…はあっ…」


荒い息が漏れる。

泉は華街を疾走していた。

疾走とはいっても、夜の華街は人で溢れており、人の波をかき分けながら走っていた。


背後の人並みの向こうからは微かに自分の名を荒々しく呼ぶ声が聞こえてくる。


半ば軟禁状態の泉に体力はなく、もはや肺が破けそうに痛かったが、それでも泉は足を止めなかった。


赤い門が見える。

あの門の向こうは普通の街だ。
あそこまでいけば誰かが匿ってくれるかもしれない。

泉はその一心で走った。


赤い門が徐々に近づいてくる。

そのことに思考をとられていて周囲に注意を回していなかった。

急に左腕を引っ張られ、泉はバランスを崩して尻餅をついた。


「いっ……」


追手か?と思ったが、見上げた先に立っていたのは金髪の背の高い男だった。

男は見下すような冷たい瞳をしていた。


「…ずみ!」


背後から声が聞こえた。
驚いて振り返ると追手がだいぶ近くまで追いついてきている。

泉ははっと立ち上がり駆け出そうとしたが、その左腕が再び掴まれ、背の後ろに回された。
激痛が走る。


「いっ!おい!てめえ離せ!」


泉が重心を前に出して逃げ出そうとするが、その手はまるで固まったように微動だにしなかった。


「くっそ、離せ…!」


泉が金髪の男を睨むと、男は泉の赤い着物を見て


「華街の男娼か」


と薄く笑った。


「だったらなんだよ」

「店から逃げてきたのか」

「あんたには関係ねぇだろ!早く離せよ!」


泉はもがくが、やはり男の手はビクともしなかった。

それどころか公衆の面前にも関わらず、泉の着物の中に手を入れ、乳首を軽く揉んだ。


「んっ!」


ビクリとして泉は思わず声を漏らす。

そこへ店からの追手が追いついた。


「ああ!これは李王様!申し訳ありません、うちの店の者がご迷惑を…」


店のひとりが泉を捕まえた金髪に向かって頭をさげている。

泉には分からないが、皆この金髪のことを知っているらしい。


「泉」


それはさて置き、後ろから征斗に名を呼ばれた。


泉は奥歯を食いしばる。


「貴族に迷惑をかけるな」


口と鼻を布で覆われた。
なにか劇臭がした後、一瞬で意識が朦朧とした。


「ん……」


体から力が抜ける。
征斗がその体を受け止めてくれた。


朦朧とした意識の中で誰かの会話が聞こえる。


「…王様、なに…お礼を…」

「この…の名…?」

「は…?えっと、いず……でござい…すが…」

「では…みの………」


泉の意識はそこで暗闇に吸い込まれた。
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